第58話 愚か者への罰①


 空耳だと思った。

 私があまりにもアレスを恋しく思ったから、幻聴が聞こえたのだと思った。


 だけど、私を抱きしめた逞しい腕の温もりは確かで。

 私の耳元で囁く声に、心が震えた。

 求めていたのは私の最愛。


 アレスを見た瞬間に私の心は歓喜であふれる。収まる気配すらなかった怒りが綺麗に霧散していった。

 人前だというのにたまらず抱きついたのは、仕方ないと思う。


「まずは愚か者どもを捕縛しましょう」


 アレスはそう言って、見たことがないくらいのいい笑顔で、ハイレット様とクリフ様を縛り上げた。よほど不満があるのかふたりが醜く喚き散らす。


「私はブルリア帝国の皇太子だ! このような真似は無礼だぞ!!」

「ラクテウス王国の王太子妃へ危害を加えたのだから、牢屋に入れられないだけマシよ」

「待てよ! オレは皇帝に脅されて渋々従っただけなんだ!! ロザリアへの気持ちは本気なんだ!! わかってくれ!!」

「自分の気持ちを押しつけてくるだけの人に、なぜ私が配慮しないといけないのかしら?」


 為政者としての冷酷な眼差しで見つめたら、ふたりとも黙ってしまった。

 今まで見せたことのない私の姿に驚いているようだ。アレスは私のこんな姿も当然知っているので、久しぶりに見たという表情で微笑んでいる。


「主犯はこのふたりで間違いないかしら?」

「いえ、実は旅の途中からブルリア帝国の皇帝からも命を狙われておりまして、指示を出したのは皇帝かと」

「はあ!? 命を狙われていたって、どういうこと!?」


 寝耳に水とはこのことだ。

 私の最愛が命を狙われていたなんて。瞬間的に怒りが爆発しそうになる。


「私が消えればお嬢様を手に入れられると考えたようです。黙っていて申し訳ありません。自分で対処できましたし、心配をおかけしたくなかったのです」

「そう」


 つまり主犯は皇帝、実行犯がハイレット様とクリフ様というわけね。……というかもうこんな犯罪者は呼び捨てでいいわね。敬える要素が一ミリもないもの。


 最愛の夫との間を引き離そうとしただけでなく、夫を殺そうとしたなんて……そこまで舐められていたのか。


 アステル王国で王太子妃をしていた時にだって、非情な決断が必要な時もあった。ラクテウス王国は困難な状況もなかったし、本当に素朴で温かい国民性だからそんな決断をする必要もなかった。


「だから、私にはなにをしても怒らないとでも思っているのかしら?」

「お嬢様?」


 悪いけれど、やられたまま黙っているほどおとなしい女ではないのよ。


「アレス、決めたわ」

「なんなりとお申しつけください」

「まずはファステリア王国の王城へ行くわ。転移の魔道具を用意して。それと同時にこれから書く手紙を竜王様へ届けてほしいの」

「承知いたしました」


 転移の魔道具を準備している間に、竜王様宛の手紙を書いてアレスに届けてもらう。ほんの十分ほどで戻ってきたアレスは竜王様からの返事を持ってきた。

 その手紙と一緒に一通の書類が入っている。目を通して私が希望した通りだと、口角を上げた。


「お嬢様、気持ちいいくらい悪い顔をされていますね」

「そうかしら? お楽しみはこれからよ」


 そうしてハイレットとクリフ、アレスを殺そうとした氷漬けの騎士たちもまとめて、ファステリアの王都にある王城へ転移した。




 ファステリア王国の王城は、王都で一番の大木の上に建てられていた。

 その正門前に転移して、門番にクリフの顔を見せ城内へ入る。全員を鎖で繋いで、アレスが引きずりながら進んでいった。


 ハイレットとクリフは最初こそうるさかったが、アレスが「氷漬けにしますよ?」と笑顔で言ったら静かになった。

 獣人たちの視線が突き刺さる中、アレスの先導で国王がいる謁見室へと足を進める。無礼なのは重々承知だが、最愛を殺されかけてじっとしてなんていられない。


 そのままの勢いで国王の目の前までやってきた。

 わずかに瞠目したものの動揺した様子はなく、白髪の混じったマットブラウンの髪の初老の男性が椅子にかけていた。私たちを灰色の瞳で睨みつけている。


「お前らは誰だ? わしが国王と知っての狼藉か」

「お久しぶりですファステリア国王。こちらはラクテウス王国王太子アレス、私はその妃ロザリアと申します」


 私の言葉でアレスが鷹揚に礼をする。本来はこういった口上もアレスがするものだけど、今はそんなことを言っていられない。


「なんとラクテウスの……! ああ、其方はロザリアか! 久しいのう……見違えるように生き生きとしておったので気が付かんかった」

「いえ、こちらが非礼なのは承知の上です」

「そこまでして来られるとは、いったいなにがありましたかな?」


 ファステリアの国王は鋭い眼光を私に向けた。内容によっては抗議もやむをえないと言いたいようだ。


「率直に申し上げます。こちらのクリフ・シトリンが帝国の皇太子ハイレットと共謀し、私の夫アレスを殺害せんとしました」

「は……!? それは事実か!?」

「後ろにある氷漬けの騎士たちが実行犯です。これはラクテウス王国の国王である竜王様より受け取った委任状です」


 私は竜王様にお願いした書類をファステリア国王に見せる。

 そこには私にアレス暗殺未遂に関する断罪の権限をすべて委任すること、私の言葉が竜王様の言葉となると書かれていた。この世にひとつの竜王様の落款と国璽が押された正式な文書になる。


「私はファステリア国王に問います」


 国王はごくりと喉を鳴らす。この後の返答次第でファステリアの未来が変わると理解しているようだ。


「貴国はブルリア帝国と共謀して、私の夫を亡き者にしようと企みましたか?」

「それはない! 断じてない! ラクテウス王国にそのような無謀なはかりごとをするわけがない!!」

「……なるほど、ではクリフの単独犯ということでしょうか? 後で嘘と発覚した際にどうなるか、よく考えてお答えください」

「それは……今耳にしたばかりの事実ゆえ、調査してみないことにははっきりと断言できん」


 概ね私の満足できる回答が得られた。

 ブルリア帝国との共謀でないなら、ここの王族をどうこうしようというつもりはない。この程度の脅しですべてを白状するか疑問なので、魔法誓約書を活用することにした。


「わかりました。それでは私と魔法誓約を結んでください。夫の暗殺未遂の件については互いに嘘偽りなく、誠実に対処すると」

「……わかった、それで信じてもらえるなら応じよう」


 どうやらこの国の国王はまともらしい。それならば、こちらの希望だけ言ってあとは任せてもよさそうだ。

 私は魔法誓約書をさっと準備して、ファステリアの国王と書面でサインを交わした。書面は青い光を放った後二通に分かれ、一通ずつ保管することになる。


「それでは早速ですが、クリフの処罰を希望します」

「ふむ、調査した後になるが相応の罰を与える」

「そうですね、なにせラクテウスの王太子暗殺未遂に加担したのですから、極刑を……と言いたいところですが主犯から脅されたと言っています」

「では、もし今聞いたことが事実であれば王族から除籍の上、シトリン商会の運営権限の剥奪、国外追放といったところでどうであろう」


 提案された内容は裸ひとつで追放するというものだ。クリフは途中から参加したのもあり、脅されて加担したのならこの辺が妥協点か。本当ならアレスを殺そうとした時点で極刑にしたいけれど、魔法誓約までしてくれた国王の誠意を汲もう。


「それでお願いします」

「そんな、オレの商会……王族からも除籍なんて……」


 クリフはガックリと項垂れてなにか呟いていたけれど、もうどうでもよかった。


「クリフは終わったわ。では次に行きましょう」

「はい、お嬢様。今度は転移魔法でお連れいたします」


 私はアレスに寄り添い、転移魔法に身を委ねる。真っ白な光に包まれて、ファステリア王国を後にした。



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