第57話 反撃開始(アレス視点)
レッドベリルを手に入れたら、竜人である俺の転移魔法ですぐに新婚旅行に切り替えるつもりだった。
ロザリアがもう帰りたいと考えているのはわかっていたが、せっかくの機会だし誰にも邪魔されず新婚旅行というものを経験してみたかった。
しかし皇太子と商会長に引きとめられて、一晩お世話になることにしたのだ。だがそれが判断を誤ったのだと気付いたのは、晩餐の後だった。
メイドが用意したお茶を口に含むと、わずかにピリッとした刺激と独特の酸臭がした。竜人は毒を飲んだところですぐに解毒してしまうので、飲んだところでどうということはない。
メイドが逃げ出さないように、密かに結界を張ってからお茶を飲み干した。いつまで経っても変のない俺に、メイドがそわそわしはじめる。
「俺に毒は効かない。誰の差金だ」
一瞬でメイドの顔が青ざめた。だいたい想像がついているが、情報が拾えればいいくらいに思っていた。
「なんのことでしょうか? もしかしてお茶がお口に合いませんでしたか?」
「人間にとっては無味無臭の毒かもしれないが、竜人は味覚も嗅覚も獣人以上だと知らないのか」
「……っ!!」
しまったというようにメイドが顔を歪ませた。慌てて逃げ出そうとするが、いくらドアノブを操作しても開かない扉に絶叫する。
「お願い! ここを開けて!! 失敗したの! ねえ、そこにいるんでしょう!? 開けてよーっ!!」
「無駄だ。防音と遮断の結界を張ってある」
「そんな……」
力なく座り込むメイドは真っ青になって、ガタガタと震えていた。
「誰がお前に命令した?」
「……い、言えません。言ったら弟が殺されるんです!」
「そうか、人質に……」
まあ、あいつらのやりそうなことだなと、妙に納得してしまった。ロザリアなら、人質に取られている弟も助けようと言い出だすなと考えていた。
「お願いします! どうか見逃してください!!」
そう言ってメイドが俺の足にしがみついてきた。弟を助けたくて必死に縋ってきていると、思っていた。
次の瞬間、足首の辺りでカチリと金属が嵌め込まれた音がした。途端に魔力が放出できなくなり、俺の張った結界もパリンッとガラスが割れるように消え去る。
立て続けに囚人用の捕縛魔道具が使われて、俺の身体は縛り上げられ膝をついた。
「やった……やったわ!! 竜人を捕まえたわ!!」
メイドの言葉を皮切りにして、騎士たちがドカドカと遠慮なしに部屋に入ってくる。
「やったのか! 竜人を捕まえたんだな!!」
「これでこの男を処分すれば、帝国はより強大になる!」
「おいおい、屋敷で処分するのはやめてくれよ。片付けが面倒くせえ」
騎士と一緒に商会長が顔を見せた。
なるほど、皇太子と商会長が手を組んでいたか。ならば狙いはロザリアしかない。
「じゃあ、あとは頼んだぞ。オレはロザリアを番にしてくる」
そう言って商会長はさっさと部屋から出ていった。
ロザリアの気配を探ろうにも、魔封じの魔道具が邪魔をしている。どうとでもなる状況だが、ひとつ確認しておきたいことがある。
「弟が人質に取られているというのは嘘だったのか?」
「あら、そんなこと気にしていたの? ふふふっ、甘っちょろいのねえ、あんたを騙すための嘘に決まってるじゃない」
「そうか、では遠慮はいらないな」
それならロザリアが心を痛める要素はなにもない。
まあ、我ながらよく耐えたと思う。ロザリアのためならどんなことでも笑顔でこなす自信があるが、さすがにここまでされて黙っていられるほど聖人君子ではない。
人のものを奪うというなら、奪われる覚悟もできているのだろう。
俺からロザリアを奪うだって?
そんなこと許すわけないだろう?
俺は竜人の覚醒した力を解放する。
圧倒的な力の前に、こんな魔道具など意味がない。魔力を使うまでもなく、ただ腕力だけで拘束具を引きちぎった。
「えっ……! ちょっとなんで!?」
「拘束の魔道具を引きちぎっただって!?」
「そんな馬鹿な……! この魔道具は破壊できないように強化しているんだぞ!?」
バラバラとカーペットに落ちる魔道具はもう鉄屑になっている。ロザリアを探すために、足首につけられた魔道具も引きちぎった。
そして静かに覇気を放ち、俺たちの敵を威嚇する。
「や……やばいわ…… ! 魔封じの魔道具も壊された!!」
「そんな、相手は竜人だぞ! どうやって倒すんだ!?」
「うわああああああっ!!」
ひとりの騎士が俺の圧に耐えられなくなったのか、切り掛かってきた。
それを素手で受けとめ、一瞬で氷柱に閉じ込める。
「ひっ!!」
「こ、殺される……!」
「なんだ、竜人に喧嘩を売る覚悟すらできてなかったのか?」
俺は怯える騎士たちに笑顔を向けて、氷柱へ閉じ込めた。やっと静かになった部屋で、短くため息を吐く。
もしかしたら部屋から移動いているかもしれないと、ロザリアの気配を探った。商会長が部屋から出ていって数分だ。早く見つけないと、ロザリアの身が危ない。
「……っ! これは」
確かにロザリアの魔力だが、これは暴走を起こしかけている——!?
もともと人間であったロザリアが暴走したら、竜人のように無傷では済まない。それは竜人のような頑強な肉体も底なしのような魔力もないからだ。
番になった人間が暴走すれば、魔力が枯渇するまで魔法を打ち続け、最後には命までも消費してしまう。
そう思った瞬間、俺は愛しい妻のもとへ転移していた。
「ロザリア——っ!!」
目の前には、ライトブラウンの髪を揺らす唯一がいた。
俺の声が届いていないようで、暴走しかけたままとまりそうにない。
たまらず華奢な身体を後ろから抱き寄せて、耳元でそっと囁く。
「ロザリア、俺だ。もう大丈夫だから落ち着いて」
どうか正気を取り戻して、いつものロザリアに戻って。
動きがとまったロザリアの手を掬い上げて、細い指先に唇を落とす。
やっと俺を認識したのか、驚いた様子で深緑の瞳を見開いていた。
「アレス……? 本当にアレスなの!?」
「お待たせいたしました、お嬢様」
するとロザリアが、潤んだ瞳で俺に抱きついてきた。
人前でこんなことをしないロザリアの愛情表現を受けとめて、歓喜のあまり顔が緩むのを必死にこらえる。
「っ! これは……非常に嬉しいのですが、私からお嬢様を引き離した不埒者を処分してもよろしいですか?」
「あっ……ごめんなさい。アレスがそばにいると思ったら、もう我慢できなくて……」
「ふふっ、よろしいのです。後で飽きるほど私を堪能してください」
そう言って微笑むと、ロザリアは頬を染めて視線を逸らす。
何度も肌を重ねてきたのに、恥じらうロザリアが愛しくてたまらない。果たして俺が夜まで耐えられるのか疑問が浮かぶ。
ならばさっさと片付けて、さっさと新婚旅行へ切り替えよう。
「では、お嬢様。どのように処分いたしましょうか?」
「そうね……」
女神の采配をすべて実現するべく、俺はロザリアの言葉を待った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます