He has a brother.

「絶対音感? 僕、そんなこと言ったことないよね?」


 別の方でも疑問が上がる。錆色短髪の男の子が自分自身を指差して驚いていた。

 風子信が『あ』の形に口を開く。「違うよ!」と首を横に振った。ヘッドフォンがそれに合わせて揺れる。


「あのね、オサム兄ちゃんじゃなくてね、俺の兄ちゃん……血縁でも兄ちゃんがいてさ、そっちの兄ちゃんに言われたんだ」


 ニイチャンが渋滞しそう。どうにか俺自身の中に情報を落とし込んで処理した。


 ――ふと、気づく。

 風子信から見て正面にいる石蕗艶葉が妙な顔をしていた。

 彼女は「えっとさ」と下唇を人差し指で触れつつ声を発する。


「兄弟仲って、良い?」


 なぜそんなことを聞くのか。それを俺が尋ねる権利は有していないから、口を閉ざしたまま風子信の回答を待つ。


「うん!」


 ……プライスレスの笑顔と共に全力の肯定が返された。

 それによって彼女も何らかの判断を下したらしい。「いーなー」と苦笑いして、本来告げる予定だった言葉を引っ込めたように見えた。


「あ、の」


 テノールとハイバリトンの混ざった高さの音が鳴る。ロウバイツヨシが強張った表情のまま「次、お願いします」と紙を全体に向けて差し出していた。



蝋梅ロウバイ剛志ツヨシ 十五歳 男


 木瓜中学校三年五組三十八番です。生徒会で書記を担当していました。それから、今は引退していますけどボランティア部でした。


 中学校の近くで不審者情報が出たため登下校は保護者同伴になっていたんですが、今日の放課後は親の都合が合わなくて叔母さんに迎えにきてもらっていました。

 覚えているのは車の窓から見えた空だけだったので、そこから何かあってマスターさんに誘拐されたんだと思います。


 特技は速筆で、一度見たものを忘れたことがない記憶力があります』



 所々が掠れていたり滲んでいたりするけど読みやすい文字だ。しかも内容量の割には提出が早くて、中学生ながら『仕事ができる人』なんだろうなと思わせられる。秘書みたい。


「叔母ねー。叔父さんならボクにも何人かいるけど、関わらない人の方が多いな。剛志は普段からその人と仲良くしてるの?」

「……いえ。叔母さんは、その……母さんから、あまり話すなと言われている人で……」

「あーね」

「なんかヘタレっぽいからヘタレでいーや」

「信君、ひょっとしてさっきから皆にあだ名みたいなのつけてるの?」

「だってそっちの方が覚えやすいんだもん。イイクニつくろう鎌倉幕府と一緒」

「語呂合わせな」

 

 ケイジュハヅキとコウエイツヅミが風子信に構っている間に俺も所属以外を書き終える。万年筆を指で回転させつつ、残る項目の表現を考え始めた。


「書けた」


 ソプラノがぶっきらぼうな雰囲気を纏って、室内へ届けられる。

 チアキリンはペンを変な握り方で持っていた。俺がそこを気にしているとは露しらず、彼女は右手で端々に皺のよったルーズリーフを皆へ見せびらかす。



『チアキ リソ 16 女 いえて゛ねてた』



 ……小学生低学年男子が一生懸命に書いた風の文字だった。


「え? チョコ、それだけ? 所属は? 特技は? 体質は?」

「んー……ない!」


 流石に嘘だと思ったけど、少なくとも本人にとっては真実らしい。ならこれ以上掘り下げさせようとしたところで無駄だろう。


「あたしみたいなバカよりさー、セッカちゃんも書けたっぽいから見てあげてよ」

「へあっ……!? えっ、と……は、はい」


 さらりと次へ受け流す。チアキリンの隣にいたオオイワセッカが驚いたように軽く跳ねた。オドオドしながら、それでもどうにか自己紹介をしてくる。



大岩オオイワ 雪下セッカ 14才 女子

 所属……浅黄中学校

 誘拐された状況……おじいちゃんと外で遊んでた

 特技・体質……視力検査・かんしゃく持ちだって言われたことがある』



「視力検査が特技って何だよ!?」

「あっ、あれ、外したことないんです……!えへへ……」


 思わずといった感じでコウエイツヅミがツッコミする。その時、初めて大岩雪下が笑った。


「ねーねー! 他に浅黄小中の人いる?」


 机の上でだらけていた風子信が声かけをしてくる。何を考えたくてその質問をしたのか、俺は分かった。


「……現時点で義務教育生っぽい人は全員終わったからねー。強いていえば卒業したかどうかじゃないかな?」


 念のため補足してみたら。

 「あー」と合点がいった風のハイバリトンが聞こえてくる。


「そいならウチも浅黄小出身や。ついでに書けたけん、他ん情報も一緒に発表したる」


 白い肌の男性が欠伸をしそうな顔で言ってきた。「チャララー、デデンッ」と効果音を自力で発しつつ概要を見せてくる。



備瀬ビセ 敦二アツジ ハタチ 美青年

 榕樹大学院2年生(中等部時は特待生)・寮の隣におる奴と飲んどった・特技当て・自前のキレーな面』



「榕樹!?」

「隣人?」

「特技当て……」

「顔面の自信過剰かお前!!」

「ナルシストって呼ぶのも腹立つからメガネのままでいーや」

「きゃっきゃっ」


 翁君、石蕗艶葉、錆色短髪の男の子、コウエイツヅミ、風子信の順に構われて喜んでいた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 彼には兄がいる。

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