第28話 竜の逆鱗(アレス視点)
「かなり時間がかかってしまったな……」
黒水晶を手に入れるため前人未到の秘境で幻獣キマイラを探していたが、残り一体がなかなか見つからなかった。
お嬢様に依頼されてからすでに一週間が経っている。
幻獣というくらいだから、まあ、出現率が低いのはわかってる。それを五個用意しろとは……今度から親父には自分で素材を用意してもらうことにしよう。そのせいで愛しいロザリアと離れ離れになっているのだ。
一息つこうと泉に立ち寄ったところで、運のいいことに最後の一体を見つけた。
「はっ、これでようやくお嬢様の元に帰れるな」
すぐに己の魔力を氷魔法に変換して手をかざす。ところが強大な魔力を察知したキマイラが空へと飛び上がった。
「それで逃げたつもりか」
すぐさま風魔法を操ってキマイラを追いかける。正直いうと、空中戦の方が被害を気にしなくていいから戦いやすかった。一撃で片をつけるべく、さっきの三倍の魔力をこめて氷魔法を放った。
「ギャオオオオオォォォ!!」
パキパキと小気味いい音を立てて、キマイラが氷漬けになっていく。やがて重力に従って森の中へと落下していった。周囲の木々を巻き込みながら、激しい音を立てて地面に転がる。
素材の採取をするなら氷魔法が最善だ。匂いもしないし後処理も楽だ。鮮度も維持できるので高濃度の魔力が詰まった黒水晶が手に入る。
「これでお嬢様の元に戻れる」
やっと五個目の黒水晶を手にしたときだった。
俺の魔法契約がなんの前触れもなく解除された。スレイド伯爵家で結んだ、ロザリアに忠誠を誓うための契約だ。これがあるとずっとロザリアと繋がっているみたいで嬉しかったのに、その繋がりが綺麗さっぱりなくなってしまった。
解除できるのは契約したロザリアのみだ。ということは本人の意志であの契約を破棄したのか?
「何故……? 何か、あったのか……?」
唐突に失われた絆にひどい虚無感を感じながらも、ロザリアがいるラクテウスの王城に戻った。
王城に戻るとロザリアの研究室が騒ついていた。世話を頼んでいたメイドとジュリアが何やら慌てた様子で、しかも俺のロザリアの姿が見えない。ザワリと神経が逆立ち嫌な汗が背中を伝っていく。
「アレス様っ! よかった、お戻りになって……」
「ジュリア、お嬢様は?」
「それが……置き手紙を残していなくなってしまったのです。実家が大変なことになっているとかで、アステル王国に戻ってしまったようで、わたしも今聞いたばかりなのです」
アステル王国に単身戻っただと!?
しかも実家が大変なことになったとは……契約の解除といい、何が起きてる?
「アレス様、ロザリア様が大変ならわたしもお手伝いします! カイルも手伝ってくれるはずよ!」
「では父と母にも伝達を頼む。俺は一足先にスレイド伯爵家へ向かう。スレイド伯爵家の場所はここだ」
そうして伯爵家の場所を記したメモをジュリアに渡してすぐに魔法で転移した。
* * *
数ヶ月ぶりのスレイド伯爵家は以前より静かに佇んでいた。なんとなく活気のない雰囲気によくないことが起きているのだと察しがつく。
扉を開けようとしたところで、玄関ホールから言い合う声が聞こえてきた。
「それでも、姉上を何とかしないとならないだろう!」
「今しばらくお待ちください、アレスに知らせが届けばすぐにやってくるはずですから!」
「そんなの待ってられない! 王都までここから二週間もかかるんだ! こうしているうちにも姉上が——」
今にも飛び出してきそうな台詞で、確実に俺のロザリアに何かあったと理解して思い切り扉を開ける。
「遅くなりました。セシリオ様、ブレス様、お嬢様に何があったのですか?」
「アレス!? アレスか!!」
「よかった! セシリオ様、きっとまだ間に合います!」
「申し訳ないですが事情がまったくわかりません。ご説明いただけますか?」
「ああ、わかった。こちらで話す」
スレイド伯爵の執務室で聞いた話では、伯爵夫婦が事実無根の罪で囚われてロザリアに助けを求めたということだ。これで書き置きの件は納得した。
だけどその後の出来事にいつか感じた以上の怒りが沸々と込みあげる。
「あの
いつもの執事の仮面をつけるのを忘れて、思わず素が出てしまった。
セシリオ様もブレス様もひどく青ざめた顔をしている。きっと抑えきれない殺気が漏れ出てしまったのだろう。生物として敵わないと本能でわかれば仕方のない反応だ。
「申し訳ございません。一瞬我を忘れてしまいました」
「ああ、いいんだ。仕方ないと思う。うん。それで、この手紙を姉上から預かっている」
状況から考えてきっと俺にとっては嬉しくない内容なんだろう。まあ、ロザリアの考えそうなこともわかる。まずは手紙に目を通してみるか。
『アレスへ
貴方に頼んだ黒水晶の収集があまりにも時間がかかっていたから、実家に戻ることにしました。正直、私の命令をすぐにこなせないので失望したわ。これならもう執事は必要ないからあとは好きにしてちょうだい。
魔法契約も解除しておいたわ。
私はやっぱり王太子妃になるから、ウィルバート殿下のもとに戻るわ。驚くことに殿下自ら迎えにきてくださったのよ。
だからもう私のことは忘れて幸せになって。
ロザリア』
案の定、俺をわざと突き放すような内容の手紙だった。
文字がいつものような滑らかなペン運びじゃない。所々震えて滲んでいる。こんなのわざと冷たく突き放してますと言っているようなものだ。何年ロザリアの傍にいると思ってるんだ。それに——
「俺の愛の深さをまだわかってないようだな……」
こんな手紙ひとつで俺が諦めると思っているのか? あれだけ愛情を示したのに伝わってないなら、もっと遠慮なくアピールしようか。
それでも手書きの手紙は俺にとっては貴重な宝物なので、胸ポケットにしまい込みセシリオ様に視線を戻した。
「姉上からの伝言で、アレスは自由にしていいと言っていた」
「それはよかったです。では遠慮なく自由にさせていただきます」
「アレス、ロザリア様を頼んでいいか?」
「ブレス様、頼まれなくても私が取り戻します。お嬢様は私の番ですから」
「えっ? 姉上が番……って? ま、まさか……アレスは竜人だったのか!?」
「セシリオ様、私がご説明いたします」
詳しい説明はブレス様に任せて執務室を後にした。
屋敷の外が騒がしくなって、父上たちもこちらに着いたと確信する。さて、これから本格的に動くとしよう。もう今までのように黙って耐えたりしない。
俺の愛しい番に手を出したらどうなるか、地獄を見せてやる。
死んだ方がマシだと思うくらいの地獄を、その身に刻み込んでやる。
沸々と心の奥底から湧きあがる怒りが、俺の本能を呼び覚ましていく。
今まで眠っていた竜の血が踊り狂い、激情のままに番を取り戻せと責め立てる。
紅く染まる視界に俺の意識は飲み込まれていった。
俺の唯一。
俺のすべて。
やっと見つけた、俺の愛しいロザリア。
それを奪うのは誰だ?
切り刻んで塵にしてもまだ足りない。
番を奪われたのなら、この世界ごと破壊してや————
「アレス!! 正気に戻れ!!」
「っ! 父……上?」
目の前にいるのは珍しく真面目な表情をした父上だった。
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