3話 雇用

◇◇◇



「うぉっ、熱っ!? あぶな! 回避がちょっと遅かったら死んでたぞ!? 待て待て! 先ずは会話をしようや!」


 ラドロヴォールは、クリスが振り下ろした炎の剣を避けながら喚く。

 どうやら、彼は「会話」を求めているらしい。


「下がってくれ。一先ず、話を聞いてみよう」

「……かしこまりました」


 コイツの真意は全く分からないが、俺を抹殺する事が目的なら、わざわざ1人で来る必要性は無かった。

 いや、そもそも顔を出す必要性すら無いだろう。俺がここにいる事を教会に伝えればいいだけ。それだけで、教会騎士の大軍が禁書庫を包囲して俺はゲームオーバーだ。

 或いは、都市に備え付けられた何かしらの魔術。それを発動するだけで、俺の動きを完全に封じる事すら可能かもしれない。ここはヒルア帝国の首都。教会の総本山。それくらいの大魔術が幾つも仕掛けられているのは、何ら不思議な事では無い。


「賢い奴は話が早くて助かる。カモにするのは難しいが、ビジネスパートナーに選ぶなら最適だな」


 なぜ彼が俺の居場所を暴けたのかも含めて、現状は何もかもが不明。情報も圧倒的に不足している。

 この状況で、彼と会話をすることは、プラスになることはあってもマイナスになる可能性は低い。ならば、警戒を続けつつ言葉を交わすべきだろう。

 クリスは炎の剣を消し、俺も双剣の構えを解く。ただし、片手に魔力を装填し、いつでも魔術を放てるようにしておくことは忘れない。クリスも同じようにしているだろう。

 

「まどろっこしいのは嫌いだからよ。さっさと本題に入るぜ」


 そうして。

 ピリピリと張りつめた空気間の中、変わらずヘラヘラと軽薄な笑みを浮かべる金髪金眼の青年は。

 仕事帰りの一杯に誘う程度の気軽さで、告げた。


「俺様を雇え、魔王様」

「……なんだって?」



◇◇◇



「雇う、だと?」

「あぁ、そうだ。元勇者一行の「義賊」ラドロヴォール・ゴールド。この俺様を雇ってみないかって商談さ」


 ……商談。

 よりにもよって商談と来たか。今まで多くの濃い、イカレタ奴らと相対してきたが、こういうアプローチは初めてかもしれない。


「分かった。アンタの話を聞こう」

「いいねぇ、そうこなくっちゃ」


 しかし、考えてみれば平常だ。

 血生臭い殺し合いよりも、よっぽど利口で文明的。少なくとも、俺は嫌いじゃない。

 受ける受けないは別として。この商談、臨む価値はある。


「最初に。アンタを雇う事でどんなメリットが俺にある?」

「俺様は忍び込むことに関しちゃ世界一。そんな俺様を雇えば……そうだな、例えば。大魔聖堂の中枢だって忍び込めるだろうぜ。今のテメェにとっては、喉から手が出るほど欲しい存在じゃねぇか?」


 それは間違いない。超絶魅力的な提案だ。

 ただ、ここで「大魔聖堂」の話題を持ってくるとはな。これを偶然と考える程お花畑ではない。

 さっきの会話を聞いていたのか。否、それだけではない。俺が此処にいる事を把握していたからこその邂逅。ならば、俺が大魔聖堂を探る事を予め予測していたとしか思えない。


「……何をどこまで知っている?」

「確定で知ってんのは、テメェに「前回」の記憶が無い事だな。それは賢者から聞いているぜ」

「俺の居場所をどうやって知った?」

「そんなのは簡単だ。単純に、蛇の道は蛇って事さ。都市の防衛網やら何やらを考慮すれば、ここに真っ先に忍び込むって予測は容易だよ。それに、ここなら工夫をすれば忍び込むことは可能だしな」

「……しかし、俺が探ろうとしていると知っていなければ無理なのでは?」

「まー、そこら辺は俺様が「前回」で得た独自の情報があってな。魔王は絶対に教会中枢を探ろうとすると踏んでいたのさ」

「その内容を教えてもらう事は?」

「おいおい、勘違いするなよ。俺様は別にテメェの居場所を教会に告げ口したって良いんだぜ? 何でも教えて貰えるなんて思わないでくれや」


 そうして、彼が取り出したのは半分に割られた夜想石。

 成程。いざとなれば直ぐに連絡は取れると。そういうことか。

 分かり切った事ではあるが、この「商談」は俺の側が一方的に不利だ。全ては、ラドロヴォールが握る「独自の情報」とやらが分からない故。それを教えないのは当然と言えば当然か。


「次だ。対価として何を求める?」

「地球のアールピージーってヤツじゃあ、敵の親玉を倒すとレアアイテムがゲットできるらしい。てなわけで、対価は魔王の秘宝……なんてどうだ?」

「……秘宝? 具体的には?」


 俺に秘宝なんて無い。そも、旅路の途中に靴磨きとかで集めた僅かな金銭しか持っていない貧乏人である。

 師匠から授かった物品の数々……特に双剣は宝と言えるかもしれないが。それくらいだ。

 それとも、「前回」の俺は何かを後生大事に抱えていたのだろうか?


「秘宝ってのは、魔王エイジ・ククロークにとって最も大切なモノ。そして、それが何かを決めるのは未来の俺様さ」


 ……成程。つまりは。


「つまり、それがお前の復讐ってわけか」


 こういうことなのだろう。

 この俺の言葉に、ラドロヴォールは不敵な笑みを浮かべるだけ。明確な答えを返しこそしなかったが、ほぼ間違いない。

 彼は「前回」の復讐を「盗み」で果たすと決めた。そして、俺に力を貸す過程で、「エイジ・ククローク」にとって「最も大切なモノ」を見極めようということかもしれない。

 俺が真実に近付いて初めて、自分の目的の為に動き出せる。だから力を貸す。そういう考え方はヴァルハイトに似ている。

 ここは彼の申し出を受け入れるのが最善か。


「……契約魔術は結ぶか?」

「おぉっと。それは無しだ。契約で縛られたら動きにくくて堪らねぇ。“達成した暁には渡す”なんて契約をしてみろ、それは「盗み」じゃねぇ。絶対に成功する盗みなんてイカレてんだろ?」


 今回は俺が圧倒的に不利な立場での取引。彼が契約魔術に難色を示すのであれば、此方は強く出られない。

 とはいえ、だ。彼の裏切りを防ぐことは出来ないが、マイナスばかりでもない。契約魔術の強制力に縛られてしまえば、例えば問答無用でウアを奪われてしまう可能性すらあった。それを考えればプラスとも言えるだろう。

 契約さえなければ、後でどうとでも対策は打てる。


「要するに全ては口約束。テメェが俺様を信用するか否か。それだけの話さ。――さぁ。どうするよ、魔王様?」


 ……この条件であれば、断る理由は無い、か。


「分かった。アンタを雇うよ。よろしく頼む、ラドロヴォール」

「オッケー、上等だ。上手く使えよ、雇い主様マスター?」



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