第54話 破綻する計画(ハイレット視点)


 レッドベリルを探すためとはいえ、皇太子である私が冒険者風情の真似をするのは抵抗があった。

 

 しかし出発前夜には隠密部隊から父の計画を聞き、ついにアレスを始末できると喜んだ。人の気配がしたので隠密部隊と別れ、部屋に戻ろうとしたところにロザリアが現れた。


 気分がよかったから、もうすぐ私のものになるとわからせようとしたらアレスに邪魔されたのだ。


 地面を這いつくばりながら、もうすぐ消えると知らないアレスを睨みつけた。

 この男さえいなければ、ロザリアは私のものになるのだ。この男さえ始末すれば……!


 その日は部屋に戻り、酒をあおって眠りについた。




 翌朝、レッドベリルの採掘に向かう前に、密かにシトリン商会長と密会した。


「クリフ、本当にアレスの排除に協力するのだな?」

「まあな。帝国の皇帝さんから店舗運営の許可を取り下げるなんて言われたら、従うしかねえだろ。それに、ロザリアの夫が消えてくれれば、オレにもチャンスは巡ってくる」


 父の計画ではレッドベリルの採掘で山に入ったところで、今までとは違う方法でアレスを仕留めるということだった。


 そのためには同行者である、シトリン商会長クリフの協力もあった方がより確実だ。

 しかしこの男もロザリアに好意を抱いていて、叶わぬ夢を見ているようだ。


「……まあいい、とにかく私に協力するのだぞ」


 クリフにチャンスがやってくることはないが、今はうまく駒として動いてもらうために、反論はしなかった。


 シトリン商会を後にして、そうそうに集合場所の宿屋の前にやってきた。嫌々ではあったが、憎きアレスを始末できると思ったら最後を見届けるために同行するのも悪くない。


 山に入ってからは私とクリフでロザリアを囲い、アレスをガッチリとガードした。

 途中まではうまくいっていたのだ。


 昼を過ぎた頃だったか。アレスが魔物を片付けてくると言って、ものの十分ほどで戻ってきた。


 クリフも本当に魔物がいないとこぼしていて、確かにどれほど警戒しても野生の動物が出てくるばかりで魔物の気配すらしなかった。


 父の計画が失敗したかと、様子を見ながら山の中を歩き回った。今日は素材が見つからなかったので、予定通り野営することにしたのだが。


「なぜ私とクリフが同じテントなのだ!?」

「テントは二張りしかなくふたり用ですので、必然的に夫婦である私とロザリアが同室になると思うのですが?」

「しかし専属執事など使用人同然ではないか!」

「何度もお伝えしてますが、専属執事兼夫兼王太子です。立場も理由も正当ですので問題はありません」

「ぐぬっ……!」


 クリフも同様に詰め寄っていたが軽くあしらわれ、あえなくむさ苦しい獣人と同じテントで眠るはめになった。



 獣臭くて寝不足気味だったが、起きるとクリフがアレスに食ってかかっていた。


「お前っ! 昨夜ロザリアさんと寝たのか!? こんなところで!?」

「はあ、同じテントで眠りましたが、それがなにか?」

「そういう意味じゃねえ!! ロザリアさんからお前の匂いがプンプンするんだよっ!! こんだけ濃い匂いって……くそっ、オレの番になんてことしてくれたんだ!?」

「誰が誰の番だと? それから、そんな大声で話されるお嬢様のお気持ちも考えてください。デリカシーのない男は嫌われますよ」

「なんだとっ!!」


 話の内容に私も驚いた。ロザリアに視線を向けると、顔を真っ赤にして気まずそうに俯いている。どうやら事実のようだ。


 なんだと!? こんなところに来てまでロザリアを抱くなど、なんて見境のない男なんだ!?

 私は獣人と一緒のテントで寝苦しい夜を過ごしたというのに……!


 だが、私は深呼吸した。今日アレスを片付ける計画の準備が整ったと、昨夜のうちに隠密部隊から知らせが入ったのだ。ここはアレスを山へ連れ出すために、クリフを宥めた。


「クリフ、ロザリア様を見てみろ。お前が喚くほどロザリア様が追い詰められるのだ。それよりも早くレッドベリルを探しにいくぞ」

「くっそ……!!」


 朝から腹の立つことはあったが、これも今日までだと切り替えた。

 これから山へ素材の採掘に行けば、そこですべて片付くのだ。もう少しの辛抱だと私は自分に言い聞かせた。




 昨日と同じように、クリフが先頭を歩き、次にロザリアとアレスが歩き、私が最後についていく。

 岩場を登り、草木の間を進み、小川を飛び越えて山の奥へと進んでいった。時折、隠密部隊からこっそりとサインを受け取りながら、その時を今か今かと待っていた。


「お嬢様、待ちください」

「アレス、どうしたの?」

「……おい! 魔物が来るぞ!!」


 勘のいいアレスは、魔物の襲撃ポイントのかなり前で立ちどまった。それでもあれだけの魔物で襲い掛かれば、いくら竜人でも叶わないだろう。


「えっ! バハムートよ……しかもこの数!!」

「ざっと見て二十匹くらいですね」


 そうだ、ドラゴンに匹敵するほど強い魔物に、これだけの数で襲われたらひとたまりもないだろう。

 ここがアレスの墓場になるのだ。


「おいおい! ヤバいぞ! これは素材の採掘どころじゃねえ!!」

「ここはアレス様が一番お強いですから、魔物をお願いいたします! 私たちはロザリア様をお連れし——」


 父上の計画は、アレスに魔物の相手をさせているうちに私たちがロザリアとともに退避して、安全な場所まで避難したら隠密部隊も攻撃を仕掛けて仕留めるというものだ。

 ロザリアを逃すためだといえば、きっとこの男は残るはずだった。


「大丈夫です。お嬢様、一匹一分として、二十分ほどお待ちいただけますか?」

「いいえ、私も一緒に行くわ。この状況でアレスをひとりにできるわけないでしょう」

「ですが……少々見苦しい姿になるのです」

「だからなに? そんなことで私の愛が消えることはないわ」

「……ふっ、そうですね。では一緒に行きましょう」


 予想外の展開に、慌ててロザリアを引き止める。


「待て! ロザリア様には危険すぎるだろう! 私たちと一緒に避難するのだ!!」

「避難するならおふたりでどうぞ。ここでアレスとともに死ぬのならそれも本望です」


 そう言い残して、ロザリアはアレスと一緒に魔物の方へ駆け出した。

 これは想定外だ。なぜ王太子妃ともあろう女が魔物の討伐へと向かうのだ!?


 少しも思い通りにいかない展開に、苛立ちが募る。私だけここで逃げ出すよりは、戦闘に参加してアレスが自滅するように仕向けるべきか。

 しかし相手はバハムートだ。一匹だけでも騎士団総出で討伐にあたるのだ。それが二十匹では、下手したら私がやられてしまう。


 クリフに視線を向けると、上空を見つめたまま間抜けな顔をしていた。

 いったいなにがあるというのか、私も同じく空を見上げる。


 そこには、二十匹のバハムートを手玉にとるアレスの姿があった。

 アレスの様子はいつもと違っていて、角が生えてドラゴンのような翼までついている。ロザリアを抱えたまま器用に空を飛んで、次々と青い炎で魔物たちを焼き尽くしていた。


「な……なんだ、あの魔法は? 青い炎なんて見たことないが火炎魔法なのか? それにしては威力が違いすぎる……」

「これが竜人の力なのか……すげえな」


 クリフの言葉に反論できなかった。

 確かに竜人の人智を超えた力に及ぶとは、到底思えない。しかもロザリアも変わった武器を持ち、アレスとともにバハムートに立ち向かっている。


 こんな化け物みたいな相手を、どうやって始末するというのか。

 父上の計画だけではダメだ。父上は竜人を知らないのだ。


 あの強大な魔力をなんとかしなければ、私たちに勝ち目はない。


「おい、クリフ。お前に頼みたい物がある」

「はあ? お前の頼みなんて聞きたくねえな」

「父上の計画ではアレスを始末するのは無理だ。私の計画に乗るというなら、これからいう物を用意しろ。まだチャンスはある」

「ふん、なるほどな……言えよ、オレに用意できない物はねえ」


 私はロザリアを妻にするため、大帝国を築くため、最後の賭けに出た。



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