第18話 専属執事のご褒美


「もうひとりの王子、カイルの番が一ヶ月前から行方不明なんだ。今はまだ事件と確定していないので情報は伏せてある」


 サラッと言い放ったけど、王子妃の失踪はそれこそ国中の騎士から場合によっては辺境伯まで巻き込んでの大捜索になるくらいの大事件だ。


「それで番を探す魔道具なのですね」

「だけど自分の番なら居場所くらいわかるだろう?」

「どうやら魔力が封じられているらしく気配を探れないんだ。カイルは今も番であるジュリアを探し回っていて、いつ暴走してしまうかわからない状態だ」


 竜人の基礎知識が足りない私にアレスが補足の説明をしてくれる。

 番の契りを交わした相手なら、身体が変化して魔力を使えば居場所くらいは感知できるようになるそうだ。


 しかし強力な結界や魔道具で魔力を封じられてしまうと気配を追えなくなり、番を求める本能が暴走して敵とみなしたものをすべて滅ぼしてしまうという。たとえ帝国の様な大国であっても焼け野原にしてしまうほどの激情が渦巻くそうだ。


「それは……できれば避けたいわね」

「古代スピア帝国の話をご存知ですか?」

「ええ、二百年前に神の怒りを買って天変地異が起きて国が滅びたと……まさか」

「ええ、その犯人が目の前にいます」

「えっ! 竜王様が!? すごく若く見えるけど……」

「成長期を過ぎると見た目は変わらないのです。それに竜人の寿命は三百歳から五百歳と長寿です」

「そんな昔のことはいいから、とにかくカイルとジュリアを助けたいんだ」


 竜王様の瞳の奥に子を想う親の愛情を感じた。竜王様はきっと過去の自分とカイル様を重ねて、心を痛めておられるのだろう。

 どこまでできるかわからない。けれど挑戦もせずに諦めたくはないし、何よりアレスの家族が苦しんでいる。


「わかりました。必ず作るとお約束はできませんが、それでもよろしければ依頼を受けます」

「本当に!? ありがとう……本当にありがとう……」


 ほんの僅かに肩を震わせて、竜王様は深く頭を下げてくれた。




     * * *




 番を探す魔道具という依頼だったけど、状況からするにカイル様の番であるジュリア様を探しだせれば解決するということだ。

 それならば人探しの魔道具という事になる。番という縛りがないなら、なんとかなるかもしれない。


 まずは協力するといった竜王様の言葉を最大限に使わせてもらうことにした。すでに受けていた受注は人手を寄越してもらい早々に仕上げて、新規の依頼はしばらくお断りするとお知らせを張りだす。


 受注分の納品が終わるころ、竜王様の計らいで王城に魔道具開発の設備の整った専用研究室を用意してくれた。状況的に時間の猶予もなさそうなので、お店はしばらく休みにしてアレスと一緒に王城に移ることにした。


 魔道具作成用のシャツとパンツに着替えて、開発の際は膝丈の白衣を羽織る。細かい薬品の調合や魔石の加工があるから、この格好が定番となった。

 私がこんな淑女らしくない格好でも、竜王様をはじめ他の竜人たちは興味深そうに見るだけで決して揶揄ったりしなかった。竜人という種族は本当におおらかで、それが嬉しかった。


 念のため人探しの魔道具でも問題ないか確認したところ、ジュリア様が見つかれば何でもいいとのことだったので、その方向で設計を考えはじめる。

 前に鉱脈を探す魔道具の開発をしたことがあったので、それを改良できないかと考えた。


「あの時は鉱物から出ている魔力の波動を辿ったのよね……これを竜人にも応用できないかしら?」


 あの時は魔道具の半径二キロメートルを対象として感知させた。魔石を板状に加工して、鉱脈のポイントが光るように設計したのだ。機械としての性能は同じでよさそうだ。


「問題は魔力を封じられた状態でも探せるかどうかよね」


 魔力以外にジュリア様だと特定できるものがないか、考えてみる。

 ……よく考えたら私には竜人の違いがわからない。これはデータ収集が必要だとアレスに尋ねた。




「竜人に違いはあるか……ですか? そうですね、私たちにとっては番かそれ以外って認識ですね」

「なるほど。それなら番はどういったポイントで認識するの?」

「ああ、それは見た瞬間に理解します」

「具体的には?」

「自分を誘うような魔力の波動と、理性を飛ばしそうになる匂いです」


 やっぱり魔力で感知してるのね。それと匂い? これは想像していなかった。五感が発達しているからこそ僅かな匂いでも感じ取れるかもしれない。


「他の人もそうなの?」

「どうでしょう。城にいる者に聞いてみるのはいかがですか? 明日は素材の調達に行きますので、今日中に協力してもらうように手配しておきます」

「うん、ありがとう」


 翌日、番を伴侶にした竜人たちに話を聞き回ったところ、やはりポイントは魔力の質とかぐわしい匂いがしたということだ。その情報から何かを読み取り個体を選別しているのかもしれない。


 他に仕入れた情報としては、竜人は番としか子を作らないということだ。唯一無二というだけはある。逆を返せば番以外とは子が作れない……?


 もしかしたら己の子孫を残すために本能的に相性のいい番を選んでいるのだとしたら、判断基準はありとあらゆる生体情報か。生体情報を増幅して同じものを拾い上げられれば、魔力が途絶えていても探せるかもしれない。

 それならば何が有効なのか試してみよう。






「お嬢様、ただいま戻りました」

「アレス。おかえりなさい」

「開発は順調ですか?」

「うーん、色々試しているところよ」


 夕日が山の向こうに隠れたころアレスが戻ってきた。頼んだ素材は一通り仕入れてくれている。その中でも素材の効果を増幅させる水晶を手に取った。


「それと、こちらの素材がたまたま手に入りました。お役に立つかと思うのですが、いかがですか?」


 アレスが差し出してきたのは、いわゆる激レア素材と呼ばれる黒水晶だ。


 通常の水晶の千倍の効果があるもので、市場には出回っておらず幻獣キマイラを倒さないと手に入らない。そもそも幻獣なんてそんな簡単に見つからないし、幻獣の討伐は騎士団を三つ集めてようやく果たせるものだ。

 驚きすぎて言葉が出てこない。


「………………っ!?!?」

「お気に召しませんでしたか? お嬢様に依頼された素材から推察すると、この素材が最適かと考えたのですが」

「確かにそうだけど! これを手に入れるの大変だったでしょう!?」


 本当に十年に一度あらわれるかどうかの逸品だ。だからリストから外していたのに、アレスはそれを汲み取ってくれたうえに入手してきたのだ。


「お嬢様のためならこれくらい容易たやすいことですが、ご褒美をいただいても?」

「もちろんよ! この素材の価値に見合うだけ褒賞を渡すわ! 何が欲しいの?」

「では、お嬢様の時間を五分だけください」

「え? 私の時間?」

「はい、それ以上は我慢できる自信がないので五分で結構です。私のためだけにお時間をいただけませんか?」


 これだけの貴重な素材を手に入れてきたというのに、ねだる褒賞が私の時間というのが理解できない。お店も上手くいっているし今回の依頼報酬も期待できるので、蓄えの中から結構なものを用意できるというのに。


「他にないの?」

「これがいいんです」

「そ、そう。アレスがそれでいいと言うなら……五分くらいいいわよ」

「ありがとうございます」


 そう言ってアレスは妖艶に微笑む。ゾクリと背筋が震えたけど引き返すには遅かった。

 書類や部品に埋もれそうになっているソファーを整えて、アレスがゆったりと腰掛ける。目の前のテーブルに砂時計を置いて、それはもうあでやかな笑顔で言った。


「ではお嬢様、に座ってください」


 指さされた場所はアレスの膝の上だ。見間違いかと思って何度も瞬きしたけど私の視力は正常だった。


「そこは……座るところではないわよね?」

「何をおっしゃるんですか、お嬢様の特等席ですよ」


 しれっと何か言っていたけど、半分くらいしか耳に入ってこない。ドッドッドッと脈打つ鼓動が次第に大きくなって耳に響く。


「お嬢様、これは私への褒賞ですよ? 仕事を頑張った従僕を労っていただけませんか?」

「わ、わかったわ……っ!」


 ゆっくりとアレスの膝の上に横向きで腰を下ろした。思ったよりも硬い感触にさらに鼓動が速くなる。すぐにアレスの左腕が私の腰をホールドして身じろぎひとつできなくなった。


「では、今から五分は私の好きにさせていただきます」


 そう言って砂時計をひっくり返す。

 そのままきつく抱きしめられて、悲鳴を上げなかった私を褒めてほしい。思いっきり私の匂いを嗅ぐアレスの鼻先が私の首筋を掠めた。


「ひぅっ」

「はあ、この匂い。堪らないな。優しくて甘い」


 今度は完全に固まって動けない私の耳元に唇をあてて、艶のある低い声でそっと囁く。耳にかかる吐息にビクッと震えれば、アレスは「ふふっ」と笑った。


「お嬢様。どんな感じですか?」

「ど、どんなって!?」

「くすぐったいですか? それとも、ゾクゾクしますか?」


 なおもアレスの唇は私の耳に触れていて、その刺激がダイレクトに脳に響いてくるようだった。たまらず背中を反らせてしまう。


「んっ、ゾ……ゾワゾワよっ!」

「へえ……なるほど。では、これはどうですか?」

「ひゃあっ」


 アレスの柔らかい唇が、私の耳を優しく挟んでいる。その中に感じる熱く湿ったものはアレスの舌。音を立てて私の耳を懐柔してゆき、耳たぶを甘噛みする。

 身体の奥から込み上げる感覚に戸惑い、それに逆らえない自分に狼狽えた。


「ア、アレスッ!」

「おや、タイムリミットですね。五分経ちました」


 あっさりと私を解放していつものようにすまし顔で佇んでいる。

 ……鼻歌まじりでえらくご機嫌な様子ではあるが。


 頭の先から爪先まで真っ赤になっていた私は、アレスを追い出してしばらく研究室に閉じこもって魔道具の開発に没頭した。


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