He has a good memory.

「あのっ、度々すいません」


 話の流れをマズイと感じ取ったのか、短い茶髪の子供(ロウバイツヨシ)がまた挙手する。


「ホワイトボードに書いてあったルール、色々多かったと思うし……現状も名前も紙にまとめてみませんか? そちらの人達だけじゃなくて、皆さんも。

 ……あっ! 理由は、さっき確認したタブレットのメモ機能だとスマホの絵描きアプリを指で使うみたいな感じだったんです。……だったから、思うように書けないんじゃないかと考えたからです!」


 教師に指摘されながら筋道を立てたような、学生らしい説明だった。戯れ3人組とは別の和みを与えてくれる。

 それはリーダー格の女の人も感じているのか、彼女の緊張していた空気が緩んでいた。


「ふんふん、なるほどね。その紙はどこから持ってくるの?」

「はい。さっきそちらの人が見せてくれた地図に〖図書室〗とか〖倉庫〗とかが書いてあったので、筆記用具の類いはその辺りに置いてあるんじゃないかなって考えてて……探してきてもいいですか?」


 薔薇家の女の人が顔を上げる。興味のない話題に突然自分が出てきた時みたいな、曖昧な表情で。


「地図が必要ですか? それでしたら」


 さも当然のように青紫の帯から四角く畳まれた紙が出てきた。普通、そういうのは隠したがるのが人情だと思うんだけど。


 さっきの放送の時だ。中央4階の意味がいまいち分からなかった俺達に彼女は『こちらが地図のようです。どうぞ』と、自分だけの情報をあっさり見せてきた。

 全員が同じように紙を配られているだろうけど、現状、彼女以外にそれを名乗り出ている人間はいない。


「大丈夫です、位置は覚えたので。ありがとうございます」

「そうですか」


 薔薇家の女の人が紙を懐へ戻す。白い肌の男の人が「ええ記憶力やな」と呟くのを他所に、リーダー格の女の人が手を鳴らした。


「ねね、ついでに探索しちゃわない? 各々集めた情報を持ち寄ってさ、自己紹介と一緒に発表するってのは?」


 その案の第一印象は良かった。少し吟味してから、俺は「良いんじゃない?」と返答する。けれど他のメンツは難色を示した。


「自分も構わないが……どちらかと言えばチアキちゃんの方が少し辛いんじゃないか?」

「それに翁も。一気に情報を詰め込ませたら知恵熱出しそうですし、控えていただければ」

「そんな疲れることを今やる必要あるん? どーせどっかでやるんやろうけど、さすがに休ませてもらいたいわ。頭が痛くてかなわん」

「階段の登り降りが多いのはちょっと……」

「ヒールは辛そうですね。左隣が保健室のようですが、向かいますか?」

「あ、いえ、平気です」

「ヘッドフォン揺れて鎖骨に当たるからヤダ」


 後半は服装の問題だった気もするけど。反抗期を迎えたメンバーを見回して、リーダー格の女の人は苦笑しつつ座り直す。


「ツヨシ。紙探すのは任せてもいい?」

「はい、大丈夫です。行ってきます!」


 指示を受け取ると、彼はすぐさま立ち上がって下の階に向かおうとした。

 当然のようにチアキリンも腰を浮かせる。けれど意外な人物がそれを止めて、代わりに自分とロウバイツヨシのタブレットを持って学ランを追いかけた。


「あのっ……わ、たしも、行って……いいですか……?」


 俺の立っている扉から出ていく寸前で、オオイワセッカが思春期であろう男の子の袖を握る。わざとじゃないなら大したものだった。

 握られた当人は爆速で首を逸らし、リーダー格の女の人を見る。彼女はニヤニヤと笑いながら軽く顎を引いた。それで彼は視線を彷徨わせ「いいよ」と蚊の鳴くような声で返す。


 左の扉から出ていった子供達を見送り、肩から力を抜いた。無意識に緊張していたらしい。


映像記憶能力カメラアイか?」


 なんとなく呟いただけというような声量だったけど、周囲があまり話していなかっただけに俺の耳にもアルトが入ってきた。


「亀?」

「言葉の通り、カメラの如く一度見たものをそのまま忘れずに記憶できる能力のことだ。本来は病気の1種だが……超能力じみたものであることも認める。好きに解釈するといい。

 ツヨシは恐らくそれを持っている。あの提案も、視覚を利用したくて行ったんだろうな」


 ウルフボブの女の子の説明に対して、俺は便利そうだという印象の方が勝った。けれど言葉の意味を尋ねた翁君の反応は少し違う。


「えー、それキツくね? オレなら普段から公式とか覚えさせられるのムリすぎる……」


 忘れられないことがデメリットだっていうこともあるんだろう。……言った人と内容がアレだからコメントしがたいけどね。俺は化学式がダメだったな。



 全体を大まかに見回す。どことどこが仲を深めているのか、気になって。


 パッと見で楽しそうにしていたのは、錆色短髪の男の子と幼い子供の2人。幼い子供の方が錆色短髪の男の子に懐いて甘えている状態だ。

 俺が10番目に自室から出た時にはとっくにこうなっていた。知り合いかと思ったけど、時折聞こえる話からすると初対面らしい。


 ピアスの男の子と化粧の目立つ女の子もか。両脇が空いてて会話を始めやすいタイミングだし、こっちは予想できていた。距離もあるから内容まで分かるわけじゃないけど。


 薔薇家の女の人とハイヒールの女の人、白い肌の男の人も打ち解けているみたい。

 男の人が話題を提供して女の人達が聞き手を担っているようだった。もっとも、唇の動く回数とジェスチャーでそう判断しただけであって、実際は逆かもしれない。


 それからフードを被った男の人、リーダー格の女の人、ウルフボブの女の子が少し真剣な顔で話している。女の人の指が机で走る様子もあったから、多分今後の方針の確認だ。


 さて、今俺が話しかけても良さそうなのは。


 有名人へ近づくために一歩踏み出した。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 彼は記憶力が良い。

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