第15話 専属執事のジェラシー


「……暇ね」

「そうですか? 私はお嬢様を眺めているので忙しいですが」

「……他にやることないの?」

「今はお嬢様を堪能する時間でございます」

「…………」


 開店から二週間お客様は誰ひとりとしてやって来なかった。その間に展示用の魔道具は二十種類を超えるほど用意できてしまった。


 まずいわ……このままでは潰れてしまうわ。今まで作る方ばかりで商売としてはあまりタッチしてこなかったから、実際にどうしたらいいのかわからないわ!


 伯爵家のときはお父様が、王太子妃の時は専門知識のある文官に任せていたのだ。書類でこなす仕事と実際の店舗運営では勝手が違いすぎた。


「どうしましょう……このままでは食事がパンとスープだけになってしまうわ。一体何がいけないのかしら……?」

「お嬢様、お申し付けいただければ私がお手伝いいたします」

「本当? それならお願いできる? 作るのは得意なんだけど、売るのがこんなに難しいとは思っていなくて……」


 本当に困った時はすぐにアレスが必ず助けてくれる。ろくな給金も払えていないのに、申し訳なくてたまらない。


「それでお嬢様の笑顔が見られるなら、容易たやすいことです」


 そんな風に優しく微笑まれると、キュンと胸が締めつけられる。


「では販売戦略の目星はついてますが、念のため調査してまいります」

「ええ、気をつけてね。いってらっしゃい」


 扉に向かって歩くアレスに、カウンターの中から声をかけた。実家ではこうして見送るお母様を目にしてきたので、私にとっては自然な流れだ。

 アレスはピタリと動きを止めてゆっくりと振り返る。


「……もう一度お願いします」

「え?」

「今の、もう一度お願いします。見送りがこんなに嬉しいとは……思いませんでした」

「そう? いってらっしゃい、アレス」


 頬を染めて嬉しそうに微笑んで出ていったアレスが、ほんの少し可愛くみえた。




 アレスが出ていって三十分後、記念すべき瞬間が訪れた。


「あの……ここ、魔道具屋であってますか?」

「はっ、はい! ようこそ!」


 ついに、ついに第一号のお客様がやってきた! 慌ててカウンターから出ていってご用件を伺う。そういえば、こういう接客というものも初めてのことだ。

 それでもコミュニケーションなら貴族社会で鍛えてきたから大丈夫だと自分に言い聞かせる。


「魔道具をお探しですか?」

「ええ、この街は魔道具を取り扱っている店がなかったから、諦めていたんだけど……保冷機が欲しいのよね。置いているかしら?」

「はい、もちろんです! 一般的なサイズでしたらすぐにご用意できます。イレギュラーなものはお時間をいただければご希望のサイズでお作りします」


 保温機に並んでヒットした私が開発した商品だ。これは暑い時期にアイスを最後まで溶かすことなく食べたいと言った弟のために考えたものだった。

 ドロドロに溶けたアイスを前に涙ぐんでいた幼い弟が可愛かったと思い出す。


「えっ、そんなことできるの?」

「はい、私が開発した商品ですから多少の融通はききます。どれくらいの大きさをご希望ですか?」

「ウソ! 本当に開発者なの!? すごい……アレス様の言ってたこと本当だったわ……」

「アレスの紹介ですか? それならオーダー料金も割引いたします」


 そんな感じで結局はオーダーで様々なサイズの保冷機をご注文いただいた。


「他の人にも声かけてみるわね。帝国出身の人やカルディア王国出身の子もいるから」

「本当ですか! ご紹介であればオーダー料金は割引するとお伝えください!」


 アレスが上手いこと話をしてお店に誘導してくれたようだ。

 そうか単に認知度が低かったのか。それにこの国の竜人じゃなく番としてやってきた人たちなら、魔道具の利便性を理解しているから欲しいものがあれば購入してくれる。


「うん、うちの専属執事が優秀すぎるわ」


 アレスが戻ってくるまでにもうひとりのお客様がやってきて、こちらは既製品を購入してもらえた。


 この日からじわじわと客足が伸びていき、やがて番を喜ばせたい竜人たちが商品を購入していくようになった。こうしてラクテウス王国に魔道具が急速に普及していった。




     * * *




 開店から三ヶ月が経ち、魔道具屋ロザリーの売上は順調に伸びていった。これもアレスの販売戦略が的確だったおかげだ。

 オーダーメイドの受注も増えてきて、毎日忙しくしている。

 アレス曰く。


「お嬢様のお見送りのおかげでです。アレのおかげでいつも以上のパフォーマンスができました」


 だそうだ。よくわからないけど、結果的に大成功だったみたいだ。

 次も何かあれば見送りくらいしてあげようと思う。


「いらっしゃいませ。本日は何をお探しですか?」

「アレス様、オーダーで頼みたい魔道具があるんです。ロザリア様と話したいんだけどいいですか?」

「少々お待ちください。ロザリア様、今大丈夫でしょうか?」

「オーダーね? はい、もちろんですよ。どのようなものをご希望ですか?」


 最初の受付はアレスに頼んでいるけど、オーダーとなると私が直接聞かなければ受注できない。

 この日も番を喜ばせたい竜人の方が、奥様のために真剣に悩みながら心を込めた逸品を選んでいた。


 その真剣に悩む様子に、一途な想いを感じられ笑みがこぼれる。きっと素敵なご夫婦なのだろう。こんなにも愛されて奥様は幸せだなとしみじみ思っていた。


「それでは、この内容で注文します。いつ頃出来上がりますか?」

「かしこまりました。納期は二ヶ月いただきたいのですがよろしいですか?」

「二ヶ月か……一ヶ月半は無理でしょうか?  緑夏りょくかの月の十三日が妻の誕生日なので、前日までに間に合いませんか?」

「そうだったのですね。それなら何がなんでも間に合わせますわ」

「ああ、ありがとうございます! よろしくお願いします」


 そう言ってがっしりと握手をかわす。よほどサプライズで喜ばせたいのだと、こちらまで笑顔になった。

 オーダーの相談が長引いていたので、そのお客様が帰ると閉店の時間になっていた。


 説明のために出していた見本品を片付けようとカウンターの中に戻って、いつものようにアレスに労いの言葉をかける。アレスは珍しく無表情で私の隣に立った。


「アレス、今日もありがとう。最後のお客様ったら、よっぽど奥様を喜ばせたいのね。可愛らしくて……」

「お嬢様。彼はすでに番がおります」

「ええ、そうね。だから、あんなに必死で可愛いじゃない」

「お嬢様」


 アレスがいつになく真剣な表情で、私を見下ろしている。

 夜空の瞳にはいつもの穏やかな光はなかった。


「アレ……!?」


 アレスにキツく抱きしめられて最後まで名前を呼べなかった。


「お嬢様は……ああいうタイプが好きなのですか?」


 掠れる声が切なく震えている。こんなアレスは初めてだ。


「それなら私が変わります。お嬢様に愛してもらえるように、どんな男にもなります。だから絶対に他のヤツには渡しません」

「ちょっと、待って! 何の話?」


 何だかアレスの様子がおかしい。なぜ好きなタイプの話になって、アレスが変わると言っているのかわからない。


「……いつもより優しく微笑んだうえ可愛いと他の男を褒めてました」

「ええ、奥様に一途で一生懸命だったから」

「……っ、ですからそういう男が好ましいのではないですか?」

「一途な人ってこと?」

「そうです」

「竜人ってみんな番に一途よね?」


 だからこそ誤解を招かないように、距離感も気をつけている。最初にアレスが教えてくれたことだ。


「当然です! 私だって何よりもお嬢様が大切です! はっ、ではあの男の顔が好みなのですか!?」

「違うわよ!」


 確かに竜人は顔の造りが整っている人が多いけれど、私の好みかと言われればそうではなかった。


「あの男にあんなに優しく微笑んでいたではないですか! 私も可愛らしくなればあんな風に微笑わらってもらえるのですか!?」

「アレスは美形でカッコよすぎるからドキドキするのよ!」


 こんな至近距離でそんな必死に縋るように見つめないで。いつもの余裕気なアレスと違うから、さっきから壊れたみたいに心臓がバクバクしている。


「…………そうなのですか?」

「そ、そうよ……」

「申し訳ありません。他の男を褒めるお嬢様を見たら嫉妬する気持ちが抑えられず……夕食を用意してきます」


 耳まで真っ赤にしたアレスは逃げるように二階へ上がっていった。

 残された私は「そんなアレスの方が断然可愛いわよっ!」と身悶えながら片付けに専念した。


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