Neither I nor she can be the culprit.

「あのね、1人だけその条件をクリアできるかもって人が見えたんだ。……まだ犯人って断定できるわけでもないんだけどさ」


 風子信は迷いの見える表情で、けれど確かにしっかりと人差し指を掲げた。



「銀たこ! ある条件を前提にすれば、銀たこなら犯行は可能だよね!?」



 ……俺に向かって。


「やはり貴方ですか、黄百合。調査や推理の妨害を企てていたようですが……真っ当に生きる人間の前では、策略など無謀なのですよ」


 あーあー白純百バカがうるさい。

 最年少は自分よりも頭の悪い大人に呆れ顔を見せて、すぐにこっちへ視界を戻す。


「俺の見た〖能力〗の中には、直接〖引きよせる〗を持っていなくても実質的にそれを使うことができそうなものがあったんだよ」


 それなら心当たりがあった。というか、答えを言ってくれたようなものだし。


「銀たこのタブレットが〖使〗なら、多分だけど他の〖能力〗を使えるんじゃないの!?」


 全力で違うけどね。まあ、仕方ないか。彼視点で気づくのは難しいだろうし。


 「つまり」と本意を問いかけたのは、バスバリトン。


「信。テメェはこう言いたいわけか?

 黄百合が〖使う〗を持っていて、それで〖引きよせる〗を利用して、雪下を殺したって?」


 なーんか含みを感じるな。

 俺が1人で微妙に引っかかるものを覚えている間、風子信はコクコクと頷いている。



「「「それはない」」」



「わあ」


 3つの声が同時に重なってビックリした。

 羽衣治に公英鼓、それから天岸さん。

 お互いに目配せして順番を決めたみたいだ。最初は羽衣治にしたらしい、彼が挙手した。


「確かにそれなら不可能じゃない。でも、本来の前提条件と食い違うよ」


 深緑は挙げた右手をそのまま蝋梅剛志に向ける。それだけでどこを指しているのか理解したのか、秘書は再度1枚の用紙を持ち上げた。


「剛志君ありがとう。

 それで、信。あれの2番目を見直してみて」


 そこにはこう書いてある。


『大岩&犯人 犯行の打ち合わせ』


 何が問題なのか分かってくれたようだ。風子信の顔が気まずそうに萎んでいく。ウケる。


「もう分かったみたいだね。流石。

 今回の事案じゃどうしても犯人と被害者が呼吸を合わせなきゃいけない。だからこの打ち合わせは必須だったはず。でも、黄百合さんには彼女と行動を共にした時間帯がない。

 ……黄百合さんも犯人じゃないよ。絶対」


 榕樹の特待生が言うと説得力が段違いだ。現に俺を疑っていたはずの翁君も「はえー」とか言ってるもん。


「それに」


 次に口を開いたのは、公英鼓。

 彼は自分のタブレットを触って言う。


「〖使う〗を持ってんのは俺だからな」


 その動作に何の躊躇も無かった。

 クルリと、機械の画面が全体へ提示される。



『〖使う〗


 1日1度、発動時から次の役職再配布まで他のタブレットの〖能力〗を使用することが可能(使うを除く)』


『〖換える〗〖止める〗〖偽る〗

 〖変える〗〖伝える〗〖訪ねる〗

 〖引きよせる〗〖巻きこむ〗〖起きる〗

 〖尋ねる〗    〖眠る〗』



 ――驚いた。俺を含めて、多分、全員。


「…………は? おまん、何、しとんの?」


 その声は、珍しい色を含んでいた。

 備瀬君は目を見開きすぎて眼鏡をずり落ちさせている。漫画だったら割れていそうだね。


「別に俺は知られても平気だからな。……俺が〖引きよせる〗を使ったとしても、距離がありすぎるから何もできねぇぞ」


 そんなことは分かってる。俺達が気にしてるのはそこじゃないんだよ。

 でも、その時に思い出した。前に彼が平然とした様子で自分の所持品を晒していたことを。


「……ふむ……」


 柊さんが一瞬だけ目を伏せる。

 それに気づいたのは俺だけのようだった。その俺にしたって、すぐに天岸さんの方に意識を逸らした。巨人が小さく手を挙げていたので。


「信が知らなかったのは無理ないけど……あの子の遺体は奥側の扉付近にあったんだ。

 あの時〖休憩室〗にいたはずの陽太が、仮に敦二かチアキのタブレットを盗んで〖引きよせる〗を使っていたら……えっと……手前の扉の近くに彼女がいないとおかしくなる。

 だから、どのみち陽太とチアキは犯人になれるはずがないよ」


 たまにバスが自信無さげに揺れていたものの、それなりに筋道立てて説得できていた。


 と、思っていた矢先。



「それだーーー!!!」



 耳が痛かった。それが思ったより高音だったので。

 石蕗艶葉は動揺を隠しきれない様子で、あの子に詰問を始めた。


「信!! 現場も遺体も一度も見ていないはずの君が、なんで雪下ちゃんが首を絞められて死んだって知っていたのさ!? ボクたち、これまでで死因を議論に出したことあった!?」


 風子信は、しばらく自分への言葉をインストールするのに時間を食っていた。

 流石の生意気ボーイもこの展開は予想外だったらしい。ようやく理解してから「……え」と掠れた声を出すくらいには。


「……皆、知らないの? チビは、首を絞められて殺されたって……」


 重い沈黙。それで肯定されたと悟ったらしい、みるみる内に子供の表情が青ざめていく。


「……俺じゃ、ない……俺じゃない、俺じゃない!!! 違う、俺は……!! 俺は、」

「大丈夫」


 悲鳴のような叫び声をテノールが止める。


 風子信を両腕でしっかり抱えたまま。

 羽衣治は、ゆっくり深呼吸を繰り返した。


◇◇◇◇◇◆◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 俺も彼女も犯人にはなり得ない。

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