She is mentally strong.

「治……陽太……入っていいかー……」

「うっわ声ちっさ」


 襖の向こう側から小さすぎるバスが届く。思わず本音が漏れた。

 ゆっくり開かれた仕切りの向こう、天岸さんは何かが腑に落ちていないらしい表情で立っている。


「えっと、葉月なんだが」


 その疑惑じみた視線は羽衣治に向いた。


「最初は俺を見て驚い……というより、頬っぺた押さえられながら『痛い』って叫ばれたんだが……まあ、そんな感じだった。でもそれが終わったら落ち着いたよ。百が一緒にいたっていうのもあるみたいだが」


 特待生は薄っぺらい笑顔で「そうですか、良かったです」と心にもなさそうなことを言う。


「それでは、僕はこのくらいで。ありがとうございました」


 会釈して、彼は重いドアの向こうを上がっていった。緑色のブレザーが見えなくなってから赤色のフードに向き直る。


「天岸さん、いる? 煙草」

「いやいらない」


 押し売りはやめておいた。天岸さんが蛸壺化したので。


 野郎2人でエレベーターに乗り込む。俺は『共』の1つ下にある『専』と書かれたボタンを押した。

 運送機械が動き出してから、相棒は温泉マークをじっと見つめている。目のやり場に困っているのかな。


「石蕗さんのリーダーシップ、凄いね。こんな状況でも司令塔として機能しているんだから」


 適当な話題を提供したら案外ノってくれる人だと分かってきた。現に、俺へ目をやりながら「そうだな」と返答してくれる。


「彼女が個室から出てきた時はそういった人だと思ってなかったけど、ありがたいよ」

「そうなの? 俺が出た時には既に纏まってたから、てっきり初手からそんな雰囲気かと」


 思わず尋ねたら、彼は記憶を辿るように顔をしかめながら教えてくれた。


「石蕗が個室から出てきて、しばらくは黙っていたんだが……えっと……そうだ、治と翁が続けて出てきた頃だ。そのくらいに『扉の前から動かないで』って言ってくれたんだ。

 同じ部屋から2人が出てくるとは思っていなかったんだろうな。俺だって驚いた。だから人数を把握するための手を打ったんだと思うぞ」


 初耳の情報に「ふーん」と無関心な返事をしてしまったけど、実際は真逆だ。 



 さっきの羽衣治のヒント通りに考えるのであれば、まずタブレットの〖能力〗については俺自身が推理する他ない。誰だってこんな場面で自分の武器と弱点を晒したくないだろうから。仮に情報収集を行ったとして、収穫が見込めるのは各個人の細かい時系列。でもってその大半は割れている。基本は団体行動を徹底していたし、その振り分けもおおよそ自主選択だった。俺が知らなくてそれぞれだけが知っている行動と言えば自室から出てきた順番ぐらい。なら、羽衣治はそこにトリックの種を見出だした可能性が高い。後で皆に順番を尋ねるか? いや、曖昧な記憶のせいで前後の人間を混乱させられるかもしれない。半端な情報は邪魔になる。待てよ、それなら誰よりも正確な情報を覚えていそうな彼に――



 チーン、という間抜けな音が思考をシャットアウトさせる。いつの間にか下の階についていたらしい。


「陽太、着いたぞ」


 天岸さんの声で意識がゆるゆると現実に戻ってくる。あー、またやっちゃった。

 無意味に使った神経は早く休ませるに限る。頭を左右に振って彼と一緒にエレベーターを降りた。


「ありがと。じゃー、後は頑張ってね」


 手を上げて個室に向かおうと歩を進める。


「あっ、待っ……!」


 それを呼び止められた。何か用事残ってたっけ。むしろ天岸さんがこれから戻らなきゃいけないはずなんだけど。

 彼は両手でパーカーの裾を握って、言葉に詰まっている。待ってあげると、しばらくして俺を真っ直ぐ見つめてきた。



「情報収集、手伝うぞ。できることには限りがあるけど、とりあえず何でも言ってみてくれ」



 ……ちょっと、いや、かなり驚いている。まさか、そんな……


 そんな馬鹿おひとよし発言をするやつがいたとは、思っていなかったものだから。しかもそれが天岸さんだとは1番考えていなかったし。


「じ、自分でも怖がられる自覚はあるから、話を聞いて回るのは難しいと思うが」


 しどろもどろで必死に話す彼を眺めた。嘘は吐いていない。と、思う。


「犯人候補筆頭で、明日の〖投票〗で死ぬような、ハイリスク・ローリターン極まりない俺のバックに、彼岸組のアンタがついてくれるってこと? 慈悲深すぎて泣いちゃいそうだね」


 口角を上げて返す。すると、このゲーム内で唯一の極道は目を見開いた。


「……〖投票〗でって、どういうことだ。今から疑惑を晴らして、それで皆からの誤解を解くんじゃないのか」


 あまりの綺麗な理想論に口笛を吹く。この人、意外と善寄りの思考をするんだね。他人事なんだから放っとけばいいのに。


「そこまで頑張って生き残ろうとする理由、俺には無いからさ。こんな状態から戦況をひっくり返す方法も分からないし」


 そこでふと、気づく。天岸さんは俺を疑っていないのか?

 それを尋ねることは叶わなかった。



「――ふざけるな」



 静かで、低い、声を、当てられる。


◇◇◇◇◇◆◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 彼女はメンタルが強い。

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