She has a presence.

「後出しばっかりで申し訳ないんですけど」


 ガヤガヤが少し落ち着いた頃、錆色短髪の男の子が挙手した。


「良ければ、特技とか体質とかあったら追加で書いてもらえますか? 僕自身はそういうのが無いからアレなんですけど」


 俺は彼の後ろに立っているから表情が見えない。けれど翁君の視線から、爽やかな笑顔を見せているのであろうことは予想できた。

 石蕗艶葉は特に嫌がる様子もなく、上の空で「うん」と頷く。そしてしばらくすると再度首を縦に振って何かを書き足した。



『特技・体質……もやし料理・夜目が利く』



 特技がどことなくもの悲しさがある。「あら」と裕福そうな薔薇家の女の人が口元に指先を持っていった。


「ドンマイです」

「ぴえーーー」


 しくしくと嘘泣きされてから「ほら、君らも書いた書いた!」と促される。それで俺も筆を取った。


 俺が『所属』で止まっていたら「できたぞ」とアルトが告げる。それで一旦ペンを置いてウルフボブの女の子の方を向いた。


 提示された紹介文を見て、コウエイツヅミと白い肌の男の人が同時に叫ぶ。


「「字が汚すぎて読めねぇよ!!」」

「失敬だな」


 分かる、と言わんばかりにハイヒールの女の人と薔薇家の女の人が何度も頷いていた。苦々しく笑う石蕗艶葉も否定はしない。俺だって擁護する気はなかった。

 「仕方ない」と呆れ顔で彼女は音読をしてくれる。サウジアラビア語を読めない俺らが悪いの??


「樹理。ヒイラギ ココロ、18歳の女だ。

 所属は木皇学園高等部3学年。中等部1学年の際にスカウト生として入学した。あとは適当なところで適当な手伝いをすることもある。

 拐われた状況は、スカウトの理由となった仕事をしている最中にクライアントから不意打ちで注射されたといったものだ。愛らしい花には毒があるとはあの事だな」



「結局女にやられてんのか」

「完全に女たらしじゃん!」


 ここでさほど意外ではない人間が顔を上げた。話を聞いていたのか、という意味では少し驚いたけど。


「貴女も木皇学園の生徒だったのですか?」


 薔薇家の女の人だ。

 木皇学園は保小中高大一貫の私立女子校で、翁君達が通っている榕樹学校と対になっている。柊さんの赤いスラックスは特注品らしくて俺が知っている制服とは大幅に異なっていた。在学生が気づけないのも無理はない。


「ああ。貴女もか?」

「ええ。後ほどお見せ致しますが、大学部の2年生です」

「進学の楽しみが増えたな!」

「めちゃくちゃイイ笑顔だなオイ」


 本当に嬉しそう。良かったね。

 咳払いを1度してから彼女は自分の特徴を述べる。


「特技は……相手からの印象の操作。体質は、要所要所で、影が薄くなる」

「……お前、影薄くなることあんのか?」

「貴様さっきから自分に対して文句が多くないか? もしや嫉妬か? 醜いぞ」

「ちげぇよ単なる疑問だよ」


 嘘ではなさそうだけど、引っかかる言い回しだった。嘘を吐かないようにしつつ真実も言わないようにしている感じの奇妙さがある。

 それはそれとしてコウエイツヅミとの会話がちょっと面白い。たまに吹っ掛けて遊んでみたくなるタイプの2人だ。


「まあ、そういうわけだ。


 ――ああ。ちなみに」


 それは、唐突だった。アルトに威圧が加わって重苦しい感覚を抱かせてきたのは。


「あんなつまらんルールとやらに乗らされて罪を犯すような人間はいないと、信じておく。この信用を裏切られた暁には……」


 冷徹。彼女の目の色を表すなら、この言葉が最も相応しいんだろう。



「潰す」



 ……タチが悪い。


 チアキリンの安っぽい『くたばれ』とは比べ物にならない。死を直接的に連想させる日本語じゃない、それでも。


 逆らったら抹殺されることだけは解るから。


 「以上」と言って彼女は圧を仕舞う。その温度差に平静を取り戻しにくかったのは俺だけではないようで、オオイワセッカも萎縮している風に小さくなっていた。


「大丈夫だよ、ココロさん」


 柔らかな雰囲気のソプラノが響く。チアキリンの方を見てみれば、彼女は優しい笑顔を浮かべていた。


「あたしバカだからろくなことできないけどさ。なんかコワイこととかヤバイことは代われると思うから、ココロさんがやる必要ないよ」


 自分がチアキリンのセーフゾーンに入っていると気づいたらしい。少し黙ってから、柊さんは目元を緩めつつ「ありがとう」と言った。


「……っはい、というわけで次の人ー!」


 石蕗艶葉が焦りぎみの声色で空気を本筋に戻す。それに協力してくれた人間もいた。


「終わった! はいはい、俺やるー」


 間の延びた挙手をしたのは、幼い子供。

 紙には元気いっぱいな感じの小学生らしい文字が並ぶ。



風子カザコシン、小6、12歳、男

 浅黄小6年2組7番、ギルド・グラジオラス(オンラインゲームの『Magic&Monster』)

 さらわれた状況は分かんない

 リズムゲーのフルコンが早い内にできる

 兄ちゃんから絶対音感って言われた』



 『Magic&Monster』という単語を見て、姿勢を正した。

 【人狼と赤ずきん】のルールの内1項目を思い出す。



関係者ミッシングリンク

 ここでは、参加者のルール違反を確認した際に処罰を受けるバディのことを指す』


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 彼女は存在感がある。

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