第16話 強すぎる専属執事
魔道具の販売は順調だった。いや、順調すぎた。
先日、奥様へのプレゼントをオーダーで注文した方がお客様をたくさん紹介してくださって、かつてない量の注文が舞い込んでいた。魔道具の作成に追われていた私は素材庫を見渡して愕然とする。
「アレス、マズいわ……素材が足りなくなりそう!」
「そうですね、最近の受注量では追いつかなくなりそうです。私が素材集めに出られればいいのですが、それだと店舗の運用に支障が出ますし……」
アレスが素材集めに行くと受付から接客、魔導具の作成まで私ひとりでこなす事になる。アルバイトを募集しても誰も応募して来なくて、仕方なくふたりで回している状態だ。
素材の残量からして、いくらアレスだと言っても素材採集に一週間は必要だろう。納期の迫っている受注もあるし、その間ひとりで店を回すのは無理だ。
それならいっそのこと、ふたりで素材を集めたら半分の日数で採集できるのはないかと思いついた。
「わかったわ! ここは臨時休業にして素材集めに行きましょう!」
三日くらいなら店を休んでも、事前告知すれば納品や客足に影響はないだろう。何より久しぶりの素材集めにワクワクする。伯爵領にいた頃はよく魔石鉱山に入って自ら吟味していたものだ。
「お嬢様が同行されるのは却下です。私ひとりで充分です」
「え、どうして? 私だって採集できるし、今回は大量なのよ? ふたりで集めた方が効率がいいわ」
「採集場所は魔物も出るから危険です。私の精神衛生上、お嬢様は留守番でお願いいたします」
アレスから思いっきり反対されてしまった。確かにアレスが来た頃には素材の採集には行けない状況だったから、心配するのもわかる。だけど、すっかり昔の自分を取り戻した私はこのまま大人しくなんてしていられない。
こうなったら切り口を変えてみよう。
「アレスの幸せは私が幸せになることなのでしょう?」
「はい、そうです」
「私は何より籠の鳥のように閉じ込められるが辛いわ。それにいつもの量ならアレスにお願いするけど、今回はそれでは足りないの」
アレスは眉根を寄せて悩んでいる。命令すれば簡単だけど、私を大切にしてくれるアレスをそんな風に扱いたくなかった。
「……わかりました。外では私の指示に従ってくださいますか?」
「ええ、もちろんよ。危険は承知だしアレスの指示に従うわ」
「それでしたら私が必ずお嬢様をお守りします」
* * *
素材が転がっているのは魔物がウヨウヨと徘徊する森だったり、移動もままならない山の中だ。いつものように黒のパンツに白いシャツを着て、上からローブを羽織った。
モノによっては深い洞窟に入ったり魔物を討伐しなければならないことがある。当然危険はつきものだし、高い素材は手に入れるのにそれだけの苦労があるのだ。
だから私は自分の身を守って魔物を倒すために、さまざまな魔道具を開発していた。個人で使う物なのでこの世にふたつとないものだ。お父様のお墨付きなので、効果はバッチリである。
アレスが心配そうにするので出発前に持ち物や魔道具の使い方を説明した。
まずは魔物や魔石の魔力を感知する探索器を取り出して進路を決める。これを応用してアステル王国に眠る鉱脈を探す魔道具を作ったのが懐かしい。
ただ私が集めたデータにない魔物は感知しないので、念のため攻撃を防ぐ結界も魔道具で張っている。
「なるほど、これはなかなか素晴らしい魔道具ですね」
「お父様にもこれで許可をもらったのよ。とりあえずは魔物の攻撃も一度は防げるから即死はないわ」
「ですが、魔物の討伐の際はいかがなさるのですか?」
アレスの問いかけにニヤリと笑みを浮かべる。実はこれこそ最高傑作とも言える自慢の逸品だ。物が武器なだけに悪用されるのを防ぎたくて公表していない。
「その時はこの『魔銃』を使うわ」
ローブの下から引き抜いたのはシルバーのボディに複雑な術式が組み込まれた模様が刻印されて、グリップは黒い魔物の皮で包まれている。魔力を込めて引き金を引けば、魔力が濃縮された魔弾がボディの先にある銃口から超高速で飛び出て敵を仕留める。ある程度の遠距離でも攻撃できる優れた武器だ。
殺傷力は魔銃に込める魔力の量で調整ができる。あまり他の人の目に触れさせたくないので、腰に着けた専用ホルダーにクロスさせるように二丁の魔銃をおさめていた。
「なんというか……凛々しいお嬢様に惚れ直しました」
「えっ!? そ、そうかしら? では出発しましょう!」
アレスの熱のこもった瞳に動揺して、慌てて木々が鬱蒼と生い茂る森へ転移魔法でやってきた。ここでは主に魔物から取れる希少な水晶や、硬くて加工しやすい木材の採集をする。
「それではお嬢様、魔物があらわれたら私が対処しますのでその時は下がっていてくださいね」
「わかったわ」
それから目的の魔物を討伐しながら木材も集めていく。採取した素材は収納ポーチに入れていった。この魔道具は見た目に反してかなりの量が入るようになっている便利なものだ。
アレスの強さは私の想像以上だった。ほぼ一撃でどんな魔物も沈めていく。フォローしようかと身構えていたけど必要なさそうだったので、素材採取に専念した。アレスがサクサク魔物を倒してくれるおかげで、素材集めは順調に進んでいた。
「うわああああっ!!」
突然聞こえてきた男性の悲鳴に、アレスと顔を見合わせる。
「アレス」
「承知しました」
私の呼びかけにアレスがすぐに声の主の元へとむかった。
視界に飛び込んできたのは、三つの頭を持つ魔物ケルベロスだった。男性はボロボロの状態で今にも食べられそうになっている。
「私がケルベロスの気をそらせるわ! あとはお願い!」
「お任せください」
私は魔銃を構えて魔力を込める。ケルベロスは災害級の魔物だけど、アレスの強さなら問題ないだろう。全力で放った魔弾はケルベロスの首元にヒットした。その衝撃で私に剥き出しの敵意を放ってくる。
でも次の瞬間、魔物の敵意なんて可愛く感じるほどくらいの絶対零度の殺気がケルベロスを襲った。
「私のお嬢様に何をする気だ?」
そう言ってアレスがケルベロスに手をかざしたかと思えば、あっという間に災害級の魔物を氷漬けにしていた。
うちの専属執事が……強すぎるわっ!!
助けた男性も驚きすぎて固まってるじゃない! ああ、いけない回復しないとよね。
「大丈夫ですか? 今回復しますから、少しジッとしていてくださいね」
収納ポーチから回復魔法が込められた指輪を出して使用する。大きな怪我はなさそうだと一安心して声をかけた。
「他に痛むところはありますか? ほとんど治せたと思うのだけど……」
「あっ、ありがとうございます! それよりもすごいですね、さっきの攻撃魔法を放った魔道具を初めて見ました」
「ああ、私のオリジナルなんです。あら、貴方も竜人なのね。私ラクテウスで魔道具屋を開いてるのよ」
「そうなんですか!?」
氷漬けにしたケルベロスから素材を回収したアレスがやってきて、男性に話しかける。
「魔力は残っているか?」
「え、アレス様……?」
「ああ、そうか魔力切れでさっきの魔物に手こずってたのか」
「いや、アレス様ですよね!? スルーしないでください!」
「わかった俺が送ってやるからさっさと帰れ。お嬢様、二分だけお待ちください」
「ちょっ! アレ……!!」
あっという間に男性を連れて転移してすぐに戻ってきた。問答無用だったところを見ると、何かあるのだろうか?
「お待たせいたしました。それでは参りましょう」
「え? さっきの人は大丈夫なの?」
「大丈夫です、ちゃんと主人のところに戻してきましたから」
「そう……アレスがいいならいいのだけど」
そんなことよりも素材集めが優先だ。これからの生活に関わってくる。
そうしてアレスに手厚く守られながら、無事に素材採取は終わったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます