第43話 ロザリアの望みなら(アレス視点)


「アレス殿下! こちらにいらっしゃったのですね!」

「……セラフィーナ皇女。なにかご用ですか?」


 ロザリアのためにシャンパンを取りにきたところで、嫌な女に出くわしてしまった。この女はロザリアの心に害しか及ぼさない害虫なので、口を利くのも面倒だった。


 だけど、今日はあいにくラクテウス王国の王太子として参加しているし、ロザリアの魔道具の販路拡大のために下手な態度を取れない。


 俺の態度が原因でロザリアの仕事を邪魔したくなかったからだ。まあ、言い方が若干端的なのは許容範囲だろう。話しかけるなと言わないだけマシだ。


「実は、お兄様がロザリア妃殿下にお話があるそうなので、その間はわたくしがアレス殿下のお相手をするようにと言われたのです! アレス殿下、よければ一緒に踊っていただけませんか?」

「……ロザリアとハイレット殿下がどのような話をすると?」

「わたくしはよく存じませんわ。でもしばらくお時間がかかるということでしたの。あ! もしよろしければ、バルコニーや庭園でゆっくりされますか? わたくしが案内いたしますわ!」


 うるさい女の喚き声はスルーしながら、ロザリアに近づくハイレットについて考えた。

 きっとアイツはロザリアを狙っている。


 穏やかそうな笑顔の下で、虎視眈々と獲物を手に入れるために牙を研いでいる目をしていた。俺がそうだったからよくわかる。同類の匂いがするのだ。


「アレス殿下……? そ、それにしても今日のお召し物も本当に素敵ですわ! アレス殿下の瞳のお色と同じで神秘的ですのね。わたくしも同じ色にすればよかったかしら……今度デザイナーに作らせますわ!」

「セラフィーナ殿下には淡い色が似合うと思います。ピンクやオレンジ、アイスブルーもよさそうだ」

「まああ! 本当ですか!? 実はいつも着ているドレスはそういったお色ですの! さすがアレス殿下……いえ、アレス様ですわ、見る目がありますのね!」


 本当はロザリアが持っていないドレスの色を言っただけだ。ロザリアのドレスはほとんどが俺の衣装と色を揃えてあるから、これで変に被ることはないだろう。ロザリアならどんな色のドレスも美しく着こなすだろうが、やはり自分の色で染め上げたい。


「セラフィーナ殿下はこれから嫁がれる方ですから、言葉遣いは大切だと思います。ですから俺のことはアレス殿とお呼びください」

「ええ! でも……なんだか他人行儀ではございませんか?」

「ここで耐えるからこそ、親しい呼び方になった際に喜びがあふれるのです」


 これは実体験だ。ずっとお嬢様やロザリア様と呼び続けていたが、想いが通じたあの日勢いに任せてロザリアと呼んだ。心臓がはち切れそうになっていたけど、どうやってもロザリアを自分のものにしたかった。


「そうなのですか……そうですわね。ええ、わかりましたわ、アレス殿下!」

「では妻が気になりますので、これで失礼いたします」


 ロザリアの心に害をなす女のくせに馴れ馴れしく俺の名を呼ぶなど、誰が許可するものか。御しやすい女を前に俺は冷酷な笑みを浮かべた。


 それから急いでロザリアのダンスが見える場所まで移動した。

 何組ものカップルがダンスホールで踊っているが、一瞬でロザリアを探し出す。ロザリアの表情を見れば、どんな気持ちで踊っているのかすぐにわかった。


 あれは心から楽しんでいる顔ではない。社交の場だから笑みを浮かべているだけだ。ダンスだってロザリアのよさを活かしきれていない。時には大胆に、時には繊細にステップを踏まなければ、彼女の内面は表現しきれないのだ。


 俺の番だというのに、ロザリアは非常に人気がある。

 どこに行っても恋情のこもった視線を送られるのだ。あれだけ美しく、聡明で穏やかな人柄なのだから仕方ないのだだが、本人はまったく気が付くことはなく俺だけを見つめてくる。


 それはそれで嬉しいが、俺のロザリアに熱い視線を送られるのはやはり気に食わない。今だって、ハイレットが踊りながらギラギラした瞳でロザリアを見つめていた。


 この場で喉元を掻っ切ってやりたい衝動が込み上げてくる。だが、国際的な社交の場だからグッとこらえた。


 父上に限らず、竜人が外交をしない理由。

 それは外交をしなくても暮らしに困らないのはもちろんだが、もうひとつ。


 この狂気あふれる独占欲があるから、外交などしないのだと理解した。


「アレス殿下! やっと追いつきましたわ……!」

「……もう用は済んだと思いますが?」

「いえ! アレス殿下をおひとりにする訳にはまいりません。よろしければ、わたくしと踊ってくださいませんか?」


 先ほどスルーしたのに懲りずに俺に提案してくるとは、随分と図太い性格のようだ。


「あいにく、妻以外の女性と踊る気はないのです」

「そんな! ロザリア妃殿下だってお兄様と踊っているのに……」

「おそらく、なにか政治的な理由があったのでしょう」

「政治的……? よくわかりませんけれど、わたくしだってお役に立てるはずですわ! なにがお望みなのですか?」


 この女にこちらの目的を言っていいものか逡巡する。うまく利用すれば、ロザリアの願いを早く叶えられるかもしれない。それなら——


「では人をご紹介いただきたい。顔つなぎしてくださるだけで結構です。あとは自分たちでどうにかしますので」

「それくらいならなんでもありませんわ! ではわたくしとダンスを踊っていただけたら、アレス殿下のお望みを叶えましょう」

「なるほど……」


 ロザリアもハイレットから似たようなことを言われたのだろう。

 ならば、俺がこの女とダンスを踊ったところで、ハイレット以上に役に立つものは得られない。


「それなら今の話はなかったことにしてください。もうダンスも終わりますので」


 あんぐりと口を開いたセラフィーナを置いて、俺はダンスフロアへと足を進めた。




 くるりと回転したロザリアのライトブラウンの髪がなびき、俺を誘うように引き寄せる。他の男に抱き寄せられるのを歯を食いしばってこらえ、ダンスの終わりと同時に奪い返した。


「ロザリア、迎えにきた」

「アレス!?」

「これは……失礼、ロザリア様がおひとりでしたので勝手ながらダンスにお誘いしました」

「あの、アレス、これは理由があって……」

「うん、わかってる。そんなの顔を見ればすぐにわかる」


 ホットしたロザリアの様子から想像すると、きっと俺に黙ってダンスに応じたから罪悪感を感じていたのだろう。


 そんなの気にする必要などないのに。

 自ら望んでいるのかどうかなんて、見たらすぐにわかるのに。


 そんな風にロザリアを連れ出したハイレットは無視して、安堵したロザリアの肩を抱き寄せた。


「それで、どういった条件でダンスに応じたんだ?」

「え? そんなことまでわかるの?」

「……何年ロザリアのそばにいると思っている」


 ここでハイレットに視線を向けると、悔しそうに眉を寄せていた。そして俺を睨みつけながら口を開く。


「ダンスを踊ってくださったら、ロザリア様の願いをひとつ叶えるとお約束したのです」

「ほう、なるほど。ロザリアのダンスには、それほどの価値があるということですね」

「そんなことないわ。両国が友好だと周知したくて、気遣ってくださったのよ」

「……ロザリアはそう受け取ったんだな」

「え? なにか違うの?」


 ハイレットの瞳から光が消えている。まあ、気持ちはよくわかる。俺だってロザリアと愛を交わすまで十年近くかかったのだ。それくらいロザリアは他者からの好意に疎い。


「まあ、よろしいでしょう。ではロザリア様の望みをお聞きしたいので、場所を変えましょう」


 そして俺たちはロザリアの願いを叶えるべく、ハイレットの先導でバルコニーへと移動した。



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