His lies and tricks were exposed.

「あのー……関係、そんな無いけど……」


 急に翁君が口を開いた。

 彼は躊躇い混じりに万年筆をクルクル回す。


「滲んだッス……万年筆……」


 いつの間にか何かを書いていたみたいだ。やや黒くなった手元を見せてきた。

 それが一体何……。


「それは」


 蝋梅剛志が語気の強い声を出した。

 精一杯キッと睨んで彼は言う。


「善界さんがペンに込める力が強すぎたんじゃないですか? インクが出過ぎただけですよ」

「いや」


 素早く切り返したのは、石蕗艶葉。

 彼女は彼の証拠品を明確化していく。


「……ボクも経験があるから気をつけて書いたけど、ちょっと滲んだよ。だから原因があるとしたら紙質との相性の悪さだと思う。

 それでも、もっと丁寧に書けば読むのに苦労するって訳じゃない。だけど……」


 そこで発想の言語化の限界が来たらしい。リーダーは空中を指差し、グルグルと回す。

 それを見かねた羽衣治が補助に入った。


「君が見せた〖倉庫〗の道具一覧。あの量を滲まないように書くには、あんな短時間じゃ足りなくなる」


 1拍程度の間を置いてから続ける。


「手引の位置を的確に言えた辺りからしても、君はすごく記憶力がいい。だとしたら1度見た〖倉庫〗の中身を後から思い出すこともできたはずでしょ?」


 自分がやったことを今更翻せない。だから、蝋梅剛志としては黙るしかない。

 石蕗艶葉は援助者に「ありがとう」と告げて反論を提出した。



「剛志。君はボクと天岸に話をしてくれた後、自室へ戻ったんだよね?

 ……さっきの紙はその時に書いたんじゃないの? それなら他の人の目を気にすることもなく、時間がかなりあったはずだから」



 容疑者は、何も言い返しはしなかった。


「あとなあ、引っ掛かっとることがあんねん」


 ふと、備瀬君は呟いた。


「あん紙切れ、書き方が剛志のらしくなかったっちゅーか。文字があんな見にくいの、やっぱ違和感があるわ」


 ……そこ自体に引っかかりは覚えなかったけどな、俺は。

 けれど続いた言葉で納得する。


「遠か席の連中にも見えるような、ハッキリとした字ィ書きよる奴が」

「余白も使つこうて、多すぎる文章や会話の段落ごとに枚数を分けおる奴が」

「……そんな気遣いの塊が、近くの奴にしか読めへんような字を書くんか?」

「急いでいたからか? 色んな方向に話が飛びよる議論中でも、まとめを作っとったのに?」


 しばしの静寂。

 それを経て、桂樹葉月が心理を言い当てた。



「……『これだけの文字数を書いていたなら戻るのが遅くなっても仕方ない』って、全員が一目で思えるようにした……?」



 蝋梅剛志は沈黙を貫く。


 彼は首を上へ曲げた。

 そしてまた、下げる。



「どうやって? ってのはこっちの台詞だよ」



 探偵達を視線だけで穿つようだった。


 柊さん、羽衣治、そんで俺。

 3人をジトリとした目で睨んでくる。


「〖引きよせる〗の時系列から考えて明らかでしょう? 最後、あれを手にしていたのは大岩さんです。

 彼女が所有している状態のタブレットを盗んだところで、ルール違反に抵触します。そしてルール違反に抵触すれば、自分の関係者ミッシングリンクを処刑するアナウンスが流れます」


 真っ白な顔。強く握られた両手。崩れかけている敬語。スゥッと額から流れていった汗。



「自分はどうやって大岩から〖引きよせる〗を奪ったんだ!? 自分のタブレットを肌身離さず持ち歩いていた彼女から、ルール違反もしないで!! 誰も彼も凶器入手のHOWだけは答えられていないじゃないか!?

 たかだかその程度の推理で!!! 僕の名誉を傷つけにくるなよ!!!」



 突然の咆哮に、驚かなかった訳じゃない。

 でも。


「むしろ、それを最初に解決したから断定できるんだが?」

「思いつくのに時間はかかったけど……立証もできているんだよ」


 天才2人がサラリと言うもんだから。

 仕方ない。めんどくさいけど、俺も続いた。



「交換したんでしょ。タブレットを」



 蝋梅剛志は、その目を大きく開く。


「〖倉庫〗から戻ってくるのが遅れた理由。今度はこっちの想像通りって訳で、まあ犯行の打ち合わせをしてたって感じだよね?

 その時、ついで……いや、むしろこっちがメイントリックか。〖引きよせる〗と君のタブレットを取り換えたんだ。

 犯行が終わった後は、君が持っているタブレットをチアキさんに押しつけるだけで実質的な証拠隠滅になる。それから大岩さんに渡していた君のタブレットを回収すれば元通りじゃん」


 なるべく淡々と伝えた。気を抜いたらすぐに皮肉やら嫌味やら言っちゃって長引くので。


「あっ……それで昨日、あんなことを?」


 ちょっと驚いた感じのバスが聞こえる。

 天岸さんは翁君に視線を向けた。


「実は、俺と翁でタブレットを交換したんだ。けっこうタイミングに気を使うけど、交換自体は可能だった。……もちろん後で返したぞ」


 協力者も凄まじい速度で首を上下に振る。榕樹は揃いも揃って痛くないの?


 犯人は何度も口を開閉させていた。反論をしないといけない、けれど思いつかない。そんな雰囲気だ。さっきまでの攻勢が嘘みたい。


「……最終決定をしても良さそうかな?」


 石蕗艶葉がそう呟いたことで、議論の終結を悟る。このとっ散らかった主張達をどう片付けるんだろう。


「黄百合さん。最初に罪を着せられたあなたがまとめてみたらどうだ?」


 不意に、柊さんからそんなことを言われた。


「えー、めんどくさい。チアキさんは?」

「彼女に要約と時系列化ができると思うか?」

「やらせていただきまーす」


 説得力よ。当の相方はキョトンとした表情を浮かべている。お気楽で良い御身分ですこと。

 この議論で飛び交った言葉を、出来るだけリストアップしていく。



 そして俺は全ての照合を終わらせた。


「じゃ、最後は少しだけ仕切らせてね」


◇◇◇◇◇◆◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 彼の嘘とトリックが暴かれた。

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