第53話 もっと俺を欲しいと言って(アレス視点)


 昨夜、ロザリアを心ゆくまで貪った俺は、すっきりした気分で目が覚めた。

 夜中に起きてロザリアがいなかった時は、危なく魔力が暴走しそうになった。魔力感知で居場所がわかったからなんとか落ち着けたけど、あれは心臓に悪すぎる。


 朝方まで俺を癒してくれたロザリアに体力回復薬を飲ませてから、レッドベリルの採掘へ出発した。毎夜しっかりとロザリアに愛を注ぎ、従来の予定通りなら楽しい新婚旅行になったはずだ。


 しかし現実はそうはうまくいってくれない。


「ロザリア様、ここは危険ですから私の手を取ってください」

「ほら、こっちの道ならロザリアさんでも歩きやすいぞ! オレの後ろについてこい!」

「大丈夫です。アレスに……」

「アレス様には周囲に魔物が現れた際にお願いしますから、ロザリア様は私たちが守ります」

「ハイレットの言う通りだな! 竜人ならこの辺の魔物も余裕だろ?」


 レッドベリルが採掘できるという山に入ってからずっと、皇太子と商会長がしきりロザリアの世話を焼いている。このふたりはいつの間にか仲良くなったようだ。そのせいでロザリアとの会話もままならない。

 俺が竜人だから、魔物が出現した際の戦闘要員と位置づけられてしまった。


 魔物の討伐はロザリアを守ることになるから問題ない。ついでだが皇太子と商会長も魔物から遠ざけるくらいはしてやる。これもすべてロザリアの望みを叶えるためだ。


 だが、それも限度がある。


「ロザリアさん、この調子なら多分三日くらいで見つけられると思うぞ」

「……三日ですか、もう少し早く見つけたいですね……」

「急ぐことはありません。ロザリア様の安全が第一ですから」

「はあ……ありがとうございます」


 三日だと? 三日間も日中はロザリアと話もできないのか? レッドベリルの匂いがわかれば、俺でも探せそうだが残念なことに扱ったことがない。

 ロザリアもこの状況にうんざりしていることだし、もっと早く見つかるようにフォローすべきだな。


「クリフ商会長、周囲の魔物を事前に片付ければ、もう少し早く見つけられますか?」

「あー、そうだな……この山の一番の難関は出現する魔物が強いことにあるからな。魔物が出ないとわかっていれば、すぐにでも探し出せる」

「承知しました。ロザリア様、少しおそばを離れますがよろしいでしょうか?」

「え? もしかして……?」


 ロザリアのエメラルドの瞳が不安げに揺れている。

 それもそうだ、今まで素材を集めてきた場所と比べて魔物のレベルがまったく違う。だが、ここで俺が魔物を狩り尽くせば、こんなふざけた状況もさっさと終わらせられるだろう。


「はい、お察しの通りです。周辺の魔物を狩ってまいりますので、十分ほどお待ちいただけますか?」

「アレスが強いのはわかるけど、ひとりで行動するのは危険よ」

「私とお嬢様は番ですから、互いにどこにいるのかすぐに察知できます。ですからひとりで迷うことはありませんし、私が魔物如きにに遅れをとることはありません」


 それでもロザリアは不安そうに俺に近づき、行かないでと言わんばかりにジャケットをキュッと掴んだ。

 どんな時でも俺の身を案じてくれるロザリアの言動に、ひしひしと愛を感じて口角が上がる。これだけで身体の奥から力がみなぎってくると知っているのだろうか?


「さっさと片付けて、早くお嬢様とふたりきりになりたいのです」


 そう耳元で囁くと、ほんのりと頬を染めて潤んだ瞳を俺を見上げる。ロザリアを不安にさせるのは気が引けるが、俺とふたりきりになりたいのは同じようだ。


「本当に、大丈夫なの?」

「もちろんです。お嬢様のためなら、この山にいるすべての魔物を狩ってまいりましょう」

「危ないと思ったら、すぐに引き返してね。必ず私のところに帰ってきて」

「承知いたしました」


 ロザリアの額に軽く口づけして、魔物の気配がある森の奥へと駆けた。

 俺が口付けした際に、皇太子と商会長がうるさくしていたがどうでもいい。そもそも他人の妻に手を出そうとしている奴らなど、理解したくもない。まあ、俺のロザリアが魅力的すぎるのは間違いないが。


 森深く入り、俺は覚醒した竜人の力を解放した。

 あふれ出した魔力に辺りの草木がざわりと揺れ、瞳は太陽の如く金色に光り、ねじれた角が現れる。背中からは鋭い爪がついた蝙蝠のような漆黒の翼を姿を見せた。


 ここまで覚醒した力を解放するのは初めてだが、その開放感にどこまでも飛んでいけそうだ。


 だけどこんな化け物のような姿を見たら、ロザリアはどう思うだろうか? それこそ種族の違いをはっきりと目にして、俺を拒絶しないだろうか?


 その考えに飲み込まれそうになるが、必死に否定した。


 ……いや、ロザリアは決してそんなことはしない。ずっとそばで見てきたからわかる。例え受け入れられなくても、理解しようとするはずだ。


 すべてを解放した本当の自分を見せることに怖気ずいている。でもひとつだけ変わらないものがあるのは確かだ。

 どんなに怖がられても、気味悪がれても、俺はロザリアを愛することをやめられない。


 気持ちを切り替えて、まだ内に秘めている潜在能力を感じつつ魔物たちの気配を探った。


 そこそこ大きな魔力の個体が百体ほどいる。これなら空からまとめて狙った方が早そうだ。

 この身を流れる竜の血が、翼の使い方を教えてくれる。俺は大きく翼をはためかせ、空へと昇る。


 周囲を見下ろせる高さまを維持して、頭上に手のひらを掲げる。手のひらから魔力を流すと、百を超える青い炎の矢が空一面に広がった。

 

「灰すら残さず燃え尽きろ」


 手のひらを魔物たちに向けて振り下ろす。青い炎の矢は意思を持ったかのように、それぞれの目的へ向かって木々の間をすり抜け獲物に突き刺さった。


 森からは断末魔の叫びが上がり、声とともに消えていく魔物の気配を確認していく。これで俺の半径五キロメートル以内は魔物が消滅した。

 念のためロザリアの半径十キロメートルの魔物を片付けて、ロザリアたちのもとへと戻った。




「お嬢様、お待たせいたしました。念のため半径十キロメートルは魔物が出ないよう処理してまいりました」

「アレス! よかった、怪我などはないわね?」

「もちろんです。さあ、レッドベリルを探しましょう」


 ロザリアはホッとした様子で、差し出した俺の右手を取った。そのままロザリアをエスコートしていると、背後で皇太子と商会長がうるさく喚き散らす。


「嘘だ! こんな短時間で魔物を倒せるわけがないだろう!」

「まさか……でも、本当に魔物の匂いがしねえぞ?」

「そんなわけがあるか! お前の鼻がおかしいに決まっている!!」

「はあ!? それこそありえねえ! 狼族の嗅覚を馬鹿にすんな!!」


 このままでは素材探しができないだろうと、ため息まじりに声をかけた。


「目的はレッドベリルの採掘です。クリフ商会長お願いできますか? ハイレット殿下は最後尾にて指揮をとっていただけると助かります」

「おう! 任せとけ!」

「む、私が指揮を取るのだな。わかった」


 これでうるさいふたりを引き離せたし、俺はロザリアをエスコートできる。これで順調に進むと思われたレッドベリルの採掘だったが、やはりレア素材のためかこの日は見つけることができなかった。




 太陽が西の山に差しかかる頃、俺たちは小川のそばでテントを張り野営することになった。

 魔物は討伐してあるので、危険があるとしたら野生の動物くらいか。それも俺が結界を張ればよほどのことがない限り、朝までぐっすり眠れるはずだ。


 テントはふたり用なので、問答無用で俺とロザリアは一緒に寝ることになった。ちなみに、俺たちのテントにだけ防音と侵入禁止の結界も張っておいたので、プライバシーは死守されている。

 狭いテントで、俺の腕の中にすっぽりと収まるロザリアの体温が心地いい。


 俺の気が変わったのは、ロザリアが「どうしてこんな面倒なことになったのか」とこぼしてからだ。魅力的すぎるからだと言っても、謙遜するロザリアをとめたくて口づけで言葉を遮った。


「無自覚なのもいいが、俺はロザリアの素晴らしさを知っている」

「そんな……そんなに褒められると、どうしていいかわからないわ」

「照れるロザリアもかわいい」


 頬を染めるロザリアの額から頬へ、そして火照った耳へキスの嵐を落としていく。

 ロザリアへの仄暗い愛が込み上げて、あっさりと俺の理性を奪い去っていった。こんなところでロザリアを抱くのはどうかと思ったが、アイツらにロザリアが誰のものなのか思い知らせるのもいいかと思い直す。


「ロザリア、もっと俺を欲しいと言って」

「アレス……が欲しい。もっとアレスが欲しい」


 そうしてロザリアと何度も愛し合い、夜は更けていった。



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