He was called Yakuza Jijii.

「読んでない? 1文字もか?」

「うん。インナーカラーの緑、似合ってるね。カッコイイ!」


 静観を決めていた、ウルフボブの女の子が流石に目を見開く。対して化粧の目立つ女の子は気楽そうに彼女の髪を褒めていた。


「能天気か?」

「バカだよ!」


 呆れた風に言ったピアスの男の子にも、やっぱり自分がバカだという意見で返す。当てつけでもなさそうな雰囲気で。


「えー……と……まあ、気にしないっていうのは難しい内容だったけど……うん、そう無理に把握しなくても問題ないんじゃない?」


 ハイヒールの女の人が気まずそうに笑って言った。どういうことだろう、と思った人は何人かいたらしい。彼女はまた視線を受けていた。


「……君は……」

「チアキリン。何歳?」

「? 今年で19だよ。私はケイジュハヅキ、よろしくね。

 それはそれとして。あそこに書いてあったのは、何らかの行動を取った時の効果みたいなことが大半だったの。強制力のない、脅迫みたいな感じだったんだ」


 「だからそこまで気にしなくて良いよ」と微笑む。

 その発言に引っかかるものがあって、自制するより早く溢してしまった。


投票セレクトは? 従わないと罰則があるけど」


 ヤバいと気づいた時には遅かった。チアキリンの眼差しがみるみるうちに険しいものへ変わっていく。


「アンタはなんなの? せっかくハヅキさんがメチャクチャ丁寧に分かりやすく教えてくれたのに、それに茶々入れてくんのってどういうつもり?」

「ごめんあれ本当にかなり要約したやつだよ」

「いーの、あたしみたいなバカにもちゃんと教えてくれたっていうのが嬉しかったから。ありがとね!」


 ……ケイジュハヅキが良くて俺がダメなんだね。どこか嫌味の混ざった感想が自分自身の中に浮かんできた。


「お前ら脱線しすぎだぞ。あとチアキ、お前は自己紹介以外はしばらく口開くな」


 不意に、バスバリトンが響く。ピアスの男の子が金髪を軽く掻き回しながら立ち上がった。


「ツヅミ。コウエイ、ツヅミ。

 さっきのそこのー……あー……学ラン」

「ロウバイツヨシです」

「ツヨシ、の提案。全員の名前を書いて見せるってやつ。特に断る理由もないし、頭ん中で変換しやすくなるから俺は賛成。お前らは?」


 言うだけ言って着席し直すと、男の子はホワイトボードの破片同士を合わせ始めた。さっきから地面と睨めっこしていたのは欠片を集めるためだったらしい。


「ボクも賛成。ついでに簡単な自己紹介をやってもらいたいな」

「俺もだ」

「ウチもー」


 座り直していたリーダー格の女の人、その背後に立つフードを被った男の人、机上に体を乗せている白い肌の男の人が並ぶ。


「僕もそれで良いです」

「……じゃあ、オレも」

「まあ竹取のことは皆知ってると思うけど」


 ん? 竹取?


「えっ、ねえそれオレのことだったりする?」

「だってだしパワフルゴリラだし。実際に自力で竹取れそうだなーって。取れない?」

「多分取れるけどさあ! せんせー、このこイジメてきます!」

「いやちょっと知らないですね」

「せんせーーー!!」


 榕樹高等部と間の子供がまた戯れていた。彼らが話すと空気が少し和んでいる気がする。多分、ふざけるのが上手いんだろう。

 ポンパドールの男の子は俺もテレビで見たことがあった。彼が心霊ドッキリを仕掛けられた時、楽屋の壁を破壊して逃げ出した場面が放送されていたはず。


 名前は確か、善界ゼカイオキナ


「自分も構わないぞ」

「私も。特に困ることはないからね」

「あ……わ、私も、はい。良いですよ」

「賛成が多数派のようですね。それでしたら、わたくしも問題ありません」


 ウルフボブの女の子、ハイヒールの女の人(ケイジュハヅキ)、チョーカーの子供(オオイワセッカ)、薔薇家の女の人が相次いで肯定する。

 チアキリンの方は考えなくても答えが分かりきっていた。もっとも、漢字が書けないという点は解決しようがないけど。


 俺は少し思案してから「俺も」と簡素に返した。既にそこまで気乗りはしていないけど、呼び名に困るのは地味に大変だ。

 ただし、俺は追加で問題点を挙げた。


「でもさ、名前は何に書くの?」


 タブレットの〖メモ〗を使えばいいと思うだろう。でもこの場にはそもそもタブレットを持っていない人がいる。

 薔薇家の女の人、白い肌の男の人、錆色短髪の男の子、化粧の目立つ女の子。計4人だ。


「もし、そちらの黒い方」

「はい黒子です。貸しましょうか?」

「ええの? ありがとさん」

「あれ私どっちと会話していたんだっけ」

「僕の方は翁に借ります。チアキさんは?」


 尋ねられても彼女は答えない。ピアスの男の子(コウエイツヅミ)が「今は意見を言え」と促したらようやく口を開いた。


「あたしは何でもいいよ。漢字は書けないけど、ひらがなとカタカナなら多分覚えてるし」

「……あれ? そういえば、リンって何歳なんだ? てっきり高校生かと……」


 パーカーの男の人が尋ねると、刺々しいながらも答える。


「16。あたしは高校なんてすごいところ行ける頭じゃねーし。つか下の名前で呼ぶなよヤクザジジイが。キモいしウゼーんだよクソが」


 ……進学しなかった中卒か。今時だと珍しいな。

 ヤクザジジイという不名誉極まりない呼ばれ方をした男の人は、何度か瞬きをしていた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 彼はヤクザジジイと呼ばれた。

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