第59話 愚か者への罰②
クリフの処罰が決まり、次は主犯のいるブルリア帝国へ向かった。
転移魔法の白い光が収まると、目に飛び込んできたのは驚愕に目を見開く皇帝陛下だ。
ここは皇帝陛下の執務室らしい。最高級の木材を使った執務机に書類が積み重ねられている。皇帝はペンを手にしたまま固まり、宰相もポカンとした顔で突っ立っていた。
「ななっ! なんだ!? なぜ、お前たちが!?」
「父上っ! こ、こいつらをどうにかしてください!! 計画はすべてばれています!!」
私はうるさいふたりを無視して、竜王様の委任状を皇帝に見せた。
「この通り、私が竜王様の代理として、こちらにやってまいりました」
委任状に視線を落とした皇帝はだらだらと冷や汗を流している。ラクテウス王国の怒りを買ったらどうなるかは知っているらしい。
「こんな紙切れ一枚で騙されると思うなっ!」
そう言って、皇帝は竜王様が書いた委任状をビリビリに破り捨てた。
こうなる可能性も考慮していたので、私としては困らない。しかも皇帝は自分で自分の首を絞めたことに気付いてもいないだろう。
「いくら竜人でも、お前のような女に代理を務めさせるわけがな——」
「ロザリアちゃん! 委任状が破損したみたいだけど、なにかあった?」
皇帝の言葉に被せて言葉を発したのは、転移魔法で姿を現した竜王様だ。
透き通った水色の髪を揺らして、私に駆け寄ってくれる。だけど心配というより、政務から逃げ出す理由ができて嬉しいと顔に書いてある。しかも、この状況にわくわくしているようだ。
「竜王様、申し訳ありません。皇帝が偽物だと破ってしまい……追跡の魔法もかけておいて助かりました」
「へえ、僕が心を込めて書いた書類を皇帝がね……」
竜王様はどこまでも冷酷な視線を皇帝に向けている。皇帝はもう指一本すら動かせず、硬直しているだけだった。さすがにハイレットも言葉が出ないようで、執務室は一瞬だけ静寂が支配する。
「では竜王様、このまま私が進めても問題ないでしょうか?」
「もちろんだよ。せっかくだからロザリアちゃんの裁きを見ていこうかな」
「父上、政務は大丈夫なのですか?」
「だってさ、義娘が困っているのに放っておけないだろう?」
「……わかりました。お嬢様のためなら仕方ないですね」
こういう時だけはアレスと竜王様の息がぴったりだ。
「それでは、帝国の高官以上の方、高位貴族の方、騎士団長などその他にも帝国の中で力のある方を、すべて集めてください」
「いったい、なにをするというのだ……!?」
「ただ私の希望をお伝えするだけです」
それ以上はなにも答えずに準備を進めさせた。
それから三時間後に準備が整ったと声がかかった。私とアレス、竜王様は場所を変えて大勢が集まれる謁見室へと向かう。
謁見室へ入ると一斉に視線が私たちに集まった。注目を浴びながら優雅に進み、皇帝の前で足をとめる。指示した通り氷漬けの騎士も、ハイレットも拘束された状態でこの場にいた。それに加えてセラフィーナ皇女の顔もある。
逃げられないと悟ったのか、顔色が土色になった皇帝が口を開いた。
「それで、お前の希望とはなんだ」
「その前に竜王様からお話があります」
そこで竜王様が皇帝の玉座の前に出て、皇帝に声をかける。
「ねえ、さっきからずいぶんと偉そうだね? うちの義娘に無礼な口を聞くのは許さない。お前はこの玉座にふさわしくないな。今すぐそこをどけ」
竜王様の覇気のこもった言葉に、皇帝は言われるがまま玉座から退いた。そしてさも当然のように竜王様が玉座に腰かける。なるほど、アステル王国の時もこうやったのかと納得した。
過去の回想はそこまでにして、いよいよ断罪する時が来た。竜王様が玉座から高らかに宣言する。
「我はラクテウス王国の国王、竜王である。この場にて宣言する。ここでは我の代理として王太子妃ロザリアを任命する。彼女の言葉は我の言葉、また彼女の決定は竜王の決定だと心得よ」
竜王様の凛とした声が静かに、だが確かにここにいる全員に届いた。ざわりと声が上がるも、竜王様のひと睨みですぐに静寂を取り戻す。
「ロザリアとアレスはこちらへ」
その声掛けでアレスと玉座へ進み、竜王様に促されるまま私は玉座に腰を下ろした。アレスは玉座の左側に、竜王様は右側に寄り添うように立っている。
私は優雅に足を組み、王太子妃として培ってきた冷酷な笑みを浮かべた。
「まずは我が最愛の夫、ラクテウス王国王太子であるアレスの暗殺未遂について、詳しく説明いたします」
今度こそざわざわと高官や騎士、高位貴族たちが騒ぎ出す。その中には私と契約を結んだオースティン伯爵もいた。誠実なオースティン伯爵は不安げに事の成り行きを見守っている。
「先日、シトリン商会長の屋敷に招かれ、歓待を受けた際のことです。私たちは別々の客室を用意され、晩餐の後はそれぞれの部屋で休んでいました。そこで私は薬を盛られ眠りに落ち、アレスは毒を盛られた上に暗殺者を送り込まれたのです」
あちこちから「信じられない、相手は竜人だぞ……!」「まさか、そんな無謀な……」という声が上がる。私もアレスと結婚する前なら同じような反応をしていただろう。
「しかもご丁寧なことに魔力封じの手枷もつけられました。アレスにいたっては拘束の魔道具も使用されたのです。幸いにもその場で犯人を取り押さえることができました。それがそこにいる氷漬けの騎士たちです」
その場にいる者たちが、氷漬けにされた騎士たちを不躾な眼差しで見つめた。中には俯いてぶるぶると震えている者もいる。きっと血縁関係か関係者なのだと察しがついた。
「ここに騎士団長はいますね?」
しんと静まり返った謁見室は、ため息すらも聞こえそうだ。貴族や高官たちの視線の先にいる男性が、観念した様子で前に出てきた。
「はい……私が統括騎士団長です」
「隠密部隊というのは貴方の管轄ですか?」
「管轄ではありませんが人選はしておりました。隠密部隊は、その、皇帝陛下の直属となっておりますので」
「それでは、この騎士たちに見覚えはありますか?」
「……はい。全員、私が隠密部隊に推薦した者たちです」
そう言って統括騎士団長は俯いた。それから残念そうに氷漬けの騎士たちを一瞥する。
「ということは、アレスの暗殺は皇帝が企てたということですね」
「ち、違う! 私ではない!! ハイレットだ……ハイレットが勝手にやったのだ!!」
「父上……そんな、私を見捨てるのですか!?」
「うるさい、黙らんか!! お前のような出来損ないなど私の息子ではないのだ! 潔く罪を認めんか!!」
ここに来ても皇帝は自分の罪を認めなかった。しかも血を分けた息子であるハイレットに、罪をなすりつけようとしている。
謁見室に集まった者たちが、厳しい視線を向けているのことにも気付いていない。
「私だけに罪をなりつけようと……? ふざけるなっ!! すべて父上の指示ではないですか!!」
「お前、なにを……!」
「セラフィーナの結婚相手もそうだ! 最初はアレスを狙えと言っていたのに、都合がいいからと今度は竜王を狙えと指示していたではないですか!!」
「馬鹿なことを言うな!! 私はそんなことは言っておらんぞ!!」
「へえ、これまた笑えるくらい馬鹿らしい話だねえ」
そう言って笑顔を浮かべた竜王様の目は、昏く澱んでいた。
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