第20話 竜人にとって番とは


「できたわっ!!」

「お嬢様、おめでとうございます!」


 やっと試作品が完成した。アレスが持ってきてくれた黒水晶のおかげで、役に立たなかった身体の部位で竜人の特定ができるようになったのだ。


「アレス、試したいから協力してくれる?」

「もちろんです」

「それでは悪いけど毛髪を一本もらえるかしら?」


 私はアレスの艶のある黒髪を一本もらい、魔道具の読み取りプレートに挟んでセットする。それを魔石板に差し込んで魔力を流し込んだ。


「いいわ、好きなところに転移して。転移したらすぐに魔力封じの腕輪をつけてね」

「かしこまりました。では」


 毛髪は入手が簡単だけど水晶では検知できるまでにいたらず諦めていた部位だ。血液などの体液なら水晶でもできたけど、すでにいない人を探すのには使えない。黒水晶のおかげで問題点が解決したのだ。


 アレスが転移魔法で移動したのを見届けて、魔石板に視線を落とす。中心にあった青く光る点が一瞬消えて、画面の右上にあらわれた。

 その青い点を目指して王城の中を突き進んでいく。




「ここにいるはずなんだけど……」


 青い点は王城の庭園で光っていた。魔石板の左横のボタンを押して表示範囲を調節していくと、また私から離れていく。また青い点に向かって進むと、竜を模したデザインの噴水の前でアレスが佇んでいた。


 水飛沫を背景に太陽に光を受けるアレスに思わず見惚れてしまう。ずっと見ていたいような美しい一枚の絵画のようで、とっくに見つけているのに声をかけられなかった。


「問題はなさそうですね」

「あ……鉱脈探しでも使っていたからよ。念のため他の人でも試したいわ」

「承知しました。手配いたします」


 見惚れていたのを誤魔化すように会話を切り上げた。おかしい……アレスに密着されたわけでもないのに心臓がバクバクしている。

 前は密着したときだけドキドキしていた。それが今ではふとした拍子に反応するのだから、この数ヶ月でアレスを見たらドキドキするように刷り込まれたのかもしれない。


 まんまと策にハマったような気がしなくもない。でも確かに身体は反応しているけど、これが愛してることになるのかわからない……どうしたらそう判断できるのかしら?


 そんなことを考えつつ魔道具のテスト使用を問題なく終えた。アレスに頼んでジュリア様の毛髪を手に入れ準備を整えたうえで、竜王様に報告しにいくことになった。




「もうできたの!? 依頼してからまだ二週間だよ!?」


 竜王様の執務室は山積みの書類があふれかえり、目の下に隈を作った事務官が三人いて驚きに目を見開いていた。何やら青ざめた顔をしているのは気のせいか?


「はい、アレスのおかげです。それでは、私はこれで……」

「よし! じゃぁ、カイルに合流しよう! このまま転移しちゃうね。アレスはロザリアちゃんを守るんだよ」

「言われなくても承知している」

「ええ!? 魔道具作ったら終わりじゃないんですか!? ちょっと待って、せめて着替えを————」


 私の訴えも虚しく、魔道具開発用の見窄らしい格好のまま竜王様の転移魔法が発動される。視界が真っ白に染まる瞬間に見えたのは、竜王様を引き止めようとする事務官の方々だった。


 ごめんなさい、こうなるなんて思ってもみませんでした。本当にごめんなさい。

 届かない謝罪を心の中で繰り返すばかりだった。




     * * *




 白い光が収まると、いつもより暖かい風に私の髪が揺れて白衣がはためいた。気がつけばアレスの腕に抱きしめられていて、あわてて距離を取る。


「つ、着いたのね! ……ところでここは何処かしら?」

「ここはブルリア帝国の帝都だよ。カイルはここにある別邸を拠点にしてジュリアを探しているんだ」


 竜王様は迷いなく街を進んで、帝都のはずれにある古びた屋敷に足を踏み入れた。見た目とは裏腹に内部はしっかりと手入れされていて、華美さはないが落ち着いた家具や色合いでまとめられている。


 二階に続く階段を上がり、突き当たりの部屋を竜王様がノックする。けれども返事はなく、そっと扉を開ければ左奥にあるベッドで眠っている人がいた。


 擦り切れてボロボロの服を身にまとい、毛布すらもかぶらずベットの上に身を投げたまま眠っている。水色の髪はくすんでボサボサだった。


「カイル、起きなよ。魔道具が完成したんだ」


 その一言でパチリと目が開き勢いよく飛び起きる。


「できたのか!? それで魔道具は!?」

「はい……これです」


 夕日のような橙色の瞳をギラつかせて、私から奪うように魔道具をひったくる。


「こらっ! カイル、ちゃんとお礼を言わないとダメだろっ!」

「ジュリアがこれで見つけられるのか! これはどうやって使うんだ!?」

「魔力を通せばすぐに使えます。魔石板の中で光る青い点が、捜索対象者です」

「はあ!? 魔力を通しても何にもならねえぞ!! 不良品か!?」


 血走った目のカイル様がギロリと私を睨みつける。竜王様が慌ててなだめようとして、アレスは私の腕をそっと引いてカイル様に絶対零度の視線を投げつけている。


「ちょっと、カイル! 落ち着いて!」

「お嬢様は私の後ろに下がってください」


 私に食らいつきそうな勢いでカイル様が向かってきたところで、いきなり後方に吹っ飛んでいった。さっきまで眠っていたベッドの柱に背中を打ちつけて、床に転がるように倒れ込んで呻き声をあげている。

 アレスがしっかり守ってくれたので、私は触れられることすらなかった。


「がはっ……」

「落ち着けと言っているでしょう、カイル」


 少し低めの落ち着いた声の主人は魔道具を手にして凛と佇んでいる。カイル様を吹っ飛ばした右足をそっと下ろしたのは見なかったことにした。

 腰まである黒髪を後ろでひとつに束ねた暖かみのある橙の瞳をした長身の女性が、優しく微笑みかけてくれる。


「貴女がロザリアね? 私はサライア、竜王様の妻よ」


 その優しげな微笑みがアレスとよく似ていた。まるで騎士のような格好だが、それがまたよく似合っていて思わずポーッとしてしまう。

 我に返って慌てて淑女の礼をとった。


「はっ、ご挨拶が遅れました、ロザリア・スレイドと申します。お初にお目にかかり恐悦至極に存じます」

「えっ、僕のときよりものすごく丁寧なんだけど!?」

「まさかお嬢様が母上に心奪われるとは……」


 連れのふたりが何やら落ち込んでいるけど、気にしていたら話が進まない。先程のカイル様の様子から一刻も早くジュリア様を見つけた方がよさそうなのでスルーした。


「ふふっ、可愛らしい方ね。私の方こそカイルを抑えるのに付きっきりでごめんなさいね。こんな形だけれど会えて嬉しいわ」


 そこでダメージから回復したカイル様が会話に割り込んでくる。サライア様は微笑みから一転、凍りつくような視線を起き上がったカイル様にむけた。


「っ、母上っ! いきなり蹴り飛ばさないでくれっ!」

「その前に己の言動を振り返りなさい。この娘はアレスの番よ。死にたいのかしら?」

「あっ……いや、その……あー、ダメだ。余裕なさすぎて、申し訳ない」


 そう言って素直に私に頭を下げてくれた。どれほどの苦悩があるか想像しかできないけど、それだけ必死なのだろう。


「いえ、大丈夫です。ただ、この魔道具は代わりがございませんので、慎重に扱っていただけると嬉しいですわ」

「そうか、わかった。あ、自己紹介もまだだったな。もう知ってると思うけどカイルだ、よろしくな。それから魔道具を開発してくれてありがとう」


 なんとなく素直な方なのだと思った。そして竜人にとって番とはとても大きな存在なのだと肌で感じる。

 竜王様もサライア様のことでスピア帝国を滅ぼしたという。それ程までに必要な存在なのだ。


「アレスの大切な人たちのためなら何てことないです。さあ、ジュリア様を探しに行きましょう!」

「っ! ああ、頼む!」



 アレスにとっても私はそんな大きな存在なのだろうか?

 そうだとしたら嬉しい、と感じる。


 ずっと側にいてくれて惜しみなく愛を注いでくれた。あまりにも渇いて麻痺していた私の心は、いつのまにか色々な感情であふれている。

 いつまでも目を逸らしていられない。

 今回の事件が片付いたら、恥ずかしがらずにちゃんと考えてみよう。



 魔道具は使い慣れている私に操作して欲しいと戻され、そのままジュリア様の捜索に加わることになった。


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