She is the same as me.

「陽太、調理を引き受けてくれてありがとう。ちなみにこれだけの人数のご飯ってどのくらいで作れる?」

「んー……大体1時間あればいいかな。材料次第だけど」

「じゃ、それくらいに〖休憩室〗で集合してご飯にさせてもらおっか。

 各部屋で書記係を決めてもらって、発見したものをルーズリーフに記録していってくれる? 足りなくなったら……紙は〖倉庫〗にあるんだよね、剛志?」

「はい」

「そういう訳だから、各自で回収するように。その過程があったら集合時に報告もお願いね。

 ――じゃ、それぞれ解散!」


 最後は探索手法を確認して終わった。

 ガタガタと椅子を動かす音が重なる中、俺は少し気落ちしつつ立ち位置を変える。


「よろしくねー」

「テメェ絶対セッカちゃんに近寄んなよ夜職野郎が」

「あう……」


 どうやってこの地獄絵図を乗り越えよう?


 肩を竦めて、俺はバインダーを持ったまま中央の扉を開けに行った。背後には参加者の過半数が続いていることに気づきながら。

 いないのは……両隣を選択した4人か。それ以外の全員がこっちから向かうことを選んだのは、ちょっとビックリした。


「どーぞ」


 轟音に呑まれつつも先を譲る。石蕗艶葉と柊さんは『ありがとう』と唇を動かして〖PC室〗へ降りていった。


「おい、銀たこ。代わる」

「サンキューヤンキー君」

「だから公え」


 抗議を無視して手を離す。巨大なパーカーが小さいセーラー服と一緒にオロオロしているのを横目に、安物のカーディガンの隣に並んだ。


 この螺旋階段も幅が狭い。エレベーターと同じで横並びに2人が限界みたいだ。しかも歩く時の音が反響するものだからうるさくてたまらない。


 後方のざわつく音に紛れて、日焼けの浅い耳元へ唇を寄せる。



「どっちが夜の人間なんだか」



 バッと、派手な動きを伴って見られた。


 その視線を誤魔化すため〖PC室〗で作業を開始していた2人のレディーへ手を振る。奥のドアへと向かい、力を込めた。


「どーぞ」


 足を縫われたのかと思うほど動かない。そんなチアキリンを不審げに眺めて、羽衣治と翁君が蝋梅剛志を連れて通り過ぎていく。


「……お姉ちゃん?」


 袖を握って、大岩雪下は不安げな声で彼女に甘えた。それでようやく双眸は下を捉える。


「ごめんね、行こっか」


 俺の視線を振り切るようにして〖運動室〗へ降りていった。今度は無言で扉を公英鼓に託して、ゆったりとその背中を追いかける。


「僕らはここで。翁、剛志君、行こう」


 〖図書室〗に向かう3人はそこで左に曲がった。副官タイプっぽい羽衣治が率いる形になっているあたり、他2人はメインで立ち回るのが無意識的に苦手らしい。


「俺らも行くか」

「ああ。3人とも、それじゃあ」

「気をつけなねー」


 〖製造室〗の2人は先の3人より愛想よく、片手を上げてから立ち去る。


 チアキリンは素早く扉へ張りついた。まるで俺から逃げるように。こっちはこっちで頭を痛めつけてくる金属音なんか意識にない。

 〖休憩室〗に降りて、提案をしてみる。


「先行っててくれない?」


 絶対に却下されそうだな、と思っていたのだけど。


「なら、あたしもちょっとこっちいる」


 チアキリンが軽い声色で続いた。大岩雪下は交互に俺達を見て、思い出したように呟く。


「あ……2人共、ここ、希望だった……」


 俺は浅い首肯を返した。中学生は2つ結びの右側を両手で触り、はにかんだ笑みを見せる。


「ゆっくりで、大丈夫です。あっちにいます」


 聞き分けがいい。ご褒美に、君が小さな声で言った「お菓子……」は見逃してあげよう。

 大人しい少女は〖調理室〗への扉を開閉した。その姿を見送ってすぐ、俺は喫煙所として推奨されているのであろうスペースを見回す。


 木製の椅子が2脚とガラス製の灰皿2つ。小さめの長机が1つで、扉側の壁沿いに大きめの箪笥たんすが1つ。その上にこじんまりとした箱が1箱。

 チアキリンは箪笥の中を遠慮なく荒らしていた。明らかに目当ての物があっての行動だ。


「あっ」


 喜色満面ならぬ喜色満声がする。後ろから覗き込んでみれば、煙草が段ごとに銘柄別で入っていた。

 彼女はやけに多く用意されているショートホープの10本入へ手を出す。


 俺はテーブルに記録用紙を置いておいて、小さい箱の中身を確認した。

 使い捨てライターが何本も入っている、そんな中で対照的な物もある。


「っ……」


 思わず息が詰まった。

 落ち着け、とにかく。

 でも、いや、だって、それでも。


 どうしてここにこれが。


 外国の、ちょっと良い代物だ。革製で、表面は猫に遊ばれた後の傷がある。


 なんで傷を見ただけで分かるのか?


 俺の、思い出の品だから。


 でも、普段は持っていない。自宅に置いて、思考をリセットしたい時に使っているだけ。


 どうして。

 その問いに対する答えは、単純明快。


「……不法侵入なんて、礼儀がなってないんじゃない?」


 誰にともなくそう溢す。

 あの人、〖マスター〗はこんな場面を見て笑っていそうだ。


「チアキさん」


 離れたところでボーッとしていた彼女に声をかけた。気づいているはずだけど、反応する気はないらしい。


 だから、遠慮なく安物を2つほど投げ渡す。


 反射神経も良いみたいだ。振り返りもせず、彼女は空中で双方を受け止めた。それからようやく驚き顔になっていく。


 「は?」とか言ってるソプラノを無視して、俺は襖を開けた。そのまま菓子泥棒に勤しんでいるであろう子供のいる所へ向かう。


 ドアノブに触れ、下へ動かした。



 ――ガチッ



 ……扉は何故か、応えない。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 彼女は俺と同じだ。

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