He noticed something.

「それで? 何が聞きたいのかな、優等生君」


 羽衣治は「バレたか」と悪戯っ子みたいな笑みを見せた。


「黄百合さんが相手なので単刀直入に言わせていただきますね。

 大岩雪下ちゃんが亡くなった時、あなた方はどこで何をしていらっしゃったんです? 全員がバラバラになったタイミングが生じていたでしょう。ペア行動のはずなのに」


 刑事ドラマの影響を色濃く受けたのか、あるいは身内に警察がいるのか。頭脳派はアリバイの方向性から攻めることにしたらしい。


「石蕗さんにも概ね話したんだけどな」

「この手合いのしつこさについては諦めてもらう他ないですよ。ご自身の立場は自覚しているんでしょう? チアキさんと違って」


 ピリッと痺れる感覚の空気が走る。


 彼は相手の口調や仕草に呼応するのを得手としているようだった。要は、コミュニケーションの合わせ鏡みたいなことをしている。

 理解できたけど腹立つな。俺が彼に似たようなことを言ったりやったりしてるってことなんだけどさ。


 俺自身の感情はさておいて、石蕗艶葉に対して行った証言を大雑把に繰り返した。


「大体は僕の認識と合っていますね。でも、ちょっと情報が足りない」


 ブレーンは頬を掻きながら気難しい表情をしてみせる。


「僕が聞きたいのは異常が発覚してからのことですよ。僕が目撃したのは、チアキさんが1人で立ち尽くしている部分だけですので」


 ……翁君は俺を疑っていて、羽衣治はチアキリンを疑っている。面白い状態だな。


「俺が先にドアを開けようとしたんだけど、鍵がかかっててね。立ち往生していたらチアキさんが横からノックして確認を取ったんだ。


 ヤバいことになってるかもって気づいてから俺がパニック症状を起こしちゃって。あれさ、周りの人がその様子を見ていたら釣られて発作を起こすことがあるじゃない? チアキさんがそれになっちゃったっぽいんだよね。


 対処に慣れていた俺の方が先に落ち着いたから、とにかく別のルートから開けようと思って君らのいる〖図書室〗に向かった。


 それで……うん、こんなもんかな。後は翁君から聞いた方が早いだろうし。

 榕樹の高等特待生君、これでご満足?」


 彼は沈黙していた。目を細め、ペンだこの1つも見当たらない右手で前髪を逆立たせる。


 やがて対の瞳が大きくなった。


「え?」


 助手によって真実を捉えた探偵か、探偵から推理を聞いた助手か。ともかく、彼の僅かに漏れた声からはそんな雰囲気を感じ取れる。


 俺は再び訪れた静寂を放置することにした。それよりも嗜好品が欲しい。明日死ぬ可能性が高いんだから、いっそのこと超高級品でも吸ってやりたい気分だ。

 引き出しをいくつか確認して、それが不可能らしいことを思い知る。バリエーションと数が少ない。この量じゃ、もって1日だ。


「……煙草、吸われるんですね」


 羽衣治は少しふらつきつつも浅い笑顔を見せた。「そうだよー」と適当に返してキャスターホワイトを掴む。


 ふわ、と錆色が隣に並んだ。


「1本貰っても?」


 優等生はそう言って指を伸ばしてくる。

 俺は箱を開いて中身を差し出した。


「……止めないんですか」


 彼が驚いたような反応をする。え、そっちが言ったのに。


「ここで法律が作用してると思う?」


 普段は法律の範囲内でなら暴走族してもいいという考えだけど、ここはそもそも法律の範囲外。無法地帯では好き勝手に活動しても問題はないと思っている。


 緑の袖が愛用品をスッと持っていった。触ったこともなかったんだろう、彼はまじまじとそれを眺める。

 しばらくして、羽衣治は諦念の見える笑顔で返却してきた。


「一応、仮にも、高校生とはいえ、医学生なので。言い出しておいてあれですが遠慮させてもらいます」

「そう」


 トリックに使える要素が分からなくて残念だったね。そこは思考するに留めておく。どこかのチョコ肌の誰かさんに殴られたくないので。


 彼は喫煙スペースの端へ移動した。受動喫煙を避けるためだろうか。俺も逆側へ顔を背けてライターを取り出す。


「ヒントは」


 唐突な呼びかけにビックリして手が狂った。落としかけた火元を慌ててキャッチする。恨めしさが沸き上がるのを我慢して、そっちを視界に映す。

 追求者は呼吸器官を手で覆いながら続けた。


「タブレットの〖能力〗と、皆さんの行動の細かい時系列です」


 自信と不信。矛盾していそうな取り合わせだけど、彼の証言からはそれらを同時に感じる。

 もしかしたら。彼の推理と予想していた犯人像が異なっていたのかもしれない。つまり、チアキリンが犯人ではないと結論づけたのか。


 もっと言うのなら、彼女以外の犯人を見つけたんじゃないか。


「……わざわざどうも。明日の〖投票セレクト〗で選ばれる確率が高い俺にすら温情を与えてくれるとは、心優しいことで」


 単なる質問をするつもりが、かなりひねくれた表現になる。これは幼少期から育まれた性格としか言いようがない。気にするのは止めにして相手の出方を伺った。


 不良にすらなれない子供は苦々しく微笑む。


「黄百合さん、僕がそんな善人じゃないことくらい分かっているでしょう」


 1拍程度の間を置いて、テノールが囁いた。


「僕のは無かった。そうですよね?」


 ……完璧でいたいのか? ま、どんな理由であれ、否定するつもりもない。とりあえずは肩を竦めて笑い返しておく。


 ようやく吸えた煙草はバニラの香りがした。


◇◇◇◇◇◆◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 彼は何かに気づいた。

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