She asks a lot of questions.

「ちょっといいかな?」


 高音が響いた。

 正面へ顔を向けると、石蕗艶葉が複雑そうな表情を見せる。少し躊躇うように首を振ってから話をしてきた。


「恋人と付き合う前、どんな関係だったのか聞いてもいい?」


 ……ちょっと意外だ。彼女が他人の恋愛事情に突っ込んでくるタイプだとは思っていなかったものだから、返答に一瞬詰まってしまう。


「単なるサークルの先輩後輩関係だったよ。あの人就活中だから、自然消滅しそうな感覚はあるんだけど……」


 ――途端。


「本当に?」


 カランコロンという音が、鳴った。


「お、おお、どったん? 百嬢」


 立ち上がった白純百は糸目を尚一層細める。静かに俺を見つめていた。


「あなたの証言を信用する根拠はあるのでしょうか」


 純粋な疑惑、嫌悪、不信、忌避的な感情がそこにいる。

 オロオロしながら止めようとする桂樹葉月に対して、俺は右手を上げた。静止だと受け取ってもらえたらしい。彼女は体を縮める風にして大人しくなる。


「無いよ」


 真っ直ぐに見つめて返した。

 剣呑な雰囲気を隠そうともしない純白に対して、言の葉を重ねる。



「皆もじゃん?」



 その時。確かに感じた。

 空気が痺れ、緊張感が跳ね上がるのを。


「……どういう意味でしょうか」

「そのままだよ。白純さんは俺が信用できないって思っているんだろうけど、家柄とか関係なく人間は嘘を吐けるからね?

 証言に根拠がないから信用できない、ああ、大いに結構。疑うのを規制したい訳じゃあないし、勝手にすればいいとも思う」


 想像していたよりもつらつらと言葉が流れていく。白純百は育ちの良い人間だから、俺のことを警戒してくるだろうと思っていた。考えていた以上にストレートな表現だけど。


「この場でそう発言することが適切かどうかはさておいて。

 純真無垢で清廉潔白な、青き薔薇100本分の夢に可能性に奇跡に神に運に、全てに愛されるお嬢様。真偽判別はご勝手にどうぞ?」


 同じ台詞をわざと繰り返す。芝居がかった口調になったけれど、人を避けるのには効果があったらしかった。

 現に今、大岩雪下を庇うようにチアキリンが身じろぎしている。


「……陽太の名字に問題があるの?」


 かなり小さな声だったけど、石蕗艶葉が柊さんに対して尋ねているのは聞こえていた。アルトが困った色合いを含んで曖昧に返すのも。


「あの2人は互いの家の特徴に詳しいらしい。まあ、名家同士の確執のようなものだろう」


 大体合ってる。迷惑なのは確かだけど、向こうの心情的に仕方ないのも理解できた。

 白純百は微かに眉をひそめると、額へ細く白い指を当てて着席する。深い深いため息を溢したのが鼓膜を通して伝わってきた。


「……そうだよな。嘘は……皆、言える」


 バスが室内の空気を揺らす。

 自己紹介のラストを飾る男の人が、いつの間にか巨大なモニターと同じくらい後ろへ下がっていた。隅の方で自信なさげに佇んでいる。


 彼はゆっくりと深呼吸した。「ちょっと時間をかける」と言い、更に万年筆をバインダーの上で滑らせる。やがて、それも終わった。



「俺は」


 古びたスニーカーが床を擦る音がする。


「天の川、の、。彼岸、の、と、自立の天岸アマギシ狐立コダチだ」


 柊さんの瞳が大きく見開かれる。


「特技は……怪我の治療とかを小さい頃からやっていたから、それかもしれない」


 羽衣治の視線が天岸さんへ向けられた。


「体質は、人の不幸があったところにいたら耳鳴りがすることだ」


 風子信がヘッドフォンを不安そうに撫でる。


「所属は2つ。1つが富路大学の経営学部。4回生……あ、あとバスケサークルにいた」


 翁君が興味を持った風に顔を上げた。


「もう1つの所属で、スモモ……トップの人と取引先へ向かう途中に首を絞められた」


 桂樹葉月が「み゛ゃう゛」と首元の布に触れながら苦しそうな声を出す。


「それで……俺の……もう1つの、所属が」


 天岸さんはそこで話を止めた。何回も迷っている感じで視線を彷徨わせている。怯えている空気すらあった。


「そげん怯えんでもええやろ」


 備瀬君も眼鏡をかけ直しながらそう言う。それで勢いをつけたようだ。一度大きく頷くと、天岸さんは石蕗艶葉にバインダーを手渡した。


 彼女の猫っぽい目元がキュッと吊り上げる。戸惑ったようにフードの彼の顔を見て、それで再度息を呑んでいた。


 彼は無骨な大きい手で、フードを外す。意外と童顔ぎみな顔立ちがそこで明らかになった。

 同時に大岩雪下が体をすくませる。


「彼岸組の構成員と捉えてくれて構わない」



 彼の右頬には、鮮やかな朱色が。

 彼岸の華が刻まれていた。



 ガダンッと。パイプ椅子から立ち上がるだけでここまで響くかと思うほどの音が耳を打つ。


 柊さんは案外静かだった。

 彼女は分かっていないらしい人達――風子信、桂樹葉月、公英鼓、翁君、羽衣治――へ説明する。


「彼岸組は単なる暴走族連中から一歩先、統一化された最悪の武装集団だ。武力的依頼さえあれば誰でも何でも証拠を残さずにやるらしい。

 中でも元組長の名字は知られていてな。天の川であり彼岸である、そんな解釈も存在する」


 そのまま続けた。最も分かりやすい言葉に変えて。



「天岸狐立は極道だと名乗ったんだよ、諸君」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 彼女は質問が多い。

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