He is a conversation starter.
「え?」
「わっ」
「おお」
俺の前に座る3人組が固まるのを他所に、彼らはそのまま話していた。角度的にそう見えるだけだと分かっているけど面白い。
「ねえ! 〖マスター〗!」
やがて、ソプラノが天井へぶつけられる。
『はいはーい! どうした? ギャルちゃん』
何らかの機械を通じて中性的な声帯が返した。あの人を呼び出すのってこれだけでいいんだね。
「ルール違反……ん? 禁止事項……判断? されたら……流れ、で、バッせられ……?」
『ごめん要約して』
「禁止事項として判断されたらどんな流れでバッせられるんだよって聞いてんだよイカレクソ野郎アマ!! 耳ついてんのか、あ゛ぁ!?」
『肺活量の鬼に滑舌良く悪口言われた!』
スピーカーの向こうから『えーんえーん』と嘘泣きが聞こえる。もうちょっとわざとらしさ誤魔化さない?
「おいゴラ」とチアキリンに追加で凄まれたのが影響したのか、あの人は咳払いを1つして回答してきた。
『禁止事項の判断に至ったら……
まず、禁止事項に抵触した人物を実名でアナウンスして教える。
次に、当人の
それから、関係性対象に〖
以上が禁止事項を犯された場合の大雑把な流れかな!
……あ、部外者が禁止事項に抵触した場合は僕がその時に判断するよ。巻き込んだ負い目もあるし、甘めの裁量になるかも。
これにて講義は終了! 引き続き頑張れ~』
伸びやかな響きを残して、音声は途切れる。
「……放送がかかっていないから、これはルール違反じゃねぇってことだな」
公英鼓が今回の要点を簡素にまとめた。それを聞いた備瀬君は楽しげに肩を揺らす。気になる点は無くなったようで、彼は退屈そうに青い縁の眼鏡を外していた。
「できました」
「おっ、百ちゃんありがと!」
白純百から柊さんを経由して複製品を受け取った石蕗艶葉は、また輪の中から外れてしまっている天岸さんの方を振り返る。
「天岸ー。確認とか取りたいからさ、さっきみたくこっちおいでー」
まるで野良猫に餌をあげるかのごときノリ。ギョッとしたように何人かが彼女を見たのも無理はない。
……いや、誘われた本人もビックリしてるな、あれは。
再びフードを被っていた天岸さんは、やけに小さく見えた。
柊さんはもうリーダー側の会話に参加する気が失せたらしい。若干当てつけ感のある様子で白純百へのナンパに専念し始めた。
石蕗艶葉も無理にそれぞれを会話させようとはせず、天岸さんとだけ打ち合わせのようなことをしている。
……うん。なんとなく、人間関係が構成されてきた気がしていた。
俺と天岸さんとチアキリンは多分、単独行動を選ばざるを得ない。言動、立場、性格が起因して、他人に合わせる能力が壊滅的だから。
羽衣治と翁君と風子信、恐らくこれからこの3人での行動を多く目にするだろう。榕樹組が友人同士であること、風子信から羽衣治への懐き具合が主な要因となって。
白純百に桂樹葉月のオセロコンビに備瀬君を合わせたモノクロトリオは……会話の盛り上がりは備瀬君に依存しているように見える。各個人になったらどうなるか分からないな。
柊さんと公英鼓は個人での相性が良いみたい。というより、俺があの2人の会話を面白がっている。だからどれだけボケが渋滞しようが俺はツッコミを助ける気はさらさらない。
……そう。なんやかんやでよく読めていないのが、残った3人。対人能力にそこまで大きな問題は見受けられない、むしろ内2人は優秀と言ってもいい。でも……。
大岩雪下、蝋梅剛志、石蕗艶葉。
大岩雪下は、あまり口を開かないから。
蝋梅剛志は、両脇がそれぞれ別の人間との会話に集中しているから?
石蕗艶葉は、リーダーとしてなるべく個人への肩入れをしないため?
――このメンツに一際仲の良い人間がいる印象はまだない。
そこまで考えたところでパンパンと乾いた音がした。
「皆ー! いくつか案を作ったからさ、確認してもらえる?」
後ろ手で天岸さんに用紙を押し付けながら、石蕗艶葉は指揮を取る。
「提案の前に、まずは各部屋の名称と位置を知ってもらいたいんだけど……地図は皆持っておいて損はないと思うから、ルーズリーフでのメモをおねがーい」
全員が準備をしている中で、俺は蝋梅剛志のことが気にかかった。彼は地図を覚えたと言っていたはず。ならば本来、メモは必要ない。
そこで視界を少し左に向ける。やっぱり少年は紙を準備する気配がなかった。
「4階から1階に、左から右に言っていくね」
おっと、始まるか。
俺は子供から意識を逸らしてソプラノ寄りのメッゾに集中する。
「〖保健室〗、〖会議室〗、〖音楽室〗!
〖美術室〗、〖PC室〗、〖被服室〗!
〖製造室〗、〖運動室〗、〖図書室〗!
〖倉庫〗、〖休憩室〗、〖調理室〗!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
彼は会話の起点だ。
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