He excels at controversy.

「自分が犯人として疑われている理由は、今のところ4つですよね」


 蝋梅剛志は口を開いて、ゆっくりと言論を紡いでいく。そこに焦りや緊張はほぼ見られなかった。


「①当時タブレットを持っていた。

 ②大岩さんと〖倉庫〗へ行っていた。

 ③当時〖図書室〗にいた。

 ④大岩さんの死因を知っていた」


 重い口調。その雰囲気に、横槍を入れられる人間はまだいない。


「……③は、事実としか言いようがないですけど……それ以外については反論できます」


 柊さんの眼光が鋭くなったのを横目にして、抵抗者は情報を連ね始めた。


「すみません。順番は逆になります。

 まずは④。自分がどうして大岩の死因を知ることができたのか。

 これは〖図書室〗で捜索していた時のことです。殺人空間ならではの本を見つけました」


 そこで急に言葉が止まる。蝋梅剛志は手元に残っていた紙へ素早く何かを記載すると、全体へ見せてきた。

 ――本の絵だ。大きな文字が上側に書かれている。まるでそう、絵本みたい。



 なんて字じゃなければ。



「〖調理室〗に繋がる扉から1つ隣にある棚、そこの下から2番目、右から数えて5冊目の本でした。今から確認してもらっても結構です」


 ……これは確実に嘘じゃない。即興じゃ、ここまで細かい位置を言えるはずがない。

 何より。探せば見つけ出せる代物で嘘をつくのは、リスキーが過ぎる。それが理解できないほど今回の実行犯は馬鹿じゃない。


「大岩さんが死んでから、自分に何かできることがないかと思って……見てみたんです。想像以上にグロテスクな写真が載っていたので、読むのは止めておいた方が……」


 桂樹葉月が「うぁ……」って勝手に被弾してた。イメージしなきゃいいのに。

 とばっちりの被害者なんか意に介さず、記憶力の権化は続けた。


「その時に他の様々な死因も記憶してしまったので、自分は検死等に詳しくなった部類だと捉えました。だから先程の羽衣さんの質問には答えなかったんです」


 まんまと利用された羽衣治は目を見開いた。しかも、すぐに追加の情報を投下してしまう。


「……あの時? チアキさんにタブレットを渡す前に……『確認したい物がある』って、それだったの!?」


 チアキリン曰く、〖音楽室〗を経由するルートから〖会議室〗で渡される予定だったんだっけ。それなら〖調理室〗から〖図書室〗に向かうのも自然な経路になる。

 俺達が知らない情報をボロボロ溢させつつ、蝋梅剛志は白々しさを崩さないで話を戻す。


「内容が割とキツかったので、それを引きずってしまって体調が悪くなったんです。その時はまだ〖保健室〗に信や備瀬さんがいると思っていたから、自室に引っ込むことにしました」


 朝に下で俺達と合流した理由も納得できる。


「大岩さんの死体の特徴は覚えていたので、手引の内容と照らし合わせてみたんです。そこで、大岩さんは首を絞められて殺害されたのではないかという判断に至りました」


 記憶力をフルに活かした弁論になっていた。今のところは何も言い返せないんだから、完成度が相当高いよ。


「その判断をそのまま信に伝えてしまったんです。だから信の立場上、知っていてはおかしい情報を与えてしまったことも事実です。そこは混乱を招いてごめんなさい」


 謝罪にも躊躇がない。下手なプライドを持っている奴よりもよっぽど有能感がある。



「要約すれば、自分は〖図書室〗で死因特徴別手引を読んだことにより死体に関する情報を得ていたんです。

 だから、死因を知っていたこと自体は変なことじゃない! ……はず! ……です!」



 …………完璧。それ以外、見つからない。


 あのヘタレっぽい蝋梅剛志が、ディベートにここまで強いだなんて。予想していなかった。

 優勢が壊されるより先に、議論の支配者は反論を再開する。


「次に②です。一緒に行動したのは事実ですけど、皆さんが考えているようなことは起こっていないと思います」


 今度は胸ポケットに手を伸ばして、何かを取り出した。

 ……駄目だ、エグい量の文字が書いてあるって以外は分からない。


「これは〖倉庫〗にある物品の一覧表です。1つずつの数は多くないですけど、種類が豊富だったので……必然的にこの量になりました」


 少し間を置いた。そして、万年筆やルーズリーフを持ち上げて続ける。


「自分と大岩さんが戻ってくるまでに時間がかかったのはこれです。後から確認が入るとは言えど、あそこまで道具が密集しているのであれば二重確認をしておいた方がいいと思って。

 最初に調べた人が何かを持ち出していても、それが自分達には分からない。そんな状況を防ぐために今まで伏せていました。独断行動が多くなってしまって、本当にごめんなさい」


 犯行には他の道具が使用されていない。それはつまり、今回は誰も何も持ち出す必要性がなかったということ。だから書かれた道具の種類と数の信憑性は高い。


 犯人に成り得る唯一を追及しきれない。

 本当になんとなくだけど、大岩雪下が実行犯に彼を選んだ理由が読めた気がする。


 だってこんなの、厄介すぎて話にならない。


◇◇◇◇◇◆◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 彼は論争を得意としている。

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