There is a door that does not make noise.
「……①については? 続けられるものなら続けてみろ」
不機嫌そうなアルトを受けて、中学生は腕を上げた。
「チアキさん、さっきは何を言いかけていたんですか?」
突然かつ何回目かの名指しに、チアキリンも戸惑う。でもすぐに大人しめの声量で答えた。
「あの……音がしない方のドアを使えばいいじゃんって、言おうと思ったの」
は? 音がしない方って?
蝋梅剛志はコクリと頷いて、続けざま「この部屋ではどこにドアがあるか分かりますか?」と尋ねた。彼女もアッサリ応じて、ど真ん中へ歩いていく。
「ここでしょ? ほら」
割と高いジャンプをして位置を示していた。柊さんが般若みたいな顔を見せつつ、そこへ向かう。白の手袋を外して、直に床を触った。
途端。
「……っ!?」
サッと顔色を変えた。バッと手を退かせて、後ろへ下がる。
「柊? おい、どうした」
公英鼓の呼びかけにも応じず。
「なぜだ」と特段低い声を出した。
「チアキちゃん、なぜ黙っていた!? どうしてこんな……気づいていたなら言えば良かっただろう!! 理由はなんだ!? 後から犯罪に使うつもりだったのか!? 答えろ!!」
「えっ」
混乱を顔面に描き出して、チアキリンは柊さんを見ていた。
対して出し抜かれた探偵の方は、女子相手に今にも掴みかかりそうだ。
「心の!!」
備瀬君が制止の声を上げる。とりあえず俺が間に入ることにした。
「はいはい」
机の間を抜けて、柊さんとチアキリンの間に立って。
「2人ともストッ」
ガクッと視界がずれる。
「あ待て黄ゆ」
アルトは最後まで届かなかった。
下って確か〖PC室〗だよねいやその前に螺旋階段があったはずだってことはどのみち硬いかじゃあいいや高度どんくらいかな足りるかな
そんなことを考えていた。
――ガッ
褐色の腕が、俺の黒シャツの襟を掴むまで。
「目ン玉腐ってんのかア゛ァ゛!? アンタみたいなゴミカスの血で下を汚さないでよ!!」
とりあえず俺はその細腕1本で男1人を宙ぶらりんにできる理由が知りたいかな……。あとちょっと苦しいです……。
結局チアキリンは片方の腕力だけで俺を〖会議室〗に連れ戻した。ああ見えて、翁君に負けず劣らずのパワータイプなのかな。羨ましい。
「おい黄百合! 怪我は!?」
「乱暴されちゃったおかげで首がいたーい」
「す、すいません! 自分が指摘したばっかりに……!」
「は? 男なんだし耐えろよ夜職野郎」
「そのまま落ちてしまえば良かったのです」
蝋梅剛志の方がよっぽど優しい。ぴえん。
すごすごと戻って備瀬君からの「マイドン」をガンスルーしておく程度しかやることがなくなった。流石にちょっと気まずかったので。
「ええと……その……とにかく……。
これがあると気づいたのは、それこそ手引のあった棚を調べている時でした。足を踏み外しかけたんです。だけど、あんな場所でそんなことがあるはずがないと思って」
気遣いを見せてはくれたけど、反論の刃が錆びたり鈍ったりすることはなかった。
「丁寧に調べたら、軽く体重がかかるだけで開閉する部分があることが分かりました。それを先輩達に伝えようと思ったのほとんど同時に、黄百合さんが飛び込んできたんです」
急に少年は目を閉じた。眉間の近くをグリグリと押して、疲れを訴えているようだ。
「流石に自分では方法まで思いついていないんですけど、本当のトリックにはこれが使われているかもしれません。自分は大岩さんの自殺を考慮に入れるべきだと思います。
少なくとも……自分しか犯人の条件を満たしていないからと言って、それを犯人が自分であることの証明にするには、少し乱暴かと」
………………………………………………。
「なんで?」
まるで、これが結論ですーって感じの空気。いやいやナイナイ。
「……えっと? なんで、とは?」
蝋梅剛志の表情に、一瞬だけ焦りのようなものが映る。
待て。逃がすか。
「いやいや……随分と秩序的でご立派な論証だなー、って思っていたところにこれだもん。どうしたの? グロ画像でも思い出して、調子悪くなっちゃった?」
俺は首の後ろへ右手をやりつつ、刹那的な閃きをもう一度捕まえた。
「タブレットのことについてはどうしたの。さっきまではちゃんとそれぞれの議題について答えていたのに、急に論点ずらしたじゃん」
「……ですから! 地面に設置されているドアで、大岩さんが何かしたんじゃないかって」
――その
「事前に磁力を発する必要のある道具を、いつ、どうやって、どこに、手放せたの? 鉄から離れられない被害者が?」
「一方通行のドアを使って?」
風子信にも指摘されていたジレンマだ。
指紋認証をして、〖能力〗の欄を開いて、〖引きよせる〗からSかNのどちらかを選ぶ。その時点でタブレットは〖調理室〗より上に存在していなければならない。これが首吊りに必要な工程。
内側から〖休憩室〗と〖図書室〗に繋がる扉の鍵を閉める。これが密室に必要な工程。
この順番が密室→首吊りなのは、俺達があの短時間で閉め出されたことから確定。
彼女がチョーカーを取り外して、タブレットを起動させた状態で螺旋階段のどこかに落としておいたとする。
でも。後からチョーカーを自分に装着し直すのは無茶すぎる。だってそれは殺人級の力で引っ張られ続けているんだから。
タブレットの指紋認証を終えて、〖引きよせる〗の画面を開いて、それをどこかに置いて、遠隔操作でSかNに触れようとしたとする。
でも〖調理室〗からあの無音のドアを使うのはできない。
「落ちてみて分かったけどさ。あれじゃ上から下にしか開けられないよ」
このドアを発見しにくいようにした影響か、可動域が犠牲にされている。
留め金や取っ手がないから下から上へ開くことができない。
つまり、このドアがあったところで大岩雪下本人が何かをどうこうするのは無理って訳。
わざとらしく見えるよう、口角を上げる。
「皆が見つけられなかったドアがあるからと言って、それでありもしなかった大岩さんの自殺を捏造するには、少し乱暴なんじゃないの?」
全く同じ返しをされたことに気づいてくれたようだ。
蝋梅剛志はただでさえ青い顔を白くさせた。
◇◇◇◇◇◆◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
音がしないドアがある。
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