He experimented with tablets.

「タブレット!!!」


 違和感の正体を掴んだ瞬間、叫んでいた。天岸さんがビクッと体を跳ねさせる。それを気にする余裕は失った。


「あったでしょ、禁止事項に。『タブレットの重複所持』。持ってくる時はどうしたの?」


 俺が慌てていると、彼はようやく合点がいったみたいに手をポンと叩く。


「指紋認証をしたら所持したっていう風に認識されるみたいだ。だから、持ち運びのみについては問題ないらしい。翁と一緒に試した時の仮説に過ぎないが」

「また翁君!?」


 どんだけ手伝ってくれるんだよ。不審がられたって言ったけど、そっちの方がよっぽど不気味だよ。

 でも、しばらくしてから1つの可能性があることに気づいた。


「その仮説って治君が立てた?」

「ああ。『試したいことがあるから手伝ってほしい』って、治から言ってきたからな」


 羽衣治がやらせたのか。そりゃ、ブレーンの言うことなら従うだろうな。


 そういえば大岩雪下もタブレットを2つ同時に持ち運んだタイミングがあったはず。

 禁止事項の話になった時に誰もそれを指摘しなかったのは、皆が気にしていなかったから。俺だって特に何とも思っていなかったし。


「あとー……なんでか分からないけど、全く同じタイミングでお互いのタブレットを所持できるかっていうのも試したよ」

「要は交換できるかどうか? まあ、放送が聞こえなかったってことはできたんだろうけど」

「ああ。理由も聞いてみたんだが……結局、のらりくらりと躱されてな。でも治みたいな賢い子が気にするくらいだから、重要なことなんだろう」


 ちょうど合間合間でつまんでいたみかんが無くなる。新しくブドウをちぎりながら、情報を脳内で要約化した。



・タブレットは指紋認証で所有を確認するから機器の運搬自体は誰にでも可能。同時に指紋認証を行うことで物理的な交換もできる。



 ……でも、羽衣治がこれらの実験を行った理由が読め切れていない。今回の事件に関与するんだろうけどね。


「あとは頼まれてなかったし素人目線だけど、とりあえず検死もしてきた。聞くか?」

「え、マジで? じゃあお願い。あとみかん」

「今?」


 みかんを投げ渡す。さすがはバスケサークル、ちゃんと優しくキャッチした。

 皮がついたままのそれをコロコロと手の中で回しつつ調査員は報告を再開する。


「あの子は、絞頚こうけい……首が被害者の体重以外の要因で絞められたことでああなったって判断した。顔が赤く腫れていたからだ。

 この死因だと他殺のパターンが多くて、吉川線……抵抗した跡が残りやすいんだが、それが見られなかったのは気になったかな。

 凶器は分からなかった。チョーカーと同じ幅の索条……絞まった跡はあったんだが、チョーカー自体には力なんて加わらないだろうし。

 それから、後頭部に大きめのたんこぶができていたよ。それを作るにはそこそこの硬さと勢いが必要かなっていうくらい」


 不意に、区切った。彼の瞳がどこかを写す。「あと」と不安げな表情で告げてきた。


「怖がっている人をたくさん見てきたからってだけの感想なんだが……。

 雪下の顔が……突然の終わりを与えられた割には、落ち着きすぎている気がした」


 「本当に個人的にだけどな」と付け加えて天岸さんは口を閉ざす。これで終わりらしい。

 殺害された最期の顔が平静ってのは、確かに奇妙だ。……俺なら犯人への嫌がらせとかを考えながら逝きそうだから、笑っていそう。


 けっこう情報も増えてきたことだし、全体を一旦まとめてみよう。バインダーに留めてあるルーズリーフへ片っ端から書き連ねていった。


「ところで陽太。あれは何だ?」


 暇を持て余した相棒から質問が飛んでくる。視界の端で彼が入口を指しているのが見えた。

 道具のことだと検討をつけて、逆に「何だと思う?」とこちらから尋ねてみる。


「意地悪しないでほしい……」

「いや、実際俺もよく分かっていないんだよ。道具ではあるんだろうけどさ、人数表にしては数が合わないし」


 天岸さんは少し黙ってから「そうか」と上の空ぎみな返事をした。


「悪い、俺のタブレットを取りに行ってもいいか?」

「どーぞー」


 こっちも半分聞き流す形で退出を許す。自力での推理は放棄しているんだろうなあ、と思いつつ天岸さんを見送った。


 ドアが閉じ切った瞬間に自分のタブレットを手に取る。


 正直、〖役職〗の概念が登場した瞬間に確認したかった。でも万が一にも覗き見をされることがあると面倒だ。そういうわけでちょっと警戒していた。


 最初は部屋の調査に時間を割いていたから、これを開くのは初めてなんだよね。指紋認証ってどこでやるんだろう。

 少し考えて、下の真ん中辺りに親指を置いてみた。すると真っ黒だった画面が青白く瞬く。


『黄百合 陽太』


 音声案内的なものは無かった。数秒だけ本名を写すと、機械は本来の機能を俺に提示する。


『PM 9:21


 〖役職〗

 〖投票〗

 〖能力〗

 〖メモ〗』


 とりあえず〖役職〗を確かめることにした。項目に人差し指で触れると、液晶は瞬時に黒を写す。


 ――カードのようなものが浮き出てきた。トランプの裏面みたいな模様付きだ。


 何をしたらいいのか戸惑っていたら勝手に変化が生じる。ゆっくりとカードがめくられていった。



 現れたのは、緑色の帽子にマントを羽織った中年男性のイラスト。

 下側に【狩人】の文字が堂々と載っている。



 無意識の内に息を吐き出していた。良かった、確かにそう感じていることを自覚する。

 別に【人狼】や【赤ずきん】に選ばれていても特に何もしないつもりだけど、それでもどこか緊張してしまう。


 原因は分かっている。……視覚化された衝撃的な情報もじは、残りやすいものだから。

 一安心したところでタブレットの左下をタップした。幸い方向は合っていたみたいで、最初の項目画面に帰ってくる。


 次に調べる〖能力〗へ指を当てた。


◇◇◇◇◇◆◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 彼はタブレットで実験した。

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