This process is guess debugging.
「えっと……あたし、またなんかやった?」
目を擦るような動作をしたものの、チアキリンの派手なメイクが崩れることはなかった。
その緩い態度に苦笑して、柊さんは彼女の所持品を指差す。
「すまないが、君のタブレットにある〖能力〗を全体に見せてくれないか? 必要なんだ」
「分かった! ちょっと待っててね!」
あっさり快諾した。えーえーそーでしょーね柊さん達相手なら。
長い爪で器用にタブレットを弄っていく。やがて、くるりと手を返して画面を見せてきた。
『〖引きよせる〗
タブレットから磁力を発生させる。効果範囲はおおよそ扉や階段を挟んで1部屋分くらい。
S・N』
やっぱり〖偽る〗で確認したまんまだ。本来は相手を騙すためのものなんだろうけど、まさかの純然たる情報収集に使われちゃったね。
「これで確定したろう。大岩雪下を殺害した凶器は、このタブレットだったということを」
だったら。
全体の視線が、派手なメイクが塗ったくられた顔面へ移ろっていく。
「…………え、と?」
チアキリンも異質な空気を感じ取ったらしかった。そっとタブレットを自分の方へ戻し、少ししてから机に伏せる。
「だったら、間違いなく」
あれ、アンタが火蓋を切るのか――。
「彼女が犯人であることはありえないね」
その声には、安堵が混じっている気もした。
石蕗艶葉は曲げた人差し指でこめかみを数度つついて言う。
「タブレットを起動するために指紋が必要な以上、当時は犯人がこれを持っている状態でなくてはならない。
視点を変えれば。隣室にいたとは言えど、タブレットを持っていなかったチアキちゃんには何もできないことになる。よって……。
チアキリンが犯人になることはありえない」
精神的支柱から放たれた言葉は、確かにチアキリンへの視線の色を一斉に変えて見せた。
これが人徳の成せる空気感か。すっげえ。
「ちょい待ち。やったら、そん機械はどいつが持っとったん?」
備瀬君の質問には答えない。そっと桂樹葉月が「誰?」と尋ねて、ようやくチアキリンは唇を開いた。
「セッカちゃんにあげたよ」
息を呑む。その過程の目撃者を除く人達が。
「……オレ、多分それ見たよ。なんか優しい人がいんなーって思ったの、覚えてるから」
翁君が言い加えた。羽衣治も首を縦に振る。
「無理でしょ!!」
甲高い声が空気を殴った。
桂樹葉月の鋭い視線。
それは、事件の理解者を深く穿つ。
「だって、だったら、凶器を持っていたのが被害者ってことになって、大岩雪下は自殺って、そうなるじゃない。でも自殺するにはタブレットが必要で、それで……!!」
頭をかきむしる動作。震えが隠せない台詞。明らかにパニックかつヒステリー状態だ。
「……桂樹、とりあえず落ち着け」
公英鼓が戸惑いながら近寄った。強張った動きではあるけど、多分、宥めようと背中に手を伸ばして。
「触んないで!!!」
黒色が横一線に走る。
――パンッ
かと思えば、乾いた音が鳴った。
「っ」
公英鼓は叩かれた右手の甲を庇う。
「葉月!! 頭冷やせ!!」
備瀬君のハイバリトン。それと白純百の煩わしそうな顔もあって(……あるのか……?) 少しずつ桂樹葉月の呼吸が戻っていった。
「……ごめん、なさい……でも、もう、本当に、意味、いや、訳が、分かんなくて」
涙混じりの訴えは、それでも彼にピシャリと取り下げられる。
「今のは『でも』じゃない」
灰色の髪を触って、方言すら無くなって。
備瀬君は割と怒っているみたいだった。
それに対しての言い訳は特になく。縮小したまっくろくろすけの「ごめんね」とヤンキーの「別に」を介して、全体が一旦落ち着いた。
パンパンと、静粛を求める音。
これだけは自然と出所が分かる。
「今までの情報を整理してみよっか。剛志! それ、皆に向けて見せられそう?」
石蕗艶葉の端的な指示に、蝋梅剛志は無言で従った。俺は少し遠くから推理達を眺める。
名付けるなら、推理デバックかな。
『敬称・名前略
黄百合・チアキ 当時〖調理室〗の入室✕
➡️内側から鍵
✕密室&殺人 ◯密室+殺人=共犯
➡️大岩+ =殺害』
『チアキ➡️大岩 〖引きよせる〗譲渡
⬇️ (磁力。1部屋を挟んで使用可能)
大岩&犯人 犯行の打ち合わせ
⬇️
大岩 〖調理室〗の内側から施錠
⬇️ (犯行の妨害対策、防音等の目的で)
犯人 〖調理室〗外で〖引きよせる〗発動?
⬇️ (大岩のチョーカーは鉄製だった)
全体で合流 (風子・備瀬を除く)』
『当時のタブレット未所持者=シロ確
天岸・桂樹・石蕗(会議室に放置)
白純・チアキ・羽衣・備瀬(未所持)』
「……あれ」
ふと、リーダーが顔を変に歪めた。
でもすぐに振り返って「それじゃ」と話を切り出してくれる。
「今の時点で疑問点があったり、ついていけてない部分はあったりする? ボクは概ね追いついているつもりだから答えられると思うよ」
しばらく誰も何も言わなかった。単純に考えていたんだと思うけど。
「あ! 待って、ちょっと引っかかった!」
口火を切ったのは、風子信だ。
◇◇◇◇◇◆◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
この作業は推理デバッグだ。
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