第36話 一生お嬢様だけの専属執事です


「それではお嬢様、本日より専属執事に復帰いたします。よろしくお願いいたします」

「ええ、よろしくね。やっぱりアレスはこの燕尾服がよく似合うわ」


 三ヶ月の蜜月が終わり、アレスと再び専属執事の魔法契約を結び直した。

 もう夫なのだから魔法契約は必要ないと言ったけれど、アレスは納得してくれなかった。あの拘束感がないと物足りないと際どい発言をしはじめたので、仕方なく条件を緩くしてやり直したのだ。


 長い休暇が終わったあとは、王太子や王太子妃の仕事として、魔道具の開発や販売を一番に進めるように竜王様から命令されている。ラクテウスには外交というものがないので国内の政務のみだから、今のところアレスの補助は不要らしい。


 それならばと魔道具屋ロザリーを週に三日だけ曜日を決めて再開することにした。二階部分を工房に改装して再スタートさせると、途端に魔道具の注文が殺到してしばらくは猫の手も借りたいほど忙しかった。相変わらずアルバイトは募集しているのに応募すらこない。


「あ、ここって求人出てるんだ。アイツに紹介し……」

「おい、アレス様あっちを見ろ」

「ひっ! あー、そうだ、オレ忘れ物したから帰るわ!」


 という会話が聞こえた気がしたけど、受注品の製作に忙殺されてそれどころではなかった。

 竜王様から新しい魔道具開発の依頼を受けているので、そちらも進めなければならない。

 あっという間に半年のときが過ぎていた。




「お嬢様、こちらがご希望されていたデータでございます」

「ありがとう。んー……やっぱり精度にムラがあるわね。どうしてかしら……?」

「概ね同じ状況で試してもらったので、原因は他の要素かと思われます」

「うーん、選定項目が足りないのかな……ちょっと考えてみるわ」


 竜王様からの依頼内容は『まだ見ぬ番を探す魔道具』だ。

 番を探す旅に出る竜人たちには必須アイテムとなる。今日は王城の研究室で魔道具の開発をしていた。私も竜人の仲間入りをしたので、今ならできるかもしれないと依頼を受けた。


 前に作った魔道具をさらに発展させて、己の唯一を見つけ出せるようにするのが最終目標だ。竜王様にも助けてもらってさまざまな番の夫婦のデータを集めてもらっている。


 この心の奥底から湧きあがる渇望と愛欲と独占欲は、魂を揺さぶるほど激しく深い。たまに自分の気持ちに翻弄されそうになるけど、そんな私もアレスは受け止めてくれる。

 そして満ち足りた幸せを存分に味わうのだ。

 こんな幸せを私を受け入れてくれた、この国のみんなに感じてもらいたい。


「お嬢様、もう一度データを見比べてみてはいかがですか? 何か新しい発見があるかもしれません」

「そうね、そうしてからまた考えるわ。アレス、一休みするからお茶を頼める?」

「承知いたしました」


 アレスは魔法を器用に使ってあっという間にお湯を沸かす。

 その繊細な魔力の操作が見事で、いつも見惚れてしまう。夜空の瞳が私に熱のこもった視線を向けているのに気づいたときには、もうアレスに触れたいという欲望が頭をもたげていた。


「どうしました? そんなに潤んだ瞳で見つめられると困ってしまいますね」

「あっ、違うの。あの、アレスが魔法を使うところを見ているのが好きなの」

「へえ……見ているだけで満足ですか?」


 ああ、もうアレスの笑顔がいつもの執事の笑顔じゃない。あれは、獲物を狙うときのものだ。


「お嬢様、素直におっしゃってください」

「素直に話しているわ……」


 アレスの夜空の瞳がスッと細められる。

 きっとアレスには私の心なんてお見通しなのだろう。だけどアレスに触れたいなんて、恥ずかしくて口にできない。アレスが私の側に来て耳元でそっと囁く。


「俺はロザリアに触れたい」


 ズルい。アレスはズルい。

 こんな風に不意打ちに甘く掠れる声で名前を呼ばれたら、触れたいなんて言われたら……嫌だなんて言えない。

 だって。


「……私も、アレスに触れたい」


 そこからは互いに求め合うように貪るようなキスをしながら身体を繋げた。




     * * *




「アレス、このままではいけないと思うの」

「何がですか?」

「私はアレスに求められたら断れない自信があるわ。だから政務やお店の営業時間中は、そういうことは禁止よ!」


 翌々日の朝イチで、アレスに宣言した。

 この前みたいになってしまったら、少なくとも私は翌日まで影響が出てしまう。愛されすぎて朝に起きれなくなるのだ。政務を円滑に進めるために、ここはきちんと線引きしないといけない。


「そういうこととは、どういうことですか?」

「えっ! わかるでしょう!?」

「すみません、心当たりがありすぎてどのようなことがダメなのか検討がつきません」

「ええっ! 嘘でしょう!? 私が口で説明しなくてもアレスならわかるわよね!?」

「……申し訳ございません、絞りきれません」


 何ということなの! 今まで散々その有能っぷりを発揮してきて、ここでわからないなんて! ありえないわ!

 これは私がひとつずつ教えていかないといけないのかしら……そんな、何ていう拷問なの!!

 はっ、そうだわ。それならいっそのこと接触禁止にすればいいのでは……!


「わかったわ、それでは仕事中は接触禁止よ。これなら間違いないわ、いいかしら?」

「……承知しました」


 その日からアレスは以前のようにトレードマークの白手袋をつけはじめた。

 今まではふとしたときに触れ合う指先で、アレスの熱を感じられたのに今はその白い布に阻まれて温度を感じない。自分から言い出したこととはいえ、何だかとても寂しく感じてしまう。




 それから三日後、私は全面降伏した。


「ごめんなさい、アレス。やっぱり今まで通りでいいからその白手袋を外してほしいの」

「……わがままなお嬢様ですね」

「ごめんなさい」

「でもそんな貴女が愛しくてたまらないのです」


 いつもの大きくて温かい手のひらが私の頬を包みこむ。アレスの瞳には私しか映っていない。

 この温もりだ。これが欲しかったのだ。私もアレスに負けないくらい、貪欲に欲していたのだと認めるしかない。

 だからもう主従関係もなくしたいと、ない方がいいのではと思った。


「ねえ、いつまで執事を続けるの?」

「何言ってるんですか、辞めませんよ。天職、いえ、生き甲斐ですから」

「え、だってアレスは王太子なのよ? さすがに無理がないかしら?」

「誰がなんと言おうと、一生お嬢様だけの専属執事です」


 アレスの柔らかい唇が額に頬に落ちて、ジワジワと蝕むように熱が広がる。深いキスをする頃にはすっかりとろけた気持ちになっていた。予定していた作業は翌日に持ち越しだ。

 それでも本当に余裕がないときは、私がどんなに物欲しそうにしても決して触れてこないのだから、アレスには本当に敵わない。


 わかってる、これはもう惚れたら負けというヤツだ。

 だってもうアレスが欲しくてたまらない。アレスしか欲しいと思わない。

 だから私はこの手を、この愛をもう手離さない————




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第一部はこれにて完結です。

第二部は5月中旬以降に連載を再開いたします。よろしければフォローしていただきお待ちいただけるとありがたいです。

よろしくお願いいたします。

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