This tie is my treasure.

「じゃあもう一度話し合おうか。

 とりあえずは反対派から意見を出してもらって、それらに対して賛成派が反論するって形がいいと思うんだけど……どう?」


 石蕗艶葉の台詞に、なぜか桂樹葉月が元気に反応する。


「私そういうのゲームでやったことありますよ! 分かりやすいのでいいと思います!」

「あれだよね? 推理とアクションが混じってるやつ! 兄ちゃんに勧められてやったことあるけど、あのシステム面白かった~!」

「そうそうそれそれ! 私は2番目のシナリオとかキャラとかの方が印象深かったかな?」

「俺は初代の高飛車かませが割と好き! おもしれー男だったもん!」

「はいはい語るのは後からにしてね」


 羽衣治が止めなかったらどんだけ語る気だったんだろう、このゲーオタ達。


「では、先にわたくしが。必ずや皆様を真実に導いてみせますのでご安心ください」


 誰が家柄至上主義かつ戦国時代の価値観で生きている人間の導きを信用するんだよ。馬鹿?

 そんな本音はお口チャックでナイナイして、白純百との討論へ身構える。


「コウケイが死因であることが確定事項であるならば、タブレットを使用せずともそれ自体は可能のはずです」


 とん、と右手で自分の細い首を指した。


「その安物を利用して、背後から襲う。これでも充分に首を絞めて殺害できるでしょう?

 被害者と加害者の関係性としては華奢な少女に対して成人男性。抵抗する間もなく、あのような痛ましい様になってしまったのでしょう」


 ……何を指しているのか分からない。そんなこと、口が裂けても言えない。明らかにめんどくさい未来が見えるので。

 でも。それを真っ先に笑い声で庇ってくれたのは、予想外の人だった。


「アッハハハ! 中々面白い発想だな、白純さん! またあれか? 密室状態の有無については、黄百合さんとチアキちゃんと羽衣君が連携して嘘を吐いていると!? フフッ……!」


 柊さんは心の底から楽しそうに笑う。それでもって馬鹿の解像度が高い。割と序盤で羽衣治の証言を疑ったし、全然有り得るもん。

 白純百は不思議そうな顔で口元を上品に隠して、言った。


「そう考えておりますが……なぜ分かったのです?」


 知ってた。柊さんがまーた爆笑する。ここまでの馬鹿には中々お目にかかれないからね。

 笑いを落ち着かせて、天才は告げた。


「黄百合さんのネクタイを絞殺に使用したとは考えにくいよ」



「は? このネクタイのことを言ってたの?」



 頭の中で何かが千切れる音がした。


 だって、あの女。これを安物扱いして、凶器扱いしてって、そうしたんでしょ?

 あ、ヤバ。これマズい止めなきゃ。

 冷静になれって。向こうの視点じゃ分かんないよ。仕方ないってば。頭を冷やせ。戻せ。ほら、いつもみたいにイジッてふざけて茶化せ。



「わぁ~。天下の白純も、審美眼なんてものは縄文時代に置いてきちゃったんだねぇ~。これの価値すら分かんない無能馬鹿女が生きてる薔薇の白純家、マジ可哀想すぎてウケる~~~」



 無理に決まってんじゃん。

 当然っちゃ当然だけど、無能女は数拍置いて「何ですって」と低くなった声で言ってきた。


「ええいストップストップストップ! 貧乏学生にゃ訳が分からん頂上決戦をすんな!」


 事態を察知した石蕗さんが素早く止める。そりゃそうか。お互いに立ち上がって、一触即発の空気だったので。


「白純さん、今のはないと思う」


 桂樹葉月が突然ぼやいた。

 隣から不快そうな顔を向けられているのも気にせず、彼女は続ける。


「黄百合さんはあなたに自分や血筋のことを馬鹿にされても適当にあしらっていたよね。でもあのネクタイのことを指摘された途端に、あなたが大切にしている白純家のことを侮辱した」


 どこを見ているのか分からない。

 俯いたまま、彼女はこっちの核心を突いた。


「あれは贈り物なんじゃないかな? 黄百合さんが大切にしている人からの」


 なんでそこまで考えられる人が、あんな馬鹿との行動が多いんだろう。可哀想に。

 返事は肩をすくめるだけにした。「で」と柊さんへ質問を投げるために。


「なんでそのルートも無いって言ってくれるの?」


 笑いの余韻を殺すためか、彼女は一度咳払いをする。


「黄百合さん、覚えているか? 事件発覚直後の自分の言動を」


 少し真剣な顔の質問返し。でもそれで思い出せたし理解できた。


「俺とチアキさんの所持品が痛んでいないってやつ?」

「そう、それだ。よく覚えていてくれたな」


 そして才女は白純百に視線を戻す。


「絞め殺すためには力が必要だ。いくら男女と大人子供の差があるとは言え、被害者が人間であることに変わりはない。だから絞めたとすればその痕跡が残るはず。

 しかし事件直後、2人のどこにも凶器としての特徴が見られなかった。絞められるだけの長さがあるネクタイにも、カーディガンにもな」


 それを言えたってことは、あの時には既にこういう会話が出てくるって予想していたのか。どんだけ頭回るの? 化物か何かかな?


「それに」


 バスからの指摘も飛んできた。

 天岸さんは眉を下げて気まずそうに言う。


「遺体にあった索条はチョーカーと幅が一緒だったんだ。他の外傷が頭部の怪我しかなかった以上、絞頚の凶器に〖引きよせる〗以外が使われたとは考えにくいよ……」


 見下している相手から受けた家柄の侮辱。自分と同じ学校の後輩と、自分の陣営の裏切り。


 鉄仮面を守っちゃいるけど、十中八九プライドがズタズタにされているでしょーね。

 白純百、可哀想だけど可哀想じゃないや。


◇◇◇◇◇◆◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 このネクタイは俺の宝物だ。

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