He gave her the tablet.

「いやあ、俺の記憶ではバスケ選手だったんだけどな。見事なお手前ってやつだねー」

「……中等部の授業で柔道やったことあるだけっすよ」


 それにしたって鮮やかすぎて手も足も出なかったよ。


 隔離場所として選ばれたのは〖会議室〗。先導の石蕗艶葉、翁君と天岸さん、俺とチアキリンの計5名で移動する。

 チアキリンに拘束が必要なのかどうかは疑わしかった。色を失った表情で、茫然自失を体現している彼女に。


「っふ、ぐぬぬ」


 リーダーの儚い腕力でドアが開かれる。12の椅子と机に出迎えられた容疑者達は、証言台まで引き渡された。


「連れてきてもらっといてアレなんだけど」


 気まずそうな雰囲気で石蕗艶葉はチアキリンを指差す。


「〖被服室〗でメイク直しでもしてきなよ。ちらっとしか見てないけど、道具ならあったはずだから。

 翁はチアキちゃんに着いていってもらってもいいかな?」


 酷い有り様になっている顔を、チアキリンはようやく自覚したようだった。軽く眉を潜めて不快さを伝えている。


「オレ、メイクとか分かんないっすよ」

「天岸がなおのこと分からないから、お願い」

「え?」

「あー……行ってきます」

「え?」


 極道のはずなんだけどな、天岸さん。平気で彼をイジりに行く石蕗艶葉のメンタルが理解不能だった。


 轟音が2度鳴って、成人済の3人が残される。「さて」と裁判官は改めて尋ねてきた。


「ボクが君達を見たのは〖PC室〗で最後だから、そこから後のことを教えてもらえる?」


 〖製造室〗で別れた天岸さんが仲介しかける。けれど石蕗艶葉の視線を受けて、すぐにお口チャックしていた。


「そうだねー。


 石蕗さんと柊さんが〖PC室〗で探索を始めたぐらいかな。俺が〖運動室〗に繋がるドアを開けた。そこを治君と翁君、あと剛志君が通っていったね。それからチアキさん、大岩さん、俺の順で降りたよ。後の2人は直接見ていないけど、鼓君にドアを任せたのは覚えてる。


 その8人が〖運動室〗に降りてきてから〖図書室〗の3人が移動した。治君が先導して、翁君と剛志君が横並びになっていたと思う。続けて〖製造室〗の2人も同時に離れたはず。


 3人で〖休憩室〗に到着した後、俺は野暮用で残ることにしたんだ。ああ、あと、チアキさんは俺のことが信用ならないみたいでね。彼女も〖休憩室〗で待機することになった。大岩さんは〖調理室〗で待っておくって感じに話をまとめたよ。


 あの子を単独にしたのは、俺の油断とチアキさんの不要な警戒が招いたミスだ。でも離れていたのは僅かな時間。しかも俺達が入ろうとした時には鍵をかけられていたらしかった。


 俺の証言が事実であれば、密室&相互アリバイの壁が誕生するわけだけど……どう突破するおつもりで? 東京大学の法学部さん」


 優秀な学生は微かに険のある表情を見せる。


「君のその皮肉った感じの物言い、どうにかなんない? 地味に嫌だよ」

「そっちの受け取りようでしかなくない? 逆に石蕗さんは割とハッキリ言う人みたいだね。学歴のこともあって、付き合う人を選ばざるを得なさそうな感じがするな」

「友達が少なそう、か。ボクの読解力に感謝してよ? いや、この場合は恨むべき?」


 俺は笑顔を絶やさないよう意識しながら話していた。俺達の顔と会話の温度差が怖いのか、天岸さんが中央でオロオロしている。


 険悪になる一歩手前。

 地面と空気が重々しく振動した。


「あ、あとパワフルゴリラって紹介されたことある」

「マジ? テレビってやっぱサイテーじゃん」

「最低ってまでじゃないけど……オレ以外だったら死んでただろってことを平気でやらせてくんの! そこはけっこー嫌!」


 何の話か尋ねたくなったけど、黙っておく。空気は多少読めるので。

 チアキリンの見てくれは直っていた。ただ気になる点が一つ加わっている。


「チアキさん、タブレット持ってたっけ?」


 まだ少し赤いままの目を器用に擦って、彼女はぶっきらぼうに理由を述べた。


「ツヨシとオサムがさっきくれた。〖音楽室〗をケーユして〖会議室〗で渡すつもりだったんだって」


 蝋梅剛志と羽衣治。蝋梅剛志の場合は、彼の気が利く性格による行動だと理解できる。

 だけど、いや、だからこそ。羽衣治がそれに応じた動機が分からなかった。

 持たざる者に余りを分け与えるタイプか? だとしたら意外すぎる。むしろ何か企みがあっての善行であってくれた方が安心できた。


というより、なんじゃ?」


 低音の発言に、意表を突かれる。


 天岸さんは『しまった』というような表情を見せた。けれど一度言ってしまったことは回収できない。それは彼も分かっているから、大人しく話を続ける。


「全員が顔を合わせる前、チアキが雪下にタブレットを渡していたのを見たんだ。てっきり貸していたのかと思ったんだけど」


 指摘されてから思い出したのか、チアキリンは口を半開きにして驚愕に似た顔になった。でもすぐに眼光を鋭くさせる。


「カンケーないし。口出すなヤクザジジイ」

「ごめん……」


 天岸さんの声は小さかった。


◇◇◇◇◇◆◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 彼は彼女にタブレットを渡した。

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