He had three brothers and sisters.
「……え」
予想だにしていなかった反応に戸惑う。
重怠い間を置いてから、天岸さんは言った。
「分かったよ。陽太としてはそう考えているっていうことは。
皆が〖投票〗で選ぶのは自分だって高を括っているのは、分かったよ」
彼らしくもない遠回しな物言いだったけど、それでもある程度の真意は見抜ける。
先の見えた展開を、天岸さんは思った通りに広げてきた。
「疑問だ。どうして、特に暴力的な面を見せていない方が危険視されると思うのか」
「悪意を撒いて危険を蒔くような人間を差し置いて、選ばれると思えるのか」
「本当は君だって分かっているはずだ」
「……俺は明日死ぬ人がいるのだとすれば、それは陽太じゃないと思っている」
「反論能力が欠如していて、協調性が欠如していて、暴力性を持て余している方が選ばれると思う」
「それでも陽太は事実を捨てて行くのか」
立て続けに安い言葉を連ねて、善意の悪人はトドメの真実を突きつける。
「チアキを助けられるのは陽太だけかも知れないのに、置いて行くつもりなのか」
もう1人の容疑者、チアキリン。
彼女は自分で自分を助けない。
「……俺と彼女、関係ないじゃん。どうしてわざわざ助けなきゃいけないわけ? そもそもチアキさんだったら俺の手伝いなんか嫌がりそうだけど?」
あのクレイジーガールが救いを乞う様子はイメージできなかった。かといって自力救済もしなさそう。
要は疑われた時点で勝手に詰んでいそうだと思えた。そんな相手に助力しようとしたって受け取ろうとしないでしょ。嫌いな相手なら、なおのこと。
それでも天岸さんは低音を引き下げようとしない。
「陽太は見捨て切れない。絶対にだ。だって」
そこで区切って、彼は俺の核心を突いた。
「陽太自身はそこまで嫌っていないんだろう、チアキのこと」
なぜそう思うのか。尋ねようとしたら先回りされる。
「わざとだよな。チアキが煙草を吸おうとしているのを誤魔化したのは」
さすがにバレていたらしい。彼女の嘘が下手だったのか、彼の思考力が高かったのか。
「俺はあまり頭が良くないけど、それでも陽太の言うチアキの行動は不自然に思えたよ。
単に君を警戒するだけなら、チアキからすれば雪下と一緒に動いていた方が確実に守りやすいはずだ。それなら陽太以外に誰かが来たとしても対応できるし。
それでもチアキは雪下と別行動をとった。彼女が喫煙スペースに残った理由は、チアキ自身もそこに用事があったからじゃないのかって思ったんだ。
……あ、あと2人の最初の探索希望が〖休憩所〗だったのも根拠にあるぞ」
口元を緩めて笑っているように見せかけた。指摘されたことには触れず、相手を攻め落とすために。
「さっきも触れたように、俺達をサポートしたところで天岸さんに何のメリットがあるの? ただでさえそういう人って認識されているんだから、共犯を疑われて票を集めてバッドエンドが関の山だよ」
彼は傷口を塩で塗られた時の表情を浮かべる。何かを迷っているのか、視線が居場所を探して空気をうろついていた。
「……笑わないでくれよ」
勝手に覚悟を決めた極道の瞳、それは真っ直ぐ俺を突き刺す。
熱烈な愛色で上半身を包む男は語った。
「近いんだ。生きている場合の妹2人と弟に、皆の歳が。
だから放っておけなくて……せめて、理不尽な理由で死んでほしくなくて……それで」
天岸さんは俯く。憂いを帯びた眼差しが金属製の床に与えられていた。
本当に変わった人だ。そんな性質を持っているなら、あんな裏家業に就いていなければ、もっと真っ当に評価されるだろうに。
途中で使われた言葉には言及せずに「そう」と簡素に返した。
「で? じゃあ、俺自身のメリットは?」
赤いフードが持ち上がる。その向こうにあった双眸が俺を貫いた。
彼の主張は2つ。
チアキリンを助けられるのは俺だけで、俺は彼女を嫌っていないから見捨てられない。
天岸さん自身の過去によって、少なくとも理不尽な死は許容できない。
――弱かった。俺みたいなタイプに能動的捜査を期待するには、あまりにも。
「言っておくけど死なずに済むってのは利益だと感じていないからね。いくらアンタが説得しようが、俺は俺に利便性を見出だせないから」
間髪を入れずに先手を打っておく。
死にたがりじゃないけど努力して生き残りたいほどでもない。だから、その手合いのことを言われるのが本当は好きじゃない。
大人しい雰囲気に戻った彼は、しどろもどろでゴニョゴニョと何かを呟き始めた。
「陽太がたまに黙るのは、多分、事件について考えているから……えっと……メリット……死なずに済む……助ける……えっと……」
「やっぱノープランだったんだ」
やがて首を左右に振ると、天岸さんにしてはやけにハッキリとした語調で回答する。
「多分後で話し合いになるから、その時に思考のアウトプットができる! かも!!」
何のリアクションも起こさずにいたら、半泣きで「考えるから待ってくれ」って言われた。
その表情があんまりにも必死で、さっきの威圧感を忘れてしまうくらいにはおかしくて。
堪えきれなかった。
フッ、と、唇から空気が出ていく。左手で押さえても形が余計に崩れていくのが分かった。腹部の筋肉が強ばる。だから右腕を回した。
「ッハハ、ハハハッ!! そんな、そこまで考えないセリフ出てくんの!? 嘘でしょ……ちょっ、マジで……フフ、アッハハ!!」
爆笑した。もー、マジでツボった。
心外そうな顔で犯人が見つめてくる。それがまた面白いものだから過呼吸になりかけた。
思考のアウトプットか。強引さが半端じゃないけど、長考癖のある俺にとっては意外と悪くない。
あとはまあ、こんだけ笑わされたなら、ちょっとくらい言うことを聞いてやってもいいかなという気になった。
「あーもう、分かったよ」
首筋に左手を当てる。もう片方は彼に向かって差し出した。
「ここまで熱烈なラブコールを寄越したんだから、死んでも俺に貢ぎなよ?」
天岸さんは驚いたみたいに目を大きくさせて、それから眉を緩く下げて安堵を示す。
血色の良い右手が重なった。
◇◇◇◇◇◆◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
彼には3人の兄妹がいる。
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