紳士淑女

 堂々とルール説明に入ろうとした時。

 「あぅ」という、悲鳴になりきれない悲鳴が聞こえた。


「……??」


 てっきり小柄な少女かと思ってそちらを見る。けれどそれは冤罪で、どうして自分が疑われたのだと言わんばかりの表情を向けられた。


「す……すいま、せん」


 実際は黒い女性のものだったらしい。彼女は目を細めて、唇に指先を置いている。


「ひょっとして君、舌ピアス見るのダメなタイプ?」

「だって……痛そうって、思っちゃって……正直、そこのフェミニスト君も……」

「俺も舌はやってねえけどな。慣れたらまあ」

「旦那さん、今の聞きやしたかい?」

「聞きやした聞きやした、フェミニストって呼ばれて自分のことだと思ってやがってます」

「最近のコーコーセーは随分と自信がおありでござんすねえ」

「この中でピアス開けてるの俺だけだろうが! あと2人組と眼鏡は何語喋ってんだ!?」


 思わず尋ねると、目を瞑りながら黒い女性は返答した。更にそこへ巻き込まれた金髪の男子は井戸端会議江戸っ子(?)3人衆のお遊びに付き合わされている。可哀想。


「ルール説明のことだけど……説明つったってまあ、ごちゃる感じのめんどくさいやつは先にこっちに書いてるから。見てみてー」


 話の主導権をしょっちゅう奪われちゃう。もしかして今回のメンバーって相当クセが強いのかな、と思いつつホワイトボードを指差した。



『さるでもわかる! 法則解明系残存人数型マーダーゲーム共通機器・用語説明!』


「赤毛って攻略本とか書けない奴でしょ」

「なんでバレたの」

「ねー、あたしサルよりバカなんだけど。どうすりゃいいの?」



『タブレット

 挑戦者1人につき1機所持。指紋認証で挑戦者を判別する


 項目内容

 〖役職〗

 各日に割り振られた条件付随の権利

 〖投票〗

 詳細は後述

 〖能力〗

 各機に割り振られた特殊効果

 〖メモ〗

 これについては深読みしないでね。単なるお絵描きアプリみたいなものでつまんないから』


「〖メモ〗の説明がなんか可哀想」

「ん……でも逆に、上の3つは考えるだけの価値があるって言いたいのか?」

「僕は〖役職〗の書き方が気になります。上手く言えないけど、違和感があるような」



標的時間ロックオンタイム

 挑戦者の中から誰に〖投票〗をするのか決められる時間。午前11時から午後4時50分まで


 投票セレクト

 挑戦者の中から誰を処刑するのか決める多数決。投票は挑戦者に義務付けられており、違反すると立場もしくは権利が剥奪される

 最多票が処刑対象となる。時間は午後4時50分から午後5時まで


 清掃時間リセット

 1日に1度、各部屋の全てをあるべき状態に戻すタイミング。ただし個室は初期状態から数を変更することができないため、その都度〖マスター〗から連絡を行うものとする

 午後5時から遅くとも午後6時には終了する


 役職再配布シャッフル

 清掃時間の終了と同時に、挑戦者全員の役職が入れ換わる現象。それまでに獲得していた権利が使用されていない場合は利用不可となる』


「ちょっと待ってよ、これ何日もかかんの? オレまだ番組の収録とかあんだけど!」

「私も学校あるけど……これ、普通じゃないよね」

「……いよいよキナ臭くなってきよったな」



関係者ミッシングリンク

 ここでは、参加者のルール違反を確認した際に処罰を受けるバディのことを指す


 自室

 挑戦者1名につき1室の所持。

 ゲーム参加前に最も使用時間が長かった室内を再現。ただし、道具を保管する物を追加して凶器に成り得る物を撤去している』


「……処刑だの処罰だの凶器だの……なんなんだ、さっきから……この文章……」

「すみません。どなたか、先ほど彼が仰っていた『マーダー』を翻訳していただけませんか? 外国語には疎いもので」

「あ…………たし、か……」



『役職の種類

 【赤ずきん】

 【おばあさん】を把握可能。特別ミッションを達成した場合、指名挑戦者の役職を把握可能


 【おばあさん】

 【赤ずきん】を把握可能。特別ミッションを達成された場合、翌日の役職指定権を得る


 【人狼】

 【赤ずきん】の死亡が確認された場合、翌日の全員の役職を把握可能


 【狩人】

 【人狼】を処刑した場合、情報防衛か他者の情報閲覧が可能』


「………………死亡」

「ちょ……ちょっと、これ、悪趣味すぎませんか!?」

「……なるほど。アタリか」



 参加者が思い思いの感想を訴える中。ボクは書き切れなかった連絡事項を口頭で加える。


「めっちゃ申し訳ないんだけどね?

 ――今回は実行犯の不手際によって、本来の参加者とは異なる人員がいるんだ。誰とは言わないけど。

 その人のことは〖部外者〗とするね。部外者の扱いは、巻き込んだ挑戦者の所持道具ってことで考えておいて!


 巻き込んだ挑戦者に割り当てられていた所持道具はこちらで保管しているから、正常なシステムに戻った時に返却するよ」


 とりあえず僕が思いつく内容はこれで全部だ。質問を受け付けようとした、その時。


 「だったら」と、地面を這うかのごとく低い声が聞こえた。


「部外者がいるっていうなら、帰せよ」


 華奢な男子だ。


「……結局、あんたはなんなんだ? こんな話を見せて、何がしたい? 何をさせたい? こんなので何が分かるってんだよ!?」


 意外な人間が一番にキレた。言葉を吟味して、最初の質問に答える。


「アタシはこの【童話デスゲーム】シリーズ最新作【人狼と赤ずきん】の主催者!」


 それ以上答えると質問上限に抵触するから、無視することにした。全体にも声をかける。


「質問には1人につき1つまで答える。……回答は虚偽を用いないから、信じてね?」


 笑顔を見せてそう言うと、意外にもすぐ挙手があった。同調圧力国家国民の日本人らしくないな。


「申し訳ありません。あの……

 結局貴方は、殿方なのでしょうか? それとも女人でしょうか?」


 白い女性に尋ねられる。

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