第19話 こなせない政務(ウィルバート視点)


 ロザリアが王城を去ってから一ヶ月後に、アステル王国内外にボクが離縁したことを発表した。各国の王子たちから本当に事実なのかと確認の手紙が何通も来ていたが、面倒だったので放っておいている。


 しかし離縁してから半年近く経つのに公にはボニータとの婚約はまだ周知しておらず、正式な場では連れて歩くことができないままだった。


「ボニータと婚約したことも発表すればよいのに、なぜ母上は反対されているのだ?」

「そうですね……考えられるのはファンク男爵の件が影響しているのではないでしょうか?」

「あれか……」


 ハルクの言葉に忌まわしい記憶がよみがえる。

 二週間前のことだが、せっかくボクが魔道具研究所の指導者に推薦したのにファンク男爵が失脚したのだ。ボニータの父親だからと拾い上げたのに、派手に顔に泥を塗られて肩身の狭い思いをした。


「あれがなければスムーズに事が運んだな。足を引っ張られた」

「ええ、本当にやられましたね。こうなったらボニータ様にも王太子妃としての役目を早々に任せていくしかないでしょう。実績を作って認めてもらうほかありません」

「うん、そうしよう。まずは簡単な仕事から戻していこう」


 現在は王太子妃が不在のためボクがすべて処理をしていた。でもふたり分の政務など完璧にこなせるわけもなく、後回しにしたものが山のように積もっている。しかもボクがひとりで進めた政策に対して各方面から意見書や苦情が届いていてその対応に追われていた。


 ボクの執務室は書類に埋もれ、事務官も増員しているが追いついていない。ロザリアがどの様に処理していたかもう知る術もなく、正直限界が近かった。だからハルクの提案に現状がマシになるとホッとしたのだ。




     * * *




「ボニータ、どういうことだ? もう一度言ってくれないか?」

「こんな難しいお仕事は私には無理です! お腹に赤ちゃんもいるし、ゆったりと過ごしたいの! ウィル様の方で終わらせてください!」

「難しい……? ハルク、一体どんな仕事をボニータに渡したのだ?」

「手配したのは城内の陳情書です。城内で調整していただければほぼ終わるものばかりだったのですが……」


 確かにボニータの腹は大きくなってきていたが、頼んだ仕事は難しい内容ではない。要望を聞いて、必要なものを手配するだけだ。多少の調整はあるがボニータがボクの寵愛を受けていることは城の者は知っているし難しいことはないだろう。


「そ、そうか。ボニータ、この部屋を見てもわかると思うが君に頼みたいんだ。ボクたちもこの状況だからな」

「そんな! ウィル様、ひどいです……! 妊娠中って色々大変なんですよ!? それなのに私に仕事させるなんて……大切にしてほしいのに!」


 大きな青い瞳から大粒の涙をこぼしてボニータが訴えてくる。

 そう言われてはボクとしても何も言い返せない。子を腹の中で育ててる間はなんとか凌ぐしかないようだ。事務官をさらに増員させて処理するしかないとため息を吐いた。


「わかった。それはこちらで処理しよう。ボニータすまなかった。下がってくれ」

「えっ、せっかく来たんだしお茶くらい飲みましょう? ウィル様もお疲れでしょう?」

「いや、今は時間が惜しい。しばらくはお茶の時間もむずかしいと思う」

「どうして!? やっぱり私のことなんて大切じゃないのね! ずっと我慢してたのに……寂しくて死んじゃうわ」


 何故だろう、ボニータの言っている意味がよく理解できない。

 あんなに愛くるしく可愛い存在で、日々膨らんでくるお腹にも愛情を注いできたのに、今は別の生き物のように感じた。

 これ以上政務が滞ったら国政に影響が出てしまうのだ。この現状を目にしても、なおボクの時間を欲しいというのか?


「ボニータ、今は君の分も政務をこなしているんだ。とても余裕はない。理解してくれないか?」

「うううっ……私だってひとりの時間が寂しくても我慢してるのに……ウィル様はこんなに冷たい人だったの!?」


 まったく話の通じないのは妊娠中だからだと、何とか自分に言い聞かせて三十分だけお茶の時間につきあった。途端に笑顔になったボニータを複雑な気持ちで眺めていた。





 あれからも政務は減ることなく積み重なっていくばかりだった。

 ボニータはほぼ毎日やってきて、ボクをお茶に誘って一時間も無為な時間を過ごすハメになっている。一度きつく叱ったら大泣きされて、その日はそれ以上仕事ができなくなってしまったのだ。それを考えれば大人しくお茶に付き合って帰ってもらうのが一番だった。


「それでね、ウィル様のもっている装飾品に合わせて私も対になるようなアクセサリーが欲しいの! 今度一緒に選んでもらえないかしら?」

「ああ、政務がひと段落したらな」

「まあ! ありがとうございます! やっぱりウィル様は優しいわ」


 そう言ってニコニコと笑っているボニータが、前はとても可愛らしかった。ボクに甘えて頼りにされていると自分の自尊心が満たされていた。

 でも今では机の上に積み重なっていく書類ばかりが気になって、ボクの時間を無駄に奪っていく害虫のように感じている。しかも話す内容はドレスが欲しいだの、装飾品が欲しいだの金を使うことばかりだ。

 すでに婚約者に使うための予算もないと伝えたのに、まだあれこれ要求してくる神経がわからない。

 本当にこの女を妻にして大丈夫なのかと、今更だが強い不安を感じていた。


「ボニータ、子が産まれたら王太子妃としての責務を果たさねばならないのはわかっているな?」

「もちろんです! まずはしっかりと勉強して、ちゃんとやりますわ!」

「ああ……頼んだぞ」


 そういえば、妊娠中は眠くなって覚えられないと、王太子妃教育もストップしたままだったと思い出す。

 この状況がいつまで続くのかとウンザリしはじめていた。




     * * *




 ファンク男爵が失脚してから一ヶ月が経ち、事務官を追加してなんとか政務をこなしている状況だった。

 お腹の大きくなったボニータからの要求は子が産まれてからだと先送りにして受け流していた。前回休んだのはいつだったか思い出せないほど、ひたすら政務をこなし続けている。

 そんな擦り切れるような毎日の中でボクの心を打ち砕くような出来事が起きた。


「ハルク、この書類は処理が済んだから母上の方に回してくれ。こちらは会計部門に頼む」

「承知しました」


 ハルクが決裁済みのボックスに書類を入れようとしたときだ。

 近衞騎士が五名ボクの執務室になだれ込んできた。険しい表情を浮かべた騎士たちは、室内を見回すと呆気に取られていたハルクとゴードンの前にツカツカと進んでいく。


「ハルク・カスペール! ゴードン・セリエ! 両名は王族に対しての不敬罪により捕らえる!! 大人しくついて参れ!!」

「な……何だと!? 何かの間違いではないのか!?」

「ウィルバート殿下、これは国王命令であります。間違いではありません」


 こうして話している間にも、ハルクとゴードンが騎士たちに拘束されている。ふたりとも困惑した様子で少しの抵抗を見せたが、ふたりの騎士に取り押さえられてしまった。


「そんな、ハルクもゴードンもわたしの側近だぞ。何かの間違いだ!」

「殿下、きっとこれは何かの策略です」

「俺だってちゃんと命令通りにしています!」

「わかった、ボクもすぐに父上と母上に確認してみる」


 ハルクとゴードンは項垂れながら執務室から連れ出されていった。


 こんな状況なのに不敬罪で捕らえるなど、父上は何を考えているのだ!? ギリギリで政務を回しているのだぞ!

 まったく今日はボニータが来なくて清々していたのになんという日だ!!


 ボクは開け放たれた扉から国王の執務室へと向かった。こんなことで時間を取られて、苛立ちに視界がチカチカしはじめる。

 それでも一刻も早く事実確認をしたくて、先を急ぐのだった。


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