He has good grades.

「せめて榕樹大学院ってことぐらいはもっと早く言ってくれても良かったのに」

「おまんらがえらい仲良しさんみたいやったからなあ。そー簡単に口挟めんやろ」


 文句がありそうな錆色短髪の男の子を、備瀬君はベシベシと背中を叩いて慰める。それから「ほいで」と不思議そうな顔で風子信を見た。


「信は信で、なしたってそげなことが気になると? ウチもう小学の記憶は曖昧なんやけど」


 尋ねられた彼は若干落胆したような表情のままで「べっつにー」と答える。ヘッドフォンの接続部分を指先で弄びつつ、机に寝そべった。

 それを見た錆色短髪の男の子は口元を手で覆う。微かに笑い声が聞こえてきた。


「多分、信はさっきのルールが気になっているんだと思いますよ」


 発言と同時に彼は右手首を返す。握られていた紙には、彼自身の概要が載っていた。



羽衣ハゴロモ オサム 17歳 男子


 所属

・榕樹高等部2学年(特待生)、医学コース

・現在は羽衣ハゴロモ イサムという市役所勤務の男性の自宅に居候中。遠縁の人で、榕樹高等部出身。


 拐われた状況

 翁を勇さん宅に誘って漫画を読ませている最中に窓ガラスが割られ、ガスのような物を部屋に投げ込まれた。

 犯人の顔は確認していないが、どこか動揺したような、高めで女性的な声が聞こえた』



 石蕗艶葉が聞きたいのであろうことを的確に汲み取ったような、模範解答と言ってもいい文章だ。

 それよりも強烈なインパクトのある単語に備瀬君が反応する。


「高等部の特待ってバケモンなんよ」

「ひどい。そこの翁なんて中等部と高等部でのメディア推薦生ですよ」

「えっ、なんでオレ今勉強のバケモノとバケモノの争いに巻き込まれたの」

「どいつもどいつだってば」


 榕樹学校の特待生制度は世代の男の子の中でよく知られていた。風子信の指摘通り、彼らは3人ともが充分オバケみたいなものだ。


 榕樹学校では小、中、高、大の入学時4回で外部受験が行われる。そこから更に2つ、特待生を決めるコース――推薦受験的な――と、合格時の入学金が通常の私立の3倍近くかかるコースとがある。


 話題に上がった特待生は、特待試験の受験者達の中で最も点数が高い唯一の合格者。成績による蹴落とし合いの勝者だ。

 そんな【バトル・ロワイアル】並にリスキーすぎる受験を耐え抜くだけの価値が、その称号にはある。

 合格時の学年部――羽衣治の場合は高等部である期間のみ――学費が全額免除という特典がついてくるから。


 噂では元々の試験内容が全国偏差値75を基準としていて、その土俵に立つ時点で優秀らしいんだけど。更にそこから合格をもぎ取ったということは並大抵の学力じゃない。ましてや(榕樹にしては)比較的簡単な中等部試験ならまだしも、複雑化が進んだ範囲の高等部試験なんて一種の狂人でしか解けないそう。


 つまり、榕樹特待生組は良い意味で頭がおかしい人達ってこと。


「オサムってメチャクチャスゴいんじゃん! あれだ、ジアタマ? がイイんだね!」

「……たまたまだよ。ヤマが当たっただけ」

「それでもあそこに特待で受かるって相当だろ。中等部についちゃ欠片も知らねぇけど」

「あっっっ金髪ピアスのヤンキーごときに学年差別された! あーあーウチ今どえらい傷ついた! 嬢さん達、アイツヒドイと思わん!?」

「誰に話しかけているのでしょうか、あの方」

「白純さんが無視の呼吸の使い手になっちゃった」

「えっ、黒い人もそういうマンガ読むんすね」


 一部が著作権的に怖い発言をしていた。止めなさい怒られるよ。


 そこから、相談があちこちで繰り広げられるだけの空白の時間が少しだけ生まれた。俺もそのタイミングでやっと所属を書き終える。


「白純モモ先輩か。外見と同様、とても流麗な筆跡に名前だな。内容もまた可愛らしい」

「自己紹介とは難しいものですね。ケイジュさん、書き方を教えてくださってありがとうございます」

「どういたしまして……。備瀬さんと同じだけ生きてきた人が一度も自己紹介したことないっていう事実の方に、私は驚いたけど……」


 どうやら薔薇家の女の人も終わったみたいだ。「ご注目をお願いします」というメッゾソプラノに従って、俺のルーズリーフは伏せた。



白純しらすみ もも 20 女

 所属――木皇学園大学部2年生家庭部、薔薇一族(最も近いのが青薔薇)の白純家

 状況――同学年の方に夕食へ誘われ同席

 特技、体質――華道、悪運』



「シロ!」

「しら、です。お魚さんのが墨を吐く、で覚えてみてください」

「いやいやいや待って待って待って、待って? ちゃんと家の名前で覚えさせなきゃマズイでしょ君の家だったら。教えてあげようよ」


 咄嗟に割り込んでしまう。何を言っているんだコイツ、と言う風のジト目を最年少から受けた。いやだって……うん。


「わたくしのお家は、色々な大きいお家の人と知り合いさんです。君の周りに、白純の名字を持っている子はいませんでしたか?」

「……あ! いたいた、不登校のやつがそんな名前だった!」

「はい。鈴木さんや佐藤さんには負けますが、お金のあるお家にしてはたくさんの人がわたくしと同じ名字を持っています。わたくし自身も、過半数の方を存じ上げていません」


 意外と柔らかい表現を用いて説明している。


 要するに白純とは。人数規模の大きい、名家と名家の橋渡し的な役割を持つ一家のことだ。中でも彼女は薔薇一族に近親がいるらしい。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 彼は成績が良い。

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