There are two culprits.

「ちょいストップ。今の話、記録するから」


 そう言って、石蕗艶葉がルーズリーフの束を構える。けれど11時の位置にいた蝋梅剛志が何も告げずにそれらを取っていった。

 サラサラと万年筆が紙をなぞる音がする。リーダーは(多分)ありがとう、と秘書に返してから「続けて」と俺達へ促した。


「そちらの方が仰ったことについて」


 剣呑な色のメッゾソプラノが耳を刺す。

 白純百。彼女はまだ狂言を続けるらしい。


「どのようにしたのかは存じませんが、その2人が共犯になれば何らかの行動が取れたのでは? あるいは……」


 高貴な血に逆らった蛮族を指差して、純白はとんでもないことを言い出した。


「あなたが偽証をしている、つまり入室できないという状況が事実と異なっていた場合です。黄百合が犯人ではない可能性が消えます」


 数秒。空間を制したのは沈黙。


「……あんた……日本語、通じてる……?」


 破ったのは、疑われた羽衣治。


 あれほどの優等生にしては珍しい様子だ。目上の人間に対して本気で困惑し、軽蔑し、頭を疑っていた。


「そのルートは絶対にない」


 今度はメゾとソプラノの中間が反撃の構えを見せる。

 桂樹葉月も白純百の言動に混乱しているようだった。前髪を触って、日本語を組み立てる。


「考えてもみてよ。その……黄百合なんかと組んで殺人をして、それで共犯者が何か得することってある? 黄百合と組んだっていう事実そのものが嫌だろうに、今回の殺人はそれを許容してでもやらなければいけないことかな?」


 そこそこ失礼だな。でも、本心からの評価じゃなさそうなのは心苦しそうな顔で分かる。白純百のレベルに合わせてあげているんだろう。

 現に、そんなハチャメチャな理屈で「それもそうですね」って納得させたもん。あ、桂樹葉月がめっちゃ頭下げてる。別にいいし。ふん。


「しかし、共犯者の線はあながち外れって訳でもないかもしれないな?」


 アルトが茶化すようにそう告げた。

 柊さんは笑って俺とチアキリンを指す。


「2人で口裏を合わせてしまえば状況を完璧に整えることも不可能じゃあないだろう。尤も、組み合わせを選ばざるを得ないのは確かだが」


 とりま俺達が組んだみたいな雰囲気出すの止めていただけます? やりにくくなるので。

 それはそれとして、公英鼓が「んなことして何ができんだよ?」と尋ねる。楽しげにククッと喉を鳴らし探偵はヒントを落とした。


「例えば、羽衣君の証言で出てきた密室。あれを作る担当と殺人自体を担う者とで分かれることができたりするんじゃないか?」


 皆からしてみると、あの密室という状況をひっくり返さないことには何も見えない。だから柊さんの言う状況の作成者を突き止めなきゃいけない。それが犯人である可能性が高いから。


 じゃあ。

 それらの手順が二手に分かれていならば? って訳だ。


「……でも、いや、それなら、なおさら動機の問題が出てくるでしょ。こんなことでメリットを得られる奴がいたとしたら、1人しかいないんじゃないの?」


 風子信が言いたいのは、間違いなく〖役職〗に関係していること。


「外でチビと会ったことがある奴が恨みを持ってて……ってこともあるかもだけどさ。

 【人狼】が【赤ずきん】を狙ったっていう方が自然な理由じゃん? この2つで完結する世界フィールドに、共犯が生まれる余地ってあるの?」


 犯行が割れれば〖投票セレクト〗で選ばれる可能性が高くなるから【人狼】くらいしか殺るメリットがない。

 そこなんだよ。俺はハウダニットとフーダニットが分かっても未だにそれだけが解けない。

 共犯者が罪に応じたホワイダニットだけが。


「それは犯人を尋問なり拷問なりして問いただせばいいだろう」


 柊さんはしれっと怖い台詞を交えて一蹴した。どうにも、犯人さえ分かればそれでいいらしい。


「……話題、変わるんすけど」


 それは、チアキリンと同じでずっと黙っていたバリトン。

 翁君が羽衣治と風子信の隣で険しい顔を見せている。


 彼は頭を両手で押さえつけて喋り出す。


「結局? その、理由は後で犯人から聞くってことなんだろ? だったら気になっていることがあるんだけど」


 ……心なしか俺を睨んでいるような。


「飯を作るとこに入れなかったのってどういうこと? 密室? っていうけど、別に開けられない訳じゃなかったじゃん。……治、のこと疑うとかじゃないけど、なんでなのかなって」


 あー、そういうことか。

 それについて細かい説明をしたのは羽衣治だけだっけ。チラリと彼を見てみるも、すごく不自然な動きで首ごと逸らされた。痛くないの?


 仕方ないのでもう一度話しておく。


「要は、内側から鍵がかかってたから入れなかったんだよ」


 最後に軽くまとめた。聞かせたい本人が目を回していたので。


「……うす!」

「分かってないよねそれ」


 元気なお返事ですこと。ともかく、俺はちゃんと聞かせたからね?


「ちょっといいか?」


 今度は低いバス。ああ、結局あの人には答えを教えていないんだった。

 天岸さんは不思議そうな顔で続ける。


「それだと、一体誰が鍵を閉めたんだ? 中には雪下しかいなかったんだろう?」


 俺や柊さん、羽衣治を除くほぼ全員が同様の疑問を持ったらしい。キョロキョロと互いを見つめ合っている。


 答えなら、出ているっていうのに。


「その人でしょ」


 俺の言ったことをすぐに理解できていたのは2人。既に事件を紐解いていた、彼らだけ。



「彼女以外に、あの密室を完成させることは不可能だと言っているんだ」

「今回の被害者……以外にはな!」



 柊さんは答えを投げつけた。


◇◇◇◇◇◆◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 犯人は2人いる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る