少年少女
――床を、重量のある金属が引っかいた。
「っ、ストップ!」
聞き取りやすい高音が鼓膜を叩く。入口付近で猫目の女性と赤いパーカーの男性が並んでいた。叫んだのは女性の方みたいだ。
「来てくれてありがとう。さ、どうぞどうぞ」
この台詞は無視され、男性から質問を投げかけられる。
「君が……さっきの放送を?」
「うん」
2人は黙った後、顔を寄せてヒソヒソと話し出した。屈んでいる男性の首が痛そう。
「……やっぱ君は、ボクら14人を誘拐した犯人ってことなのかな?」
女性からの言葉に、14、と唇の裏で転がす。笑いたくなるのを喉奥で押さえた。ククッと音が漏れてしまったのは見逃してくれるかな。
「厳密に言えば計画犯。プライバシー保護とか守秘義務とかのめんどくさい法律のせいで、実行犯の本名は教えられないけど……。
皆の近くにいる上司、扶養者、同僚、2親等、看護師、学友、買春対象、近隣住人、教職員、依頼人、住居付近のホームレス、3親等。以上の方々にご協力いただきました!」
言葉選びは慎重に。いつ揚げ足を取られるか分かったものじゃない。
与えた情報量のおかげか、どちらも掘り下げてくることはなかった。「聞くだけ聞こう」と後方にいるらしい参加者へ促してくれる。
初めに出てきたのは中性的な女子と金髪の男子だった。
「ふん……貴様が犯人か。やたらチャラチャラしているくせに、男か女か分からん奴だな」
「お前が言うか?」
彼女から発せられたウチへの感想には彼がツッコんでくれた。
女子は遠慮なく着席する。時計で言えば1を指す位置だ。
男子は12時の椅子を引いた。けれど自らが座ることはなく、「おい」と猫目の女性に呼びかける。
「14人に対して12脚しかないだろ」
12-14=(-2)。2人が立たなければいけない計算になる。それには女性も気づいていたらしく頷いた。
しばらくの間、無言が空気を制する。
居たたまれなくなったようだ。女子が苦笑いしつつ「座ってやってくれないか」と模範解答を提示した。
「へ? …………あ、あー、そういうこと? ありがと……いや、めっちゃ意外……」
「なんか腹立つな」
当然のごとく振る舞われた紳士っぷり。これは人気が出るだろうね。
女性が戸惑いながら差し出された場所へ座る。代わりに男子が階段の扉近くに移動した。
「ちょっとちょっと奥さん、今の見ました?」
「メッチャスマートでしたわね!」
「あんな外見でフェミニストとか、ギャップ狙い以外の何物でもございませんことよ! きっとバレンタインでは行列が出来るチョコ工場と化しているのでしょうね!」
「良いご身分ですこと! 男子校ではチョコに飢えた廃人の集合体になりますのに!」
「どこの婦人共だお前ら!!」
やって来た男子達に金髪が吠える。
2人は同じ服装をしていた。それもそのはず、彼らは同学校だと調べがついている。
2人は入口から近い位置に1席分空けて座った。井戸端会議を始めた華奢な方が、ドアから見て右に。便乗したガタイの良い方が左に。
何故だろうと考え始めた直後。
「兄ちゃーん!」
答えが向こうからやってきた。斜め下に視線を向けて相手を確認する。
ヘッドフォンを首に引っかけている少年が、華奢な男子の傍へ駆け寄っていった。
「あの……! 気を、つけて……急いじゃ、だめ……!」
「チビ遅い!」
「チ…………う……うぅ……」
更にその背後からは一際小柄な少女が顔を覗かせる。オロオロと少年を窘めるものの、モロに言葉のカウンターを喰らっていた。
少年はわたくしの方をチラリと見ると、6時の位置にある椅子へ座る。
対して少女は困っていた。タブレットを抱きしめてキョロキョロと周囲を見回す。居るべき場所が分からないと主張しているようだ。
そこを上手くフォローしてやったのが猫目の女性だった。「おいで」と声をかけて隣の席を開ける。少女はホッとした表情を見せた。何度も会釈し、11に辿り着く。
「失礼します」
「……し、失礼します」
学ランを着た少年と衣服の黒い女性が姿を現した。彼の丁寧さに釣られたのか、彼女も軽く頭を下げる。
2人は知り合いではない。学ランの少年がガタイの良い男子の隣を選んだ一方、黒い女性は3時の席へ座ったことがそれを裏付けている。
続けてやってきた2人は、オレから見ても相性が悪そうだった。
扉を通り抜ける際に双方の肩がぶつかる。
「申し訳ございません」
白い着物の女性が謝罪したのに対して、日焼けしている女子は彼女を鋭く睨みつけるだけだった。見間違いでなければ女子から当たったはずだけど。
日焼け女子は急に表情を緩く和ませて、小柄な少女の傍へ近寄る。
「急にごめんね。ここに座っても良いかな?」
「ひゃっ……えっ、と……は、はい」
「本当? 優しいんだね。ありがとう!」
少女から肯定の返事を受け取ると、彼女は明るい笑顔を見せて隣席に座った。
「失礼。こちらよろしいでしょうか」
「貴女みたいな美しい人が来てくださるなんて、むしろ役得ですよ」
「息するように口説くな! お前確かさっきもやってただろうが!」
「美しさと愛らしさを兼している女性がこんなに多い状況は珍しいだろう? 1人でも良いからお近づきになりたいと思わないのか? 下心なしでフェミってるのか貴様は?」
「フェミってってなんだよフェミってって」
白い女性が中性的な女子にナンパされる。先に話しかけたのは彼女だけども。そしてそんな様子を見て金髪男子が再度ツッコミした。先ほども似たようなことをやったらしい。
やいのやいのと騒ぐ低俗な連中をガン無視して、白い女性は着席する。彼女から見て左隣にいる黒い女性へ「どうも」と挨拶していた。
「なんやなんや、騒々しいやっちゃな」
割り込むように声を出したのは、新たに登場してきた眼鏡の男性だ。背後には長い銀髪の男性を連れている。
「おっ、席空いとる! ここええ? よっしゃありがとさん」
「日本人?」
「残念ながら多分関西人」
「んにゃ東京人」
「嘘すぎるでしょ」
彼は素早く黒い女性と華奢な男子の間へ滑り込んだ。
その遠慮のなさに女性は国籍を疑い、男子は出身地に当たりをつけ、本人から正答を与えられる。最後の台詞はヘッドフォン少年かな?
椅子を引きずる音がした。見てみれば、学ラン少年と日焼け女子の間に金髪男子が座るところだ。
扉の近くに視線を移す。銀髪の男性と目が合い、気まずそうな笑顔を受けた。彼が金髪男子と代わったらしい。
……日焼け女子が金髪男子と一緒に「ヤンキー?」「知らねえ」とやりとりしているのを横目に、あたしも笑った。
12人と2人で14人。うん、挑戦者は全員揃っている。
「参加者及び観戦者の皆様、長らくお待たせ致しました」
両腕を広げた。
「これより【人狼と赤ずきん】のルール説明に移らせていただきます」
左足を後ろへ引く。
「ご静聴のほど、よろしくお願いします」
左手を腹部の前に持ってきた。
両膝を軽く曲げ、そのままお辞儀する。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
筆者の緋衣蒼です。
描写の途中で席を時計に例えたので、それに従って順番をまとめました。イメージの参考までにどうぞ。
12 猫目の女性
1 中性的な女子
2 白い女性
3 黒い女性
4 眼鏡の男性
5 華奢な男子
6 ヘッドフォンの少年
7 ガタイの良い男子
8 学ランの少年
9 金髪の男子
10 日焼け女子
11 小柄な少女
起立している人達
赤いパーカーの男性、銀髪の男性
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