2話 禁書
◆◆◆
―――『創造神は創造魔法を使って「有」を生み出した』……これは言い換えれば、創造神ですら「魔力」が無ければ何も出来ない事を示している。
それでは、我々が普段何気なく使用している魔力とは一体何なのか。
当たり前のことだが、「生物」も「非生物」もどちらも魔力を持っている。神話の記述を引用するならば、それら全ては「魔力」より生み出されたモノだからだ。しかしながら、生物と非生物は魔力の保有の仕方において明確にして重大な差異を抱えている。
例えば、魔術の触媒として水晶を用いる場合を考えてみよう。水晶は多くの魔力を有しているため、魔術の触媒として重宝される。しかし、一度内包されている魔力を使い切ってしまえば、新しく魔力が湧いてくる事は無い。
水晶を始めとした魔術触媒は「魔力タンク」なのである。水晶自体は魔力を生み出す能力を有しておらず、生物が体内で生成する魔力を補充するか、または空気中や地中に存在する魔力が少しずつ溜まっていくのを待つしかない。
畢竟、生物も非生物も魔力を有するが、生物は自らで魔力を生成する能力を有し、非生物は有さないという点で大きく異なるのだ。
ここで考えなければならないのは、創造神が用いた魔力はどこから来たのか、という点である。
空気中や地中・水中に存在する魔力の大部分は、生物が生み出した魔力に由来する。水晶が貯め込んだ膨大な魔力も、元を辿れば生物によって生み出された魔力なのだ。
それでは、なぜ生物は魔力を生成できるのか。なぜ非生物は生成できないのか。魔力から生み出された存在に過ぎない生物が、その魔力を生み出せるのは何故なのか。鶏が先か卵が先か。決して無視できぬパラドクスが其処にある。
生物が魔力を生成するという事実。また、第2章にて記述した「魔力増幅説」……空気だけを隔離した空間において時間経過により魔力が極々微量に増加する現象を基に、魔力それ自体が魔力を生成する能力を有しているとした説……を踏まえると興味深い考察が可能となる。
即ち、「魔力」そのものが「生物」であるという説が成り立つのだ。「魔力」自体が「生物」であり、「魔力」を生み出す性質を有している。全ての始まりには「魔力」だけが存在し、「創造神」は其処から誕生した「生物」の一種でしかなかったのではないか。或いは、「生物としての魔力」そのものが、「創造神という生物」だったのではないだろうか―――
■禁書指定書『魔力とは何か』
著者:マンソンジュ・フォン・ビドウン
理由:記述に大いなる誤りが散見される。特に、「魔力増幅説」の内容は実験方法が不適格である他、データは改ざんされたモノであり、信用に値しない。人心を惑わし、世を混乱させる意図を内包した危険な書物であると判断。ゼシドラル真理探究会は全会一致で当書物を異端認定し、教皇の決定の下で禁書として定める。
備考:著者は病死。事件性は皆無。
◆◆◆
―――改めて確認しよう。『極光龍』とは神話上に語られる魔獣である。
過去現在未来において最強の生物。古今東西に敵う存在無き頂点にして、神々の敵対者。
神話学の観点では、物語を成立させるための「必要悪」・「共通の敵」であり、その実在が疑問視されている。
しかし、この龍が実在していた事は、既に本書で述べた通り。幾つもの証拠が、かの龍の存在を証明している。
故に。「オーロングラーデ」は極光龍の屍の上に築かれた都市であるという説話も半分は事実なのだ。
なぜ、半分なのか。これこそが、本書冒頭で述べた事と繋がる。つまり、極光龍は未だ生きている。8柱の神々が人間と力を合わせて討伐したなど、真っ赤な嘘だったのだ。
オーロングラーデがあれ程に自然豊かで資源豊富な地であるのは、そもそも異常である。気象学・植物学・地学等といった既存のあらゆる学問的見地に立っても異質極まる事は、既に何度も記した通り。そもそも、素人目にも周辺環境と明らかに異なる環境だと分かるはず。国境から離れた地でありながら、教会の最大戦力たる聖女が常に配置されていた……その歴史が有する意味は重い。あの地は大陸全土で見ても豊か過ぎるのだ。
この事について、極光龍の屍の上に成立したからだと教会は説明している。片腹痛い。聡明たる読者諸君は既に気付いていようが、こんなモノは真っ赤な嘘である。マンソンジュ博士が著書『魔力とは何か』において記しているように、「非生物」は魔力を生み出さない。死した存在は魔力を生み出さない。人歴が始まって1000年。これ程まで長きに渡りオーロングラーデが、その土地が命溢れる地であったのは、極光龍が未だ生きているからに他ならない。生きた龍の上に築かれた都市こそが、オーロングラーデであるのだ。
読者諸君、忘れてはならない。極光龍は、神話に語られる最凶最悪の災厄は未だ生きている。かの龍はヒトへの、世界への復讐を誓いながら、眠りについているだけなのだ。かの予言者シェケルが予言した1444年の破滅とは、正にその事だと私は考えている。極光龍が目覚め、世界を滅ぼそうとするのだ。
あと400年しかない。しかし、あと400年もある。来るべき災厄に備えよ。戦いの準備を怠ってはならない。その選択に世界の命運がかかっている。
信じるかは、君次第だ。―――
■禁書指定書『コンスピラスの都市伝説3/極光龍は生きている!』
著者:コンスピラス・ゴゴスデマ
理由:論外。稀代の陰謀論者コンスピラスが記した根も葉もない嘘。論ずるにも値しない駄作。
備考1:著者は失踪。
備考2:当書には禁書指定書の引用が多数見受けられる。著者がどこから情報を入手したのか、徹底的な調査が必要である。
◇◇◇
ここは、ヒルア帝国の首都シンヤヒルアにある禁書庫の1つ。滅多に読めない禁書指定書の宝庫。
明らかな嘘っぱちの本が殆どだが、それも含めて読んでいて楽しい。時々見つかる興味深い記述は知的好奇心をくすぐられるし、俺にとっては天国みたいな空間だ。
しかし……
「……クリス。そっちは何か見つけられたか?」
「いえ。申し訳ございません。お探しの記述は何処にも見つかりませんわ」
「いや、クリスが悪い訳じゃない。そもそも、こんな所にある可能性は少なかったんだ」
……肝心の「聖女」や「交換魔法・契約魔法」に関する本は何処にも無い。
やはり、この程度の警備の場所にあるのは、根も葉もない陰謀論・都市伝説、荒唐無稽な暴論仮説の類か……。
「ならば、次は……」
「あぁ。ゼシドラルの本拠地……教皇直轄領「大魔聖堂」に侵入するしかない。けれど、侵入手段が無いんだよなぁ……」
「ゼシドラル」、別名「大魔聖堂」または「魔聖堂」。それは教会の最高権力機関の名前にして、シンヤヒルアの中心に位置するゼクエス教の聖地の名。
1400年もの長きに渡って秘密を保持し続けた不落の城。教会の聖地にして、外敵の侵入を決して許さぬ聖域である。
「大森林の時のように、都市を崩落させてはどうでしょう?」
「やめい。一体どれだけの人間に被害が出ると思ってるんだ。……それに、1400年の歴史は軽くない。その程度ではビクともしないと思うぞ」
歴史上、大魔聖堂が攻められたことは何度もある。そして、その全てを容易く退けてきたのだ。
地盤を崩してどうにかなる程度なら、誰かが既に突破している。
……困った。完全に打つ手がないぞ、これは。
なんて考えている最中だった。
背後に気配。
近い! 不覚だ、これほど接近されるまで気付けないとは!
「……っ!」
「エイジ様っ!」
双剣を瞬時に抜刀。
背後の存在に向け、最短最速の動きで剣を滑らす。
「おぉっと! 危ねぇ、危ねぇ。賢者でも知覚出来ない俺様の隠密を破るとは、流石は魔王様だな」
そこに居たのは金髪金眼の軽薄な見た目の男。
容姿、「賢者」というワード。能力。
成程、この男は……。
「勇者一行、「義賊」ラドロヴォール・ゴールドか」
「正解だ。俺様の名前を正確に認識してくれていて嬉しいぜ、魔王様」
天下の大盗賊でありながら勇者一行として活躍。「前回」において「義賊」の二つ名で呼ばれるようになった男が、そこに居た。
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