He is not an athlete.
「どーも。ちょっとオハナシいい?」
最初はそれが自分に向けられたものだと思わなかった……いや、思いたくなかったのか、こちらを振り向くことはしなかった。
「翁君」と呼びかけて、やっと俺を認識してもらえる。怪訝そうな目が向けられた。
「えっと……何か?」
「別に用事があるわけじゃないんだけど、暇だからね。良ければあの子達が戻ってくるまで付き合ってくれない?」
彼は一瞬だけ視線を右に逸らす。けれどすぐに俺へ目を戻して「いっすよ」と言った。
「この間のドッキリ、見たよ。反応が良くて撮影陣も楽しかったんじゃないかな」
「あー……あの、サダコスタイルのモデルが追いかけてきたら? のやつっすか? いやホントにひどいんすよバラエティーの連中!」
「目の前にそれで笑っちゃった人間いるんだけどねー。でも本当に君って腕力と握力と脚力が強いイメージがあるよ」
「そっちはテレビでも散々言ってる通り、生まれつきなんすけどね。人をケガさせたり機材ぶっ壊したりで出費が嵩むんすよ……わざとじゃねーんだけどなあ……」
ゴリラが人間生活に溶け込む番組とかやったら面白そうだな。彼を見ていると、そんな考えが浮かんだ。失礼なのは分かっているけど少し笑ってしまう。
「何の競技をしているんだっけ。バスケ?」
「っすねー……何でもやったからなあ……でも最近は確かにバスケを中心にやってますね」
「……ん? どこかの選手として出演していたんじゃないの?」
「ああ、いや、それはウチの学校の助っ人に入ったやつが特集されたやつっす。正式な選手だったらどこにも入ってないっすよ」
「え、あんなに偉業達成してるのに」
「オレもビックリしてます」
てっきり何かのスポーツ選手として出演しているのかと思っていた。でも実際は単なる学生タレントってことみたいだ。
「……あの、あんたは……」
尋ねられて、俺自身が一度も名乗っていなかったことを思い出した。首筋を撫でつつ本名を告げる。
「
「いや、そんな、全然」
そう言いつつも、彼の目線は俺の銀髪から外れない。気になるのも分かるけど自分のことはなるべく喋りたくなかった。答える義理だってないから、咄嗟に沈黙を選択する。
時間が経つ度に気まずさが強まっていく俺達を気にかけてくれたのか、錆色短髪の男の子が「あの」と声をかけてきた。
「筆記用具が見つからないんですかね。あの子達、少し遅い気がしませんか? 今からでも3人行動を提案しようか迷ってて……」
「初めて来たダンジョンのマップだったら手探りしかできないし、遅くなるのも仕方ないよ。リアルじゃ攻略も載ってないしさ」
子供達が心配なのか、それとも参加者を警戒しているのか。髪型を乱しながら男の子は眉を下げる。
対して幼い子供はヘッドフォンを触りながら興味なさげに言った。ゲームが好きそうだという予想は当たっているらしくて、比喩表現がそっちの業界っぽい。
そんな話をしている中だった。
突然、お腹の底に響くような金属音が鳴る。
「おっ、お帰りー。どう? 見つかった?」
「……はい。〖倉庫〗にルーズリーフと万年筆が置いてありました」
子供2人が戻ってきた。
ロウバイツヨシが時計で言うところの5~12の位置に、オオイワセッカが6~11(最後は自分の席だけど)に用紙を配っていく。分かれ方がスムーズだったから元より担当場所を話しておいたのかもしれない。
「起立していただいている人達用にバインダーを持ってきました。よければ使ってください」
「わあ、ありがと」
ロウバイツヨシからバインダーとルーズリーフ3枚、万年筆を受け取る。フードを被っている男の人はオオイワセッカからリーダー格の女の人を経由して3点セットを渡されていた。
「それじゃ、紹介カード書いていこう! 項目はボクが決めても大丈夫かな?」
特に肯定の返事があった訳ではないけど、空気がそんな感じになっている。向こうも了承と解釈したらしい、手際よく内容を書き込んでいった。
「ボクが例でルールだー!」
楽しげに笑いながら見せられたカードは以下の通りだ。
『
所属……東大の法学部・居酒屋アルバイト
拐われた状況……大学から帰宅してドアの鍵を開けた途端に誰かが口を塞いできた。首に痛みを感じた直後に気絶?』
ロウバイツヨシが「東大」と呟いたのを合図にしてか、わらわらと野次が飛び始める。
「22とかババアすぎでしょ」
「石蕗さんって東大生だったんですか!? ヤバッ、ねえねえ翁、本物の東大生だよ!」
「あっうっうん、肩、あの、揺らさないで」
「猫目すげー」
「わあ……すごい、です……!」
「東大生ってバイトするんだね」
「勉強だけをしているのかと思っていました。生活苦が妥当な理由でしょうが、正直イメージしにくいです」
「法学部って要するに法律の勉強するんやろ? 抜け穴とか教えてもろたらええんとちゃう?」
「メガネお前そういう発言は控えろ子供の前だろうが」
「首の痛みと共に気絶……スタンガンか?」
「……石蕗を襲った犯人は、もしかして」
「君らめちゃくちゃ好き勝手に喋るじゃん」
「ドンマイ」
凄まじいトークの数々に目を剥いている石蕗艶葉に対して、俺はごく僅かな同情と一緒に慰めの言葉を送った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
彼はアスリートではない。
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