Their alibi is established.

「シラジラしいんだよ、人殺しが!!!」


 突然ソプラノの金切り声が聞こえた。

 チアキリンは鋭く、その人を睨む。



「このヤクザジジイ!!!」



 真横へ苛烈な視線が注がれていた。


「へえっあ、ぁおぅぉ、俺!? ですか!?」


 天岸さんが変な口調になっててウケる。あ、蛸壺っちゃった。今回すっごい速かったね。


「だってテメェだけだろ!!」


 チアキリンはキーキーと叫びつつ、別の方向を指で示す。


「ツヅミからタブレット盗めたのって!!」


 突然の名指しに公英鼓も驚いていた。こっちは特筆すべき隠れ身の術は持っていないから、そのまま困惑の意図を表情に出している。


「ヤクザジジイはヤクザジジイなんだからスリ慣れしてるに決まってんじゃん。それでツヅミの物を盗んで……ず、かく……? ……皆がなんか言ってる所に行ったんでしょ!!」


 まさか〖図書室〗のことを「ずかく」って呼んだんじゃないよね?

 とにかく。一応チアキリンなりの理屈は存在していての発言だったみたいだ。


「そっちもそこそこ無茶があるね」


 苦笑を交えて反論したのは、羽衣治だった。


「タブレットを盗む場合は、あらかじめ相手の〖能力〗を知っていなきゃいけない。でもさっき見た中でそんなことができる〖能力〗は無さそうだった。

 そして仮にそれが可能だったとしても、更なる壁がある」


 優等生は風子信を降ろして立ち上がる。そのまま〖音楽室〗に続く扉へ歩み寄った。

 取っ手に全体重をかける形でそれを開く。


 いつものようにが響いた。


「ったー……こんなに響かなくても……。えっと、分かってくれたかな?

 天岸さんが〖製造室〗から〖図書室〗に行くまでにこの扉を必ず数回開けなきゃいけない。でも開閉時には音が響くようになっている」


 扉を閉めつつ「鼓!」と呼びかける。公英鼓にとってもうるさいみたいだ。耳を塞いでる。


「〖製造室〗で調査をしている時、放送がかかるまでにこういう音は鳴った?」


 何を質問されたのかは分かったらしい。回答者は首を左右に振って否定した。

 「あとな」と、両耳から手を離して彼自身も反証を紡ぐ。


「調査方法は俺が備品を探して、見つけたらその名前と位置を伝えて、天岸が記録していくってスタイルを取っていた。ずっと会話していたって訳だ。だからそいつと俺が互いにどうこう出来なかったっていうことは証明し合えるぜ」


 ちゃんとしたアリバイだ。天岸さんの顔が地上に帰ってくる程度には。


「そして、僕達も黄百合さんが飛び込んでくるまでは扉の開閉を認識していない。そこは翁も剛志君も認めてくれるよね?」


 反対陣営に聞くのも勇気がいるだろうに。一応2人とも頷いていたから良いけど。

 満足そうに爽やかな笑顔を見せ、チアキリンへ決定的な反論をした。



「この空間では移動に伴って音が発生する。でも、天岸さんと組んでいた鼓と現場にいた僕らの両方がそんなものは聞いていない。

 だから、天岸さんも犯人にならない」



 チアキリンは何か言いたそうに口を動かしたけど、誰の鼓膜に届くことはなく消えていた。


「鼓……ありがとう……ありがとう……」

「そこまでなるレベルのことだったか??」


 タコがプルプルしてる。いや今は蛸壺じゃないけど、なんかそう思った。申し訳ないけど。


「……そうだ! 翁の疑問に対する答えもこれで言えるんだった!」


 僅かな喜色を混ぜて、テノールがそう言う。


「翁の疑問は『剛志君は自分達2人が一緒にいる中で、いつ殺人を起こせたのか』だよね?」

「まあ……大体そんな感じだけど……」

「OK。説明できるから、聞いてくれる?」


 羽衣治は深呼吸を繰り返した。そして容疑者と相棒を交互に見ながら言葉を連ねる。


「さっき天岸さんの容疑を本格的に晴らしたのは『移動』と『会話』でしょ?

 そして、前の議論で『遺体の位置』と『〖引きよせる〗』の効果範囲の2つで、犯行現場は〖図書室〗と断定されている」


 一瞬、彼は気まずげに目を逸らした。


「僕らがいた時に〖図書室〗の出入りがなくて、なのにそこが犯行現場ってことは、最初から内部にいた人間による犯行だったってこと。

 ……そんな中、僕らは……いや。僕らは、会話というアリバイが成立している」


 そう言った。翁君の方を見つめ直して。


「え? そりゃ、途中、治と喋ったけど……最初はちゃんと色々調べてたよ?」

「それは僕も同じ。でもね、その喋っていたタイミングが課題なんだ」


 そこまで話すと、羽衣治はいきなり「黄百合さん」と呼びかけてくる。


「はいはい、なあに?」

「黄百合さんは覚えていますか? あなたが大慌てで〖図書室〗に入ってきた時のことを」


 そのことか。記憶力には自信ないんだけど。


 ……扉を開けて、それから俺は……。


「あっ」


 思い出した。扉を開けてすぐに見た景色を。

 『錆色の優等生と赤茶色のヘアピンが2人で会話しているところだった』ことを。


「……2人だけで話していたね」

「はい。あなたの証言によれば、鍵がかかっていることに気づいてから然程時間が経っていない内に行動を始めていたはずです。〖図書室〗への移動を含めても、過剰なタイムロスが発生するはずがない」


 彼は相変わらず目を合わせないで喋る。その割には迷いがない口調だけどね。


「以上のことから、黄百合さんが〖図書室〗に来た辺りが犯行時刻だったと考えていい。そしてその時、彼は僕たちだけを目撃している」


 息を吸って、羽衣治は容疑者を見据えた。



「あの本棚に囲まれながら調査をしていたはずの剛志君だけには、アリバイがないよね?」



 蝋梅剛志はただ黙って視線を返す。


◇◇◇◇◇◆◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 彼らのアリバイは成立している。

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