観戦者の
「なあ、これドッキリなんだろ!? さすがにそろそろちゃんと分かるようにネタバレしてよ! こんな沢山の人を巻き込むとか、冗談にしたってタチ悪すぎ! 今日は学校だけだったのにさあ……! あんたの会社からはもう絶対に仕事受けないからな!!」
完璧に誤解されている。そして彼がテレビ出演者なのを思い出して、仕方ないかと肩を落とした。アレと一緒にされたくないけどさ。
「ドッキリじゃないよ、リアルマーダーゲームだよ」
「質問じゃないって! ここ不気味すぎて嫌だから、早く帰らせてって話!」
ガタンッと音を立てて彼は立ち上がる。相方が「オキナ!!」と静止するのを置いて歩み寄ってきた。
ホワイトボード前にいた、わたくしの胸倉を掴もうとしているらしい。距離を詰めて右手を伸ばしてくる。
そしてオレは一手先に彼の右手首を握った。
え、と唇が微かに動くのを眺めつつ。ブレザーの袖に指を突っ込んで引き寄せる。
相手の体勢が崩れかけたのを見た。後ろ首を掴み、白い板にその顔面を叩きつける。
爆音が会議室を震わせた。
猫目の女性と日焼け女子はさすがと言うべきか、他のメンツと違って行動が早い。椅子から立ち上がって叫んでくる。
「〖マスター〗!! オキナを離せ!!」
「テメェざけてんじゃねえよ殺すぞ!!」
殺される気はないけど離す気はあった。パッと、首を放る。音がヤバかっただけでこの子無傷だし。
「うわっ、ボードが」
割れたソレを見て学ラン少年が引いたように呟いた。正直、あたしもあそこまで筋肉密度が高い人がいると思ってなくて驚いている。
「……びっくりした……いってて」
「んっとに君は手が出るのが早いな!! こっちの心臓が止まるっての!」
「ご、ごめん! は…………オ、サム」
いつの間にか駆け寄ってきていた華奢な男子を眺めた。こちらを警戒しつつ、日焼け女子と一緒になってガタイの良い男子を拾っていく。
「おまっ、お前が参加者に手を上げても良いのか!?」
「防衛手段の延長線にある加害だったら禁止事項として数えないよ」
「……あ」
金髪男子の質問はロスト。さて、残りは何人だろう。
白い女性は早くどうでもいいことで消費してもらわないと怖い。あと銀髪の男性、中性的な女子も。
「説明でもあった通りにルール違反があるんやな。バトロワやて思いそうな状況じゃっけん、ちと意外や」
「……あの。禁止事項の内容ってどうなってますか?」
隣にいた眼鏡の男性が発した言葉で、質問内容を決めたらしい。黒い女性がおもむろに挙手してきた。
何度も聞かれたらさすがに鬱陶しくなりそうだなと思い、説明を加える。
「とっくにそっちへ与えている情報は言わないよ。……この回答は黒子ちゃんの質問を消費した訳じゃないからね」
少し間が開いた。やがて中性的な女子が正確な意味を当てる。
「禁止事項を〖道具〗に割り振られた者がいるというわけか。なるほど、確かにそれを黙っていれば簡単にルール違反をさせられるからな」
「……もしかして……」
ずっと静かだったヘッドフォンの少年が、ふと顔を上げて考察を告げる。
「さっきから赤毛が俺達のことを名前で呼ばないのって、参加者の一覧みたいなのを渡されている人がいるから?」
そちらについても応答できない。つまり、沈黙で肯定した。質問のコツを掴まれてきたな。
「……あ、の……」
ふと、小さな声がした。こっちなら分かる。小柄な少女がオドオドしつつも立ち上がっていたからだ。
「思い出したんです……けど……。
皆さんのお名前……分から、なくて……その……不便じゃ、ないかなって……」
まだ自己紹介していなかったのか。まあ、皆が起きてすぐにわたくしが放送をかけたから、合流と確認を急いだんだろうけど。
「皆、質問は?」
猫目の女性が残るメンバーに挙手を促す。
学ラン少年が腕を伸ばした。彼は一瞬だけリーダーに視線をやる。
「ツワブキアツハさんを、どういう人だと認識していますか?」
彼女の目が見開かれた。
オレはまた喉奥から笑い声を溢す。
「【童話デスゲーム】シリーズ第1作【アリスの再審】における最初の死亡者」
少しして、室温が下がるような心地。
「……母さんは……やっぱり、お前に」
縦長の瞳孔があたしを射抜いていた。
「ちょっと訂正させて? 彼女を死なせたのはわたくしではないのよ、猫ちゃん」
「誰が猫だ!! お前が、お前がこんな、」
ギリッと歯軋りする音がしてから、1拍。
「こんな下らないことに巻き込んだから、母さんは……あの人が、死んだんだろ!!!」
「下らない?」
ボクは自作品に関して沸点が低いと。自身のバス以下まで落ちた声を聞いて、眼前の景色を眺めて、改めて自覚した。
「ツワブキさっ……!?」
学ラン少年の焦り声を聞き流す。
「いっ、ぁ、うぅ……!!」
右手だけで彼女の髪を掴み、全身を持ち上げていた。
「あ、やめ、やめてっ」
「構わなくても大丈夫だよ。自業自得じゃん」
小柄な少女が止めようとしてきたけれど、そこは日焼けた女子が静止する。
「可憐な女性に暴行とは、感心しないな」
左からハスキーボイスが聞こえた。無視しようかと思ったものの、視界の隅で煌めく物を見つけてしまう。
……ライターか。途中の喫煙スペースからくすねてきたんだろうな。
万が一にでも服に火がついたらめんどくさい。そう思って、参加者の内1人をテーブルの中央辺りに放り捨てた。
「キャアアッ」
「あだっ」
「君、大丈」
「今の自衛じゃないだろ!」
「めっちゃくちゃ短気で草なんだけど。投げ癖あるっぽいし」
「理性的に動く方かと思っていましたが、存外暴力的ですね。あの人は大丈夫でしょうか」
「平気じゃ平気、生きとるけん」
「オキナあれやれる?」
「あの赤いパーカーの人以外なら」
悲鳴を上げた黒い女性と着地をミスった猫目の女性、それを心配する赤いパーカーの男性しかマトモなのがいない。あとは金髪の男子が怒りを向けてくるのも当然か。
ヘッドフォンの少年と白い女性が地味に失礼だし、眼鏡の男性のセーフゾーンは広すぎ。一方で男子2人組が何か物騒な確認をしている。
「ごめんね。財力知力体力権力武力努力人脈運勢全てをかけて用意したものを否定されたら、さすがにオレでもキレちゃうっていうか。それでも今のは失態として認めるよ」
頭を下げた。そこからひとまず、話題を軌道修正してあげる。
「他に質問がないなら、自己紹介すれば?」
そうは呼びかけてみても、既にこちらへの警戒だけで空気が成立していた。まあ仕方ない。これ以上の同席は互いにとって無意味だと判断して、立ち去ることにする。
肩をすくめて踵を返した。真っ青な顔をした銀髪男性の横を通り過ぎる。もう片方の番人はテーブル中央で猫目の女性を介抱していた。
「これから〖マスター〗が必要な場合は適当にお呼びかけください。
それでは参加者の皆様。観戦者の方々をご失望させないほどの奮戦を期待しております」
去り際に再びお辞儀をして、僕は階段を下り始める。
舞台の幕は上がった。
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