She seems hysterical.
「陽太、先に自室へ戻っておいてくれる? 天岸はそれに付き添ってから上に来てもらえると助かるんだけど」
石蕗艶葉が気まずそうに告げてくる。
理由はおそらく2つ。その内1つは混乱の回避だろう。人殺しかもしれない奴と一緒にいても平気な人は多くない。俺を疑っているらしい翁君がそれを既に証明していた。
「翁、ちょっとこっち来てくれる? チアキちゃんはそこで待ってて」
もう1つは、チアキリンと俺の話が噛み合うか確かめるため。俺達が別になったタイミングで質問をするような手間をかけた目的は察していた。警察の手法で聞いたことがある。
多分、石蕗艶葉が直接尋ねても彼女は答えない。だからチアキリンからの警戒がないらしい翁君に質問事項を託しているのかもしれない。
「えっと、じゃあ、降りよう。悪いな」
「はいはい。――チアキさん、バイバイ」
褐色少女はガン無視した。
螺旋階段を下っていく間、天岸さんが話題に困っているらしい表情を何回も作る。表情っていうか、フード越しでも分かる雰囲気みたいな感じだけど。
「天岸さん、気になることでもあるの?」
とりあえず助け舟を出しておいた。彼はパッと顔を上げて、すぐにまた俯く。少ししてから迷いの残る声で言った。
「雪下があの状態になる直前……もしかしたら、かなり大きい音が鳴ったかもしれない」
いきなり何言ってんだこの人も。
本人が「やっぱり忘れてくれ」と呟いて蛸壺モードへ移行するのを横目に、俺は考える。
やがて1つの発言を思い出した。
「『人の不幸があったところでは耳鳴りがする』って言ってたね。それ?」
「……うん」
この人本当にヤクザなんだよね? そう思ったけど口にしないでおく。沈みたくないので。
なんかこう、捨てられた子犬を連想させてくる感じの弱々しさが彼にはあった。何も言えなくなることが多かったし、気が弱いみたい。
「耳鳴りねえ」
耳鳴りだけであの情報が出てくるか? 第一、そんな音が響いていたなら、どうして〖図書室〗の3人も〖休憩室〗の俺達2人も気づかなかった?
せっかくの証言だけど、証拠とするには説得力が弱い。意識の片隅に留めておこう。
……いや。そもそも、もういいのに。
どうせ明日には俺とチアキリンのどちらかが〖
この長考は悪い癖だと自省した。
〖PC室〗を素通りして〖運動室〗に到着する。そのまま下って〖休憩室〗へ足を踏み入れた。
そこで、1つの賭けに出てみる。
「天岸さん。煙草、持っていきたいんだけど」
俺が手に入れたのは上等なライター1つだけ。肝心の中身が無いものだから、このままじゃ宝の持ち腐れになってしまう。
首をやや左に傾けた。ゆっくりと、喉仏から胸元までを右の人差し指で通っていく。
ネクタイを緩めて、黒シャツのボタンを1つ外した。そのまま普段の声色を使っておねだりする。
「選び終わるまで、外で待っててくれない? ね、お願い」
中々な
天岸さんが後退して襖にぶつかった、まさにそのタイミング。
「わっ」
「いたっ」
スパンッと仕切りが開かれる。天岸さんのフードは巻き込まれかけ、背中には来訪者がぶつかった。可哀想。
「ごめんなさい、大丈夫ですか?」
テノールが侵入する。羽衣治は柔い笑顔を浮かべて「どうも」と挨拶してきた。
「天岸さんでしたよね。ぶつかってしまってすみません」
「いや。君は平気か? 怪我は?」
「特には。お気遣いありがとうございます」
すごいな特待生。応答が完全にテンプレートっぽい。
彼は困ったような顔を見せて、軽く手招きしてくる。俺も襟元を正しながら近寄った。
「女性のパニックとかヒステリーとかを止める方法、お二人は何か知りません?」
高校生からヒソヒソと相談を受ける。ああ、そういうこと。
「ちょうどいいや。天岸さんが行ってきなよ」
「えっ、俺だと余計に混乱させないか?」
「大丈夫だと思います。ヒスってるのは桂樹さんなので」
……桂樹葉月か。
彼女は天岸さんが反社会勢力だと気づかなかった内の1人。知った後も大した反応はしていなかったし、白純百とは対照的に偏見があまりないんだろう。
「でも、俺は陽太を送らなきゃ」
「銀たこさんなら僕が見ておきますから。僕、女の人が苦手なんですよ。お願いします」
「君もあだ名派なのね」
さすがに天岸さんを巨人呼ばわりする勇気はないみたいだけど。
極道らしくない極道は何度も困った様子を見せつつ、〖休憩室〗の奥側へ進んでいく。
「あの、葉月はどこで?」
「〖図書室〗で騒いでいます」
「分かった。……努力はしてみるけど、落ち着かせてやれる自信はないからな」
必死の保身を聞き届け、羽衣治は笑顔で襖を閉めた。
◇◇◇◇◇◆◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
彼女はヒステリックなようだ。
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