第3話 私の婚約者


 ウエーブのかかった金髪は陽の光を受けてキラキラと輝き、切長の瞳は燃えさかる炎のように紅い。

 まっすぐな鼻筋と薄い唇がバランス良く配置されていて誰もが見惚れるような美男子が目の前に座っている。


 これが私の婚約者であるウィルバート王太子殿下だ。私が十五歳で婚約者になってから二年半が経ち、月に一度はこうして王城の庭園にてふたりの時間を設けさせられている。


 私とは決して合わない視線。三分に一度は吐き出されるため息。静かすぎるお茶の時間。


 はっきり言って苦痛しか感じない時間だ。

 何故このお茶の時間がなくならないのかわからない。でも私から断ることなどできないから、いつもひっそりと考え事をしている。





 そもそも私はウィルバート殿下に初めてお会いした時から嫌われていた。


 顔合わせのため登城して通されたのは、手入れの行き届いたバラ園だ。白や黄色、ピンクに赤と色とりどりの花たちが瑞々しく輝いていた。

 そんな花々が霞むほど輝いて見えるウィルバート殿下が現れたときには、これが本物の王子様なんだと感嘆した。


 最初の言葉を聞くまでは。



「お前がボクの婚約者か? はっ……それにしても地味な見た目だな。華がない。まあ、他のところは優秀みたいだからよろしく頼むよ」



 確かに私は魔道具の開発ばかりでオシャレや流行りにはうとく、ドレスも何となくヤボったい。明るめとはいえ平凡な茶髪に深緑色の冴えない配色で、キラキラしたウィルバート殿下と並ぶとどうしても見劣りしてしまう。


 ウィルバート殿下が恥ずかしくないように今更だったけど自分を磨き始めた。それと並行して王太子妃の教育も始まり、今まで目を逸らしてきた淑女教育を身につけるので必死だった。


 けれどもお会いする度にダメ出しをされてしまう。


「お前……もう少しマシなドレスはないのか? ただでさえ平凡な髪と瞳なのだから、もっとよく考えろ! 隣にいるボクの身にもなってくれ」

「申し訳ありません……」


 瞳に合わせたライトグリーンのドレスは地味だったのかと、次にお会いするときは柔らかいパステルイエローのドレスを身にまとった。もちろん仕立て屋のデザイナーにもお母様にも相談しながら用意した。


「うわ……今日はお前とお茶を飲むのは無理だ。そのドレスはまったく似合っていない。お前はもう帰れ。途中で具合が悪くなったと言っておく」

「申し訳ありません……そのように致します」


 派手な色はお好きでないことがわかったので、私に一番似合う深緑の落ち着いたドレスにしたらため息だけで何も言われなくなった。

 それからは似たようなデザインのものを選んでいる。


 それから半年後に夜会へ参加することになった。ウィルバート殿下の弟であるクライブ殿下の誕生日を祝うものだ。


「ふん、ドレスはまともでも装飾品に品がないな。伯爵家の娘なのになんと下品なことか」


 この日はドレスが落ち着いた色なので華やかさを出そうとエメラルドとダイヤモンドのアクセサリーをつけていた。前にこれより大きなアクセサリーをつけた令嬢を褒めていたから大丈夫かと思ったけどダメだったようだ。


「お前、ボクがエスコートするとわかっていてそれなのか? 歩き方も優雅さがない。教育係は何をやっているんだ」


 ウィルバート殿下のエスコートは歩くのが早くて、ヒールを履いた足では引きずられるようになってしまうので急いだ結果だった。


「さっきの受け答えは何だ!? ボクを馬鹿にしているのか!? お前と公爵だけで小難しい話をして、あの場はボクを立てるべきだろう!」


 魔道具の取引があり事情もよく知る公爵様から想定外の使用についての質問を受けたので、開発者である私が返答したものだった。


 ウィルバート殿下に会うといつも何かしらダメ出しをされてる。もともと自信のない見た目だったから余計に心を抉られた。

 地味な私では申し訳ないと自分なりに頑張ってはみたけれど、何をやっても裏目に出るばかりだった。


 婚約をして一年が経つ頃には「お前の声は耳障りだ」と言われたので、挨拶をしたあとは私から声をかけられなくなってしまった。





「ああ、やっと時間だな。では」


 ウィルバート殿下の言葉に回想から現実に意識を戻した。慌ててカーテシーをしたけれど見向きもせずに、ウィルバート殿下は去っていく。入れ替わりでやってきたのはアレスだ。


「お嬢様、馬車の用意はできております。屋敷に戻りましょう」

「ええ、わかったわ」


 ウィルバート殿下とのお茶が終わればその日は直帰となる。帰りの馬車の中ではダメ出しをされて落ち込む私のために、アレスがいつも優しく話しかけてくれた。


「お嬢様、今日はお茶の時間に何を考えていらしたんですか?」

「そうね……ざっくりと殿下との過去を振り返っていたわ」

「ああ、道理で目が死んでいたわけですね」

「えっ! そんな風に見えた!?」


 なんてことだろう。妃教育では感情を顔に出すなとあれほど言われて、もう二年以上も経つのに身についていないなんて。


「大丈夫です。傍目には穏やかに微笑まれてました。気がつくのはお屋敷で仕える者だけです」

「ああ、よかった! ちゃんと出来ていた?」

「ええ、本当によく頑張っておられます。所作も美しくなりましたし、何よりいつも凛としているお嬢様はまるで女神のようです」

「あ、ありがとう……」


 私より頭ひとつ分は背が高くなったアレスは、いつもこうやって私を励ましてくれる。だからウィルバート殿下に冷たくされるのは辛かったけど、耐えられた。


 この時はまだマシだったなんて、誰が想像するだろう?




     * * *




 この国の王族と貴族は十五歳になると王立学院へ通い一般教養から魔法の習得、領地経営の基礎まで学ぶことになっている。私はウィルバート殿下にふさわしくあろうと入学してからは常に主席をキープしていた。


 前に用があってウィルバート殿下のクラスに訪れた際は、わざわざ人気のない温室まで連れ出されてこう言われた。


「ロザリア! お前がなぜボクのクラスに来るんだ!? ボクに恥をかかせたいのか!?」

「いえ……そのようなつもりは……伝言がありまして……」

「お前のような地味な女がわざわざ姿を見せるな! ボクが周りにどのように思われるか考えないのか!?」


 そこまで言われるほど私は至らない存在なのだろうか。私の知らないところでウィルバート殿下に不快な思いをさせてきたのだろうか。

 いっそ婚約の解消をと考えたけれど、そんなことを伯爵家から王家に言えるわけがない。私がウィルバート殿下に相応しくならなければいけないのだ。


 それが出来ないなら、せめてウィルバート殿下が心穏やかに過ごせるようにしなければ。


「申し訳ありません……今後はウィルバート殿下のクラスには顔を出さないようにいたします」

「頼むぞ! まったくボクに不愉快な思いをさせるな!」


 それからは何かあれば手紙でやりとりすることにしたので学院での接点はなかった。学院でもダメだったかと落ち込んだけれど、もう涙は出てこなかった。


 だけど私が最終学年、ウィルバート殿下が三学年に上がった春に運命的な出会いが訪れた。


 生徒会長の私と副会長のウィルバート殿下は、学院の慣習に従い新入生の案内係だった。誰が見ても見目麗しいウィルバート殿下に新入生たちはうっとりとしている。

 私の前を通り過ぎて、隣に立っていたウィルバート殿下に声をかけてきたのは男爵令嬢のボニータ・ファンクだ。


「あのぅ、すみません。私Cクラスなんですが、教室の場所がわからなくて教えていただけませんか?」

「あ、ああ……それならボクが案内しよう。こちらだ」


 ボニータは薔薇のような深紅の艶髪をなびかせ、スカイブルーの瞳はキラキラとまばゆく輝いていた。そんな彼女にウィルバート殿下が一目で恋に落ちる瞬間を私は隣でじっと見つめた。


 悲しみも嫉妬も何も感じない。ただ目の前の現実を受け入れる。それから私がウィルバート殿下の隣に立つ事はなくなった。


 ウィルバート殿下は学院での自由時間はほとんどボニータとふたりきりで過ごし、時折そのまま早退していた。

 何かに参加する際はいつでもボニータを連れて歩き、友人よりも近しい距離で密かな会話を交わしているのをよく見かける。


 ボニータはよく私に優越感にひたった顔を向けて話していたけど、もう気にならなかった。ふたりはどこからどう見ても恋人同士だったし、そんなに想いあっているなら私との婚約もなくなるかもしれないと思い始めた。





 それなのに妃教育は終わることなく続けられている。私はウィルバート殿下のために努力し続けるしかなかった。

 最終学年も残り三ヶ月と迫ったある日の帰り道にアレスが私に問いかけてきた。


「お嬢様。私はお嬢様の専属執事ですから、貴女の幸せだけを考えております」

「ええ、いつもそう言ってくれてありがとう」


 いつになく真剣な表情のアレスに私はどうしていいのかわからず、いつものように無難に答えを返した。この頃には妃教育の賜物で無駄な感情表現もなくなり、いつも優雅な微笑みを浮かべていた。


 アレスの夜空のように煌めく瞳が一瞬だけ揺れて、切なげに私を見つめる。


「お嬢様は……今なにを望みますか?」


 その問いに答えられなかった。

 私は自分が何を望むのか、もうわからなくなっていた。


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