She is an investigative pair.

「僕は〖美術室〗が第1希望ですけど、人数調整で優先的に動かしてもらって構いませんよ」


 心地よいテノールが真っ先にそう告げた。錆色の髪で遊びつつ、羽衣治は譲歩の姿勢を見せている。


「マジ? じゃ、必要に応じて動かさせてもらうね。ありがとう! ……他に〖美術室〗希望の子はいるー?」


 彼の相棒はどうだろう。後ろから見た限り、迷っているらしかった。

 できるだけ友達に合わせたい。でも他の部屋が気になる。そんな翁君の心情が手に取るように分かる。

 やがて、彼は人に重きを置くことにした。


「オレも、その……治……と、同じ感じでいいっす」

「ん、OK。ありがとね!」


 万年筆を止めた石蕗艶葉は手をピシッと伸ばして続ける。


「〖PC室〗!」


 影が動くと同時に、アルトが室内に渡る。


「自分が同行してもいいだろうか?」


 柊さんはイケメンフェイスで微笑んだ。


「――ただし、どこぞの最長身と同室になるのは御免でね。万が一にでも被る場合は自分も動かせてもらいたい」


 笑顔を崩すことはなく、それでも器用に天岸さんを睨み、彼女は付け加える。


「……俺は〖運動室〗に行きたいって思っているから……柊の要望は通ると思う。

 ……ごめん……」


 彼は不安げにパーカーの紐を握った。

 そのまま力を入れてしまったらしい。

 スーッと、顔面が蛸壺になっていく。


「いや何してんだお前!?」

「巨人がパーカーに喰われた!」

「俺よりも蛸じゃん」


 こうして悲しき生物が誕生した。一瞬流れたシリアスなピリピリ空気はどこへやら。


「そこの阪神は置いといて〖被服室〗」

「こいつの場合は野球じゃなくてバスケだっただろ!」


 さらっとあだ名の意味変えられてて草。

 それはそれで、ここでも石蕗艶葉は振られることになる。けど落ち込み慣れてきたのか、次へ切り換える速度が上がっていた。


「2階の〖製造室〗」


 ここでは、1人だけが挙手する。


「……てっきり、脱出の道具を作れるかどうか気にする奴がいるかと思ってたけどな。お前らってそういうルートは興味ないのか」


 公英鼓。やや気まずそうな様子だけど、動くつもりはないようだ。プラプラと右手を前後に動かして遊んでいた。


「だっていつの間にか爆発してるから……」

「は?」

「えっと、治は調理実習とか技術演習とかで開幕3秒後に爆破を起こすらしいんだ。今年クラスメイトになった奴らが絶望してた」

「兄ちゃんボンバーマンだったの?」

「よっし連帯責任で榕樹トリオは〖製造室〗と〖調理室〗と〖被服室〗の立ち入り禁止ね」

「ちょっまっウチッえっ」

「オレまで!?」


 石蕗艶葉は榕樹が爆薬庫だと思っているの? 面白いし今は関係ないからいいけど。


「〖運動室〗の人ー」


 蛸壺が小さく動く。1番デカくて危険なのに、気弱な感じがするのが不思議。

 彼はボッチだった。まあ、元々行きたがっていた人がいるとしても、挙げるとは限らない。


「んー……まあ、一旦全体を通るか。〖図書室〗」


 さほど意外でもない人物が顔と手を上げた。


「自分、いいですか」

「全然! 遠慮しなくていいよ」


 蝋梅剛志は固い表情で白紙を見つめている。体調が悪くなったのか、あるいは集団の中にいるのが難しいタイプなのかは判別がつかない。


 他に希望者がいないことを確認してから、石蕗艶葉は集計を再開した。


「1階〖倉庫〗………………〖休憩室〗」


 あっ〖倉庫〗が諦められちゃった。


 慌てて挙手する。同時に、褐色の腕が伸びるのを見た。

 思わずそっちに視線を向ける。


 チアキリンと目が合ってしまった。


「やべっバトル始まる」

「ああ、新作は平和らしいですよ」

「なんでポケットサイズのモンスターワールドになってんだよ!!」


 咄嗟のボケで窮地を抜ける。公英鼓を犠牲にしたのもご愛敬で。


「ふんふん、なるほどねー。……よし、ラストの〖調理室〗!」


 そこは、最後まで何のアクションもしていなかった大岩雪下が独占した。

 そんなタイミングのこと。


 ――グゥゥゥ……


 腹の虫が鳴く。

 割と大きめだったことで音源は分かりやすかったし、選択した場所から犯人の状態が推察できた。


「あ……あわ……わぅ……ぅぅ……」


 大岩雪下は顔を下へ向けていく。「お腹空いたね」とチアキリンから頭を撫でられていた。


 石蕗艶葉は蛸壺から本体を外界へ引きずり出す。「今何時だっけ」と尋ねた彼女に対して、天岸さんはタブレットを見て「7時くらいだ」と告げた。


「……もやし料理、案外美味しいよ」

「ヤダ」

「肉食べたい」

「僕は魚派」

「酒!」

「米ってあるか?」

「クソッ食い盛りのボンボン連中め!」


 貧乏学生の怨嗟は放っておくとして、これは晩御飯の用意も必要そうだ。


「俺が作ろうか?」


 なるべく軽いノリに聞こえるように言う。一斉に視線を浴びてしまったけど後に引けない。


「備瀬君は何のお酒が好きなの?」

「せやなあ……普段そこまで強かもんは飲んどらんけど、ワインがちっと気になっとるな」

「ワインね。弱めのやつを探してくるよ」


 質疑応答を経て、ようやく備瀬君は思い出したらしい。ビッと俺を指差して叫ぶ。


「陽太のあんさん、適任やんけ!! 洋酒愛好サークル兼カクテル作りの特技持ち!!」


 とりあえず笑っておいた。



「あたしも行く」



 ソプラノが唐突に響く。

 チアキリンは大岩雪下を庇う姿勢で俺を睨んでいた。そのまま「あたしも」と繰り返す。


「あっ、の……大丈夫、です……その、怖い人じゃなさそうだから……」


 気遣っている感じで俺の方をチラチラ見つつ、少女は善意の警戒を遠慮した。


「ううん。あたし、他のところじゃ何にもできないだろうから。せめて晩飯作りぐらいは手伝いたくって」

「でも……その……他にも、1人になっちゃっている人が、いるし……」


 意見を通そうとする大岩雪下に対し「いや」とテノールが否定に入る。


「剛志君のことを言っているなら平気だよ。僕が〖図書室〗に行くつもりだから。翁もそれでいい? どのみち3人組はもう1つ作らなきゃいけないし」

「えっと……うん」


 羽衣治はあっという間に反論を封じてみせた。最初からこれを狙っていたんじゃないかと感じるほどのスムーズさで。


「鼓。その、俺が〖製造室〗に行っても大丈夫そうか?」

「お前がいいならいい」


 「ボクがお願いする前に決まっていく……ありがた……」とか言って石蕗艶葉がホロホロと泣いている。

 ここまで話が固まったなら気にしなくてもいいと感じたのだろうか。大岩雪下もまた静かになった。


「よっし、とりあえずそんな感じでOK?」


 皆が空気だけで肯定する。石蕗艶葉は再びホロホロ泣いた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 彼女は調査のペアだ。

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