2話 襲撃

◇◇◇



 槍と剣、どちらが強いか。

 どちらも優れた武器である故に、この議論は頻繁に為されてきた。

 異論は多々あるが、それでも前世においての解は『槍』だった。槍の誇る圧倒的なリーチの長さは剣士にとって脅威以外の何物でもない。

 しかし、この世界では――剣と魔法の世界では別の解となる。剣士であっても魔術や魔法によって遠距離からの攻撃が出来る以上、得物の長さの重要性は下がる。懐に入られた時の対処が難しい分、むしろ槍の方が剣より扱いづらい。少なくとも、好き好んで使いたい武器でない事だけは確かだ。

 だが、上述の議論は全て、槍兵と剣士の技量がほぼ互角だった場合という空論の上に立脚する。

 忘れてはならない。前世であろうと、今世であろうと。槍であろうと、剣であろうと。道を究めた者は、あらゆる前提を覆すのだということを。



◇◇◇



 剣を振るう――弾かれる。

 魔術を構築――刺突が迫って中断。

 ならば大きく下がって距離を――即座に間合いを詰められる。

 戦闘開始から幾度目の応酬だろうか。既に数えるのも馬鹿らしい程に繰り返した。

 互角とは気休めにも言えない。先程から攻めているのは俺なのに、その全てを防がれている。そして、そんな状況を好転させる術が一向に見つからない。


「……っ!」


 喉元に迫った槍先を辛うじて弾く。

 ちくしょう。考える時間すら与えてくれないらしい。


「流石、人間最強の称号は伊達じゃねぇな! ゼリオス!」


 それも当たり前。相手は教会騎士の中でも最強の8人「ゼリオス」、その一人。白い布で顔全体を覆い、目元だけを出した女性。二つ名を『裁槍さいそう』。『裁槍』のソウラン。

 前世で裹頭かとうと称された恰好は、数百年前に同郷の転生者が広めたことに端を発する。決してメジャーでこそ無いものの、教会騎士の女性に着用する者が居るという話は聞いたことがあった。

 理由は確か、神より授かった身を神敵に晒さないようにするため、だったはず。


「魔王陛下にそう仰っていただけるとは光栄です。しかしながら過大評価も甚だしい。拙者はゼリオスでも第七席。加え、ゼリオスそのものが聖女様方の露払いに過ぎませぬ故」


 これだけの技量を見せつけておいて何を言うか。謙遜も過ぎれば毒。

 魔物に魔族。人間を圧倒する存在がごろごろしている世界で、しかし彼女らゼリオスは人間の領域を守り続けてきた。

 その事実が意味するもの、分からないほど愚かではない。


「はっ。御託はいらねぇよ。聖女の正体が教会の忌み嫌う魔女だって事くらい、敬虔なるゼリオス様なら知ってんだろうが。人間最強はお前らじゃねぇか」

「…………挑発して槍を鈍らせる作戦ですね。生憎、その手には乗りませんよ」


 そう言う割に、返答まで少しの間があった。

 他ならぬゼリオスが知らないという事はありえない。この見るからに信仰心篤そうな女のことだ。信仰心と現実の間で葛藤を抱えてきた…といった所だろうか。


「――其処ですッ!」

「…っ!」


 無論。その程度の動揺で槍を鈍らせるような軟弱な精神性をしているわけもなく。

 狙いの先には心臓。明確に命を狙った鋭い一刺し。辛うじて右に避けたものの、左肩に掠ってしまう。

 ……痛いな。掠っただけにしては大きすぎる痛み。

 成程。これが例の。クリスやフィデルニクスから事前に聞いてはいたが、実際に体験すると想像以上に凄まじい。神経が焼き切れるかと錯覚するほどだ。


「痛覚の増大か。裁きの槍、裁槍とはよく言ったもんだな」

「左様です。一瞬の死など生ぬるい。永劫の苦痛こそが最も咎人の心を清めるのです」


 はは。どいつもこいつも、この世界の強者は狂人ばかりだ。

 ……いや。これも“魔王”の罪か。


「……しかし。敵ながら見事です。常人ならば気を失う程の痛みを感じているはず。やはり、たとえ罪の記憶失おうとも、貴殿の身も心も魔王そのものらしい」


 流石にもう、俺の記憶が無い事は情報共有済みらしい。そして、だからといって槍を止めるようなイージーモードであるはずも無し。

 とにもかくにも、コイツに捕まったらヤバイ。死ぬより辛い目にあわされる。絶対嫌だ。


「ところで、無駄口を叩く暇があるのですか? 拙者は唯、時間稼ぎに徹すれば良い立場。翻って、貴殿は今直ぐに拙者を打倒して逃げ出したい身の上のはず」


 そんなこと、改めて言われずとも重々承知している。

 ゼリオスなんて面倒な存在と戦う事になってしまったのは、先日の禁書庫潜入が原因。より正確には、撤退時の聖女との戦闘。あれは流石にやり過ぎだった。

 教会の真下、絶対秘匿の禁書庫。そんな場所に忌まわしい神敵“魔王”が侵入、あまつさえ情報を盗み取られた挙句に無傷で脱出された。加えて街にドデカい穴まで開けられるオマケつき。教会のメンツは丸つぶれだし、ムカ着火ファイヤー状態である事は疑いようがない。

 そんなわけで、教会上層部は直ぐにゼリオスを招集することに。国境警備で動かせない聖女たちを除けば、教会の有する最強戦力である8人の戦士たち全てを投入する決断を下す。結果、彼らは各々帝国各地から首都へと集結を始めた――全ては憶測でしかないが、概ね間違っていないはずだ。

 その道中にて。奴らにとっては幸運な事に、俺にとっては不運極まりない事に、8人の内の2名が偶然、標的たる俺に遭遇して戦闘へと突入した。

 そう、2人。2人だ。

 この槍使い1人なら何の問題も無かった。いくら強者といっても所詮は人間、人間殲滅人型兵器クリスの敵ではない。二人がかりで相手取れば直ぐに片が付いたことだろう。というか、多分そもそも戦闘にすらなっていなかったはず。

 何故なら、俺たちの変装も隠密も完ぺきだったから。すれ違った程度でバレるわけが無かったし、そのままスルーで終わるはずだったのだ。

 ……これまで呆気なく見破られた記憶ばかりな気もするのは気のせいだ。

 嘘を見抜く魔法で見つけてきたヴァルハイト。

 骨格・匂い・歩行方法などで判別した変態クリスティアーネ。

 なんか良く分からない直感で見破った勇者エスリム。

 魂に刻まれた契約の痕跡を辿ったウルヴァナ。

 これらは全て相手が悪すぎただけ。特にクリスとエスリムの異常性はバグの領域だ。普通の相手ならば騙し通せるのは間違いなかった。

 けれど――


「前回同様、厄介な魔法ですわね!」

「にゃはっ! やっぱり強いにゃあ! 魔王軍四天王は!」

「当たりさえすれば、こんな人間如き…!」

「ラッキーラッキー当たらんにゃ! 残念ですにゃ~!」

「この小娘、心底ムカつきますわね…!!」


 全てを狂わせたのは、クリスと戦う幼い少女。奇妙な語尾とチャイナドレスのような服、そして桃色の髪が特徴的な彼女こそは、ゼリオス序列第三位『天運』のチェイシャン。

 ありとあらゆる事象が彼女の優位に働くという超チート魔法の持ち主。その魔法の力を証明するように、クリスの炎が不自然な軌道で逸れていく。

 その彼女の「天運」が俺たちを探し当てた。本当か嘘かは分からないが、木の棒が倒れた方向に進むという馬鹿げた方法で。


「この、ちょこまかと…っ!」

「どこ狙ってるにゃ? こっちにゃよ~」


 そんな“天運”だが攻略法は意外とたくさんある。

 そもそもの話。魔法である以上は魔力を必要とし、また強力であればある程に多大な魔力を消費する。何度も何度も幸運を発動させれば、自ずと魔力が切れて無力化できる。

 また、彼女の幸運は彼女自身にしか発動しない。人質を取って脅せば無力化は容易い。クリスの知る“前回”では、こちらの後者の方法で攻略したと聞いている。

 それ故、魔力回復の時を与えずに攻撃を浴びせ続ければ良いだけ。だが、ゼリオスの第三位というだけあって魔力保有量は潤沢。かつ格闘術の達人であり、素早い身のこなしを軸としたインファイト戦を武器とする彼女に攻撃を当てるのは難しい。

 こと時間稼ぎという点において、彼女以上に優れた者は稀。それこそがゼリオス序列第三位『天運』のチェイシャンなのだ。

 そして。最悪な事に。


「流石はゼリオスが誇る結界魔術、やってくれるじゃねぇか」

「“天運”は強力な魔法ですが、絶対無敵の力ではありません。その事は、“前回”にて他ならぬ貴殿が教えてくれました。故、少々の対策を取らせて頂いたまで。まさか卑怯とは言いませんよね」


 この場合の最適解は『俺vsチェイシャン』、『クリスvsソウラン』という状況を作り出す事。

 双剣を得物とする俺は近接戦闘を得意とし、魔術を主体とするクリスは遠距離からの戦いに優れる。

 俺がチェイシャンを相手取っている間に、クリスの超火力遠距離攻撃で槍使いを瞬殺。その後二人がかりで決着をつけるというのが最も効率的で効果的だ。

 だが、燃え盛る蒼い炎の壁がそれを許さない。

 俺と槍使いを中心に立方体を構築する蒼炎の結界。

 ゼリオスだけが使えるとされる不退転の超魔術。あらゆる者の介入と逃避を許さず、どちらかが倒れるまでサドンデスの戦いを強制する牢獄。これのせいで俺とクリスは完全に分断され、長期戦を余儀なくされている。

 ソウランが発動したのは、チェイシャンの魔力を温存して『天運』の持続時間を延ばすためだろう。つくづく良く考えられている。まさに2周目の利点を生かした対策ガン積みメタ構築。


「鬼さんこちら手の鳴る方へ!」

「いい加減、その生意気な口を燃やし尽くしてやりますわ…!」

「にゃ~! 怖いにゃ~! にゃはは!」


 クリスの方も決め手に欠いている。

 他のゼリオスへの連絡などとっくにしている筈で、ぐずぐずしていれば8人が勢ぞろいしてしまいかねない。下手したらヴァルハイトたち異端審問官まで参戦してくるだろう。

 どうする。考えろ。何か打開策が――


「剣戟の最中に余所見とは、随分と余裕ですね」


 それは実に単純な話。

 仇となったのは、クリス側の戦闘に意識を割いた一瞬。

 武人同士の戦いで決して見せてはいけない隙を、俺自ら作ってしまっただけ。


「なっ、まず――」


 眼前に迫る槍の一刺し。

 それは美しさすら感じる必殺の一撃だった。

 



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