第17話 竜王様からの依頼


 夏が過ぎて朝晩が寒くなってきたころ、店の前に一台の馬車が止まった。侍従が手を差し伸べるまもなく馬車からひとりの男性が降りて店に飛び込んできた。

 カランカランカランとけたたましくベルが鳴り響く。


「いらっしゃいませ」


 アレスは昼食の準備でつい先ほど二階に上がったばかりだ。お客様に視線を向けると、目の覚めるような美しい男性が佇んでいた。


 透き通るような水色の髪に紫紺の瞳がキラキラと輝いている。シンプルだけど仕立てのよい服を身にまとっているから、羽振りのいい商人か高官だろうか。

 ジッと私の方を見ているので説明を聞きたいのかもしれない。接客をするためにカウンターから出て、お客様の前に立った。

 そこで少し遅れて入ってきたのは森で助けた男性だった。侍従のように側に控えたところを見ると、あの時アレスが言っていた主人がこの綺麗な男性かと理解する。


「本日は商品のご購入ですか? それとも魔道具のオーダーでしょうか?」

「〜〜〜〜っ! 君がロザリアちゃん!? 会いたかったー!!」


 そう言って私に飛びついて、ぎゅうぎゅうと抱きしめられた。突然のことに対処が追いつかない。

 私の頭の中はクエスチョンマークで埋め尽くされて、ピシリと固まってしまった。振りほどこうにも、竜人の腕力に敵うわけがなくされるがままだ。


「はああああ! なんて可憐で可愛らしいっ! ツヤッツヤの髪は細くて柔らかいし、神秘的な深い緑の瞳が奥ゆかしくて見惚れてしまうねっ!!」

「えっ、あの……」

「うわああああっ! 声まで透明感があって落ち着いていて心に染み込むとか、ヤバすぎる!!」

「は? いやいや」

「これこそ究極の癒しっ!!!!」


 さらにギュウウッと本気で息苦しいくらい締め上げられる。

 お気持ちはわかりましたと伝えたいのに、ハクハクとしているだけで声が出てこない。



「俺の番を離せ」



 地を這うようなアレスの声とともに私を締め上げていた圧迫感が消えていく。


 どうやら転移魔法で私の背後に飛んできたようだ。アレスは私の背後から腕を伸ばして、お客様の頭部をアイアンクローで締め上げていた。その光景にギョッとする。


「いだっ! いだだだだっ! わかったってば! 離したからっ! もうっ、本当に馬鹿力だな!」

「俺より強いくせに何言ってんだ。それよりもあんなに力一杯抱きしめたらお嬢様が苦しいだろうが! ていうか俺の番に勝手に触るな」


 確かに竜人のパワーは半端なくて、アレスがいかに上手く加減してくれているかがよくわかった。助けてくれたのは嬉しいけど、お客様に手荒なことはしてほしくない。


「アレス、もう大丈夫だから離してあげて!」

「……承知しました」

「はあああ! やっぱりロザリアちゃんは天使っ!! それ比べてコイツは……」

「父上。よっぽど母上に報告してほしいようだな?」

「申し訳ございませんでした」


 父上と呼ばれたお客様が深々とアレスに頭を下げている。


「この方はアレスのお父様なの?」

「はい、誠に残念ながらコレが父でございます」

「コレとかひどくない!?」

「うるさい、お嬢様に抱きついた虫ケラの分際で」

「だってー、アレスがやっと見つけた番だと思ったら、可愛いがすぎてたまらなくなったんだよ」

「可愛いがすぎるに異論はないが、俺の番に二度と触るな」


 アレスは私を守るように後ろからガッチリとホールドしている。アレスのお父様ならちゃんと挨拶がしたいけど、この腕を振りほどけない。仕方なく言葉だけでも礼を尽くすことにした。


「それはご挨拶が遅れて申し訳ございません。アレスの主人をさせていただいております、ロザリア・スレイドと申します。彼は非常に優秀でいつも助けられております」

「ふふ、いいねえ。この真面目さがたまらないねっ!」

「お嬢様……その様なお褒めの言葉、もったいないことでございます」


 アレスのお父様に対する言葉や態度は冷たいけど、ふたりのやり取りから仲のいい親子だというのは理解できた。それに普段とは違うちょっと砕けたアレスが新鮮だった。


「それではお嬢様、とりあえずアレは放っておきましょう」

「あのね、アレじゃなくてお客として来たの!」

「チッ」


 アレスの舌打ちを初めて聞いて驚くけど、お客様なら丁重に対応したい。


「それは大変失礼いたしました。魔道具のご購入ですか? それともオーダーでしょうか?」

「オーダーで。竜人の番を探す魔道具を作ってほしい。これは国からの、竜王である僕からの依頼だ」


 最後の言葉に耳を疑う。


 竜王、と言った? 聞き間違いでなければ、竜王とはこの国の王にあたる方だ。最強の竜人が竜王としてこの国を治めているのだと、この国へ来たばかりのころにアレスに聞いた。


「……アレスのお父様は竜王様なの!?」

「はい、竜王という要職に就いております。ちなみに私が専属執事でいることは王命でございます」


 要職って! 要職ってそういうことだったの!? しかも王命で専属執事を続けているの!?


 しれっと軽く流すアレスにあえて言わなかったのだと確信した。もしこの事実を知っていたら、この国の王子様を専属執事にはしておけない。強制的に魔法契約も解除していた。だけど王命なら今度は余程の理由がなければ解除できない。


 アレスに上手いことやられたわ……!!


 でもこれで初めてラクテウスに来たときの、街の人たちの歓迎っぷりにようやく納得する。

 この国の王子なら番を見つけて帰って来たとなれば、それはおめでたいことだ。今頃になってパズルのピースがはまっていくみたいに、さまざまな事に合点がいく。


「それで僕の依頼は受けてくれるかな?」


 竜王様の言葉に返答に詰まってしまう。

 番を探す魔道具。


 いつもなら要望を聞けばざっくりとした設計が浮かんでくるのに、設計の方向性すらイメージできない。力になれるなら何とかしたいとは思う。


 もし作るとなったら何から始めればいい?

 まずは竜人が番をどうやって選ぶのか調べて、それをもとに魔道具の設計をして、有効範囲の確認や実証を重ねて……そんなの下手すれば何十年とかかる。


「正直に申し上げますと、できるかどうかわかりません」

「ふむ、ではできうる限りの支援と協力を約束する。それなら問題ないだろう?」


 竜王様の眼光が鋭く光る。否と言わせない、そんな圧力を感じてアステル王国での日々が走馬灯のようによみがえる。


 ここでも私は求められるままに受け入れなければいけないのか。

 私には魔道具しかないと思っていたけど、魔道具に関わるからそうなるのか。目の前が暗くなり、世界から色が失われていくように感じた。


「父上。それは竜王としての命令ですか? それでしたらお断りいたします」


 アレスの言葉が空から差し込む光のように私の心にしみわたる。抱きしめていた腕をといて竜王様との間に庇うように立ってくれた。


「お嬢様は魔道具を作る機械ではありません。受けるかどうかはこちらで判断いたします」

「アレス……しかしこれは国の問題でもあるんだ。だからこうして僕が来ているんだよ。王子なんだからわかるだろ?」

「それなら廃嫡してください。私はお嬢様の専属執事です。お嬢様の幸せが私の幸せです。それを奪うというなら容赦しません」


 張り詰めた空気が肌に突き刺さるようだ。

 でもアレスの言葉は泣きたくなるほど嬉しかった。竜王様からの申し出なのに廃嫡してもかまわないと、私を守ろうとしてくれている。


「参ったな……私はアレスに喧嘩を売りたいわけでもないし、ロザリアちゃんに無理強いをしたいわけでもないんだ。焦ってしまったようだな。ごめん」

「何か事情があるのですか?」


 竜王様の言葉が気になって、問いかけた。この国に住んでいるのだ、できる範囲でなら協力したい。


「もうひとりの王子、カイルの番が一ヶ月前から行方不明なんだ」


 それはまさしく国家を挙げて対応するべき大事件だった。


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