第60話 愚か者への罰③


 予想外の名前が出てきたところで、目が笑っていない竜王様が口を開いた。その美貌でうっとりするほどの優しげな微笑みを浮かべて、セラフィーナに声をかける。


 サライア様には決して向けない、本心を覆い隠した作り物の笑顔だった。


「僕を狙うってどういうこと? セラフィーナといったかな、すべて正直に話してごらん」

「は……はい! 最初はアレス殿下の妻になるよう父から指示されました。ところがうまくいかず、今度は竜王様の妻になれと兄からも父からも指示されたのです。ですからわたくしはずっと竜王様にお手紙を送り続け……」

「セラフィーナ、よさんかっ!!」

「あー、なるほどね。もういいよ」


 一瞬で真顔に戻った竜王様は、もうセラフィーナに振り向くことはなかった。しかし手紙を送っていたとは……私たちと別れて帝都に戻ってからは、そんなことをしていたのか。


「竜王様、手紙は初耳です」

「うん、実はね、数日前からやたら濃厚な手紙をもらっててね。毎日何通も届いて迷惑だから放っておいたんだけど」

「め、迷惑ですってえ!? なによ、わたくしのような美しくて賢い女は他にはいないわ!! 私を妻にしないと後悔するのは竜王様よ!!」


 この言葉に竜王様が殺気立つ。私でも震えるような凍てつく視線をセラフィーナへ向けた。


「黙れ。僕の妻は後にも先にもサラだけだ」

「ひぃっ!!」


 さすがに竜王様の覇気をまともに受けたセラフィーナは、ガタガタと震えその場に座り込んだ。


 どうしてこの一族は竜人の番を貶めたがるのだろう。いい加減学習しないのだろうか。そんな呆れた気持ちを切り替えて、謁見室の高官や貴族たちに訴えた。


「これでブルリア帝国の皇族が、私たちにどれほどの無礼と犯罪を犯してきたかご理解いただけましたか?」

「ぐぬっ……!!」

「ではこの愚かな者たちに私の希望を伝えます」


 ここまで詳しく説明したのには理由がある。

 私の希望を通すため、そしてその後も円滑に物事が運ぶようにするためだ。


「帝国はこの時をもって解体し、国土についてはアステル王国へ譲渡を。そして本日よりアステル帝国と名を変え、また皇帝には現アステル王国の国王、クライブ・リオ・アステルの任命を希望いたします」


 私の本当の目的は、帝国を仕切る皇族の交代だ。腐った頭は害でしかない。アステル王国もクライブ国王になってから、ずいぶんと暮らしやすくなったと両親も弟も話していた。


 本当は皇帝やハイレットを八つ裂きにしてやりたいけれど、感情のままに手を出してしまったらこの人たちと変わらない。だから排除だけすることにしたのだ。


「なんだと!? それでは私たちはどうなるのだ!?」

「さあ? それはご自分で考えたらいかがですか? 私は最愛の夫を亡き者にしようとする愚か者を排除したいだけです」

「黙って聞いていれば、生意気なっ!! そもそもお前は竜人ではなく人間だろう!? それなのに竜人の王太子を誑かして偉そうにしおって!!」


 おもむろにアレスが皇帝に近寄り、片手で襟元を掴んで持ち上げると皇帝の足はゆっくりと宙に浮いた。皇帝が息苦しさにジタバタと暴れるけれど、アレスはびくともしない。


「うがっ! かはっ……」

「おい、お前こそ誰に口を聞いているんだ? 俺の妻を侮辱するな。スピア帝国の二の舞になりたいのか?」


 無表情のアレスに皇帝は口をハクハクとさせるだけで、きつく締め上げられ話せないようだ。さらに竜王様が追い込みをかける。


「あのさあ、わかっていないみたいだから言っておくけど、竜人最強なのはアレスだからね? 本来ならアレスが竜王になるところを、新婚さんだから僕が続けているだけだよ」

「ぐぎぎ……!!」

「アレスなら一時間もあれば、ブルリア帝国を焦土にしてしまうだろうねえ」


 竜王様の容赦ない追い討ちの言葉に、目を剥いた皇帝は怯えて震えていた。見下していた相手の力量を測り間違え、取り返しのつかないところまで来てしまったのだ。


「もういいかしら? アレス、離してあげて」

「ごふっ! ゴホゴホゴホッ! ガハッ!」

「アレス、お願い」

「承知しました」


 先ほどの待ち時間で打ち合わせしていた通り、アレスは転移魔法でアステル王国のクライブ国王を連れてきてくれた。その右手には国璽が握られている。


「えっ!? なに? アレス殿下、ここはどこですか!? なにが起きているのですか!?」

「クライブ国王、お久しぶりですね。ちょっとここにサインと国璽をいただけるかしら」

「は、ロザリア様まで……? この書類は……!?」

「細かいことは気にしないで。絶対に悪いようにはしないから」


 突然アレスに連れてこられたクライブ国王には申し訳ないけれど、私が心から信用できる国王はこの人しかいない。


 それに簡単に国璽を押さない辺りは、さすがと言える。しっかりと書類に目を通し慄いていた。

 こうなると予想できたので、不意打ちで連れてくることにしたのだ。


「いや、だってこれ帝位譲渡って書いてありますけど!? 」

「大丈夫だ。ほら帝国の建国記念祭で俺が助けた義理をここで返せ」


 アレスも援護射撃をしてくれる。代わりにクライブ国王の顔には絶望に染まった。


「えええ、そんな……!」

「これはクライブ国王にしかできないことなのです。お願いします」

「わ……わかり、ました……」


 私とアレスが真剣な面持ちでお願いすると、渋々といった様子で頷いてくれた。


 恐る恐る私が用意した帝位譲渡書にサインをして国璽を押印する。今度はその書類をブルリア帝国の皇帝の前へ出した。


「はい、貴方もサインと国璽をお願いね」

「ゔゔゔっ……!」


 喉が潰れて声が出ないのか、皇帝は唸り声しか発せないようだ。おかげで口汚く罵る言葉を聞かなくて済んだ。

 アレスと竜王様が睨みを利かせているので、もう抵抗する気はないようだった。震える手でサインをして国璽を押す。


「ふう、これでいいわね。アレス、竜王様、ありがとうございます! これでスッキリしました!」

「そうか、僕で役に立てたようでよかったよ。あ、クライブ皇帝は送っていくし、ちょっと話もあるから今度こそ好きなだけ新婚旅行に行っておいで」


 竜王様からの提案はありがたいけれど、すでに一カ月近くラクテウスを留守にしているのだ。


「でも……」

「ロザリア、遠慮しないで行こう。実はずっと楽しみにしていたんだ」


 アレスが行きたいと言っている。そうだ、アレスは最初から新婚旅行を楽しみにしていたのだ。


「アレス……わかったわ。アレスがそう言うなら」


 私の最愛が望むなら、その願いを叶えたい。すっかり帰る気だったのに、アレスのひと言で私の気持ちもガラッと変わっていた。


「ではクライブ皇帝、ごきげんよう」


 浮き足たつ心を抑えて、皇帝となったクライブにカーテシーをしてアレスの腕の中に包まれる。


 アレスの転移魔法が発動した時に、竜王様とクライブ皇帝の会話が耳に入った。


「元皇族は反乱因子になりえるから、処理の仕方はわかってるよね?」

「わ、わかってます! はああ、マリアナになんで言えばいいんだ……」

「え、皇帝になっちゃった、でいいんじゃない?」

「……それでは軽すぎませんか?」


 というようなやり取りが聞こえたけれど、私は白い光に包まれて瞼を固く閉じた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る