第29話 愛しい人のもとへ(アレス視点)
「アレス!! 正気に戻れ!!」
「っ! 父……上?」
俺は今なにをしようとしていた?
危なかった。激情にのまれて、取り返しのつかないことをするところだった。
「はあ、よかった。落ち着け、大丈夫だ。ロザリアちゃんはこの国の王城にいるとわかった」
「ごめん……暴走するところだった」
すでにスレイド伯爵の屋敷からは遠く離れ、王都の外れにある塔の最上階にいた。誰も近寄らない古びた塔は身を隠すのにもってこいだ。
「あー、仕方ねえよ。番を攫われたんじゃなぁ。まあ、兄上を止められるのは父上だけだけど」
「アレス、ここにはロザリアの家族もいるのだから何とか堪えるのよ」
「わたし情報集めてきたんです! こっちに集中しましょう!」
周りを見れば父上だけじゃなく、カイルも母上もジュリアも来てくれていた。政務は大丈夫かと思ったけど、暴走した竜人を止められるのなんてそうそういないから他に適任者がいない。申し訳ないが事務官たちは優秀だし頑張ってもらおう。
今回のことが落ち着いたら何かお礼をしようと心に決めた。
「ジュリア、その情報ってどんなだ?」
カイルが作戦を立てようとジュリアに尋ねる。
「ええーと、まずロザリア様は王太子妃の部屋にいます。だけど王太子がベッタリ張り付いてて隙がない感じ。それからロザリア様のご両親は一応貴族専用の牢屋に入れられてるみたいです」
「さすがジュリアちゃんだね! また調査の腕上げた?」
「ふふふん、これもロザリア様の魔道具のおかげなのです!」
相談に乗ってもらった礼に認識阻害の魔道具をもらったそうだ。この前のように捕まったとき、これがあれば逃げ出すのが簡単だとお守りがわりに欲しかったそうだ。それとジュリアを探すために使った探知機である程度の居場所が把握できていた。
「そうなると伯爵夫妻が人質といったところか……アイツらの考えそうなことだ」
「だとしたら人質の確保と状況的に無実の証明が最優先だね。サラとカイル、ジュリアちゃんは証拠集めとご両親救出に、僕とアレスはロザリアちゃん救出で動こう。いざという時はロザリアちゃんの救出を優先するから、その場合は証拠集めよりご両親を頼むね」
「……そんなまどろっこしいことしなくても、城を破壊すればいい。ようは人間を殺さなければいいんだろう?」
「ア……アレス?」
何をグダグダとしているんだ? 俺のロザリアにかすり傷でもついたらどうしてくれるんだ。あんなゴミ虫どもはこの世から排除したとこでプラスにしかならないだろう。
「そうすればほんの五分程度で救出できるな」
「アレス!? 正気に戻ったんじゃなかったの!?」
「いや、いたって正気だ。まだアイツらをミンチにしてないからな」
「あああ! アレスッ! 落ち着いて!! ミンチにしたらロザリアちゃんが悲しむよ!?」
「…………そうだな、じゃぁ、死なない程度の八つ裂きで我慢する」
父上が何やら煩く言ってくるが、確かにロザリアなら殺生は好まないか。穏やかで優しくて慈悲あふれるからな。ロザリアの悲しむ顔は見たくないから仕方ない。
「いや! そうじゃなくて!! サラ、これヤバい! もうアレスが壊れてる! 僕ひとりじゃ荷が重いよ!」
「あら、貴方ならできるわ。私の竜王様ですもの」
「え、そう? そう、かな? サラが言うなら間違いない……?」
「そうよ、貴方にしかできないわ。ソル」
「こういうときに名前で呼ぶのズルい」
父上がいつものように母上に転がされている。ああ、俺もいつかロザリアに上手く転がされるのか。それもまた楽しみだ。『アレス、お願いできるかしら?』なんて言われた日には、どんな無理難題もこなしてしまう自信がある。
いや違うな、もうすでに転がされてるか。黒水晶の件がいい例だ。
「これが夫の操縦方法……!」
「ちょ、ジュリア、母上は参考にするなよ?」
まあ、このふたりはすでにカイルが尻に敷かれているから大丈夫だろう。竜人は伴侶に操縦されるのが常だ。これだけ深く愛している番に逆らえるわけなんてないのだから。
「とにかくアレス! ロザリアちゃんが大切なら、僕のように暴走してはダメだ!」
「わかった。お嬢様が悲しまないようにする」
そうしてストッパー役の父上と王太子妃の部屋の監視を始めた。少し距離はあるが王立学院の時計塔の最上階からだとよく見えた。
どうやら王太子はロザリアにご執心の様子で、すぐに危害が加えられることはなさそうだった。
煮えたぎるような嫉妬はなんとか抑えこんで、状況が整うのをひたすら待った。だからあのクソ王子に暴言を吐くくらいは許されると思う。
「はっ、あんなことでお嬢様を落とせると思ってるのか。浅はかだな」
「えー、甲斐甲斐しく世話してるように見えるけど?」
確かに世話はしているが、あれでは自分の好きなものを押し付けているだけだ。ロザリアの顔色なんてまったく見ていない。どんどん笑わなくなっているのがわからない時点でアウトだ。
「違う。お嬢様は贅沢が好きなわけでなくて、心を込めて用意したものを喜ぶんだ。まあ、俺の敵にもならないな」
「そうだよねえ、アレスの重い愛には敵わないよねえ」
「父上だって大概だろ」
「うん、そうだよ。サラがいないならこんな世界は不要だね」
ハッキリと言い切った父上に同感だ。ただ、あの激情に呑まれてしまったのに、どうやって正気に戻れたのか気になったので聞いてみた。
「父上はよく暴走したのに正気に戻れたな」
「あー、ここだけの話だけど」
父上は少し気まずそうに言葉を切った。
「サラに泣かれたんだ」
「え……母上が!?」
時と場合によっては竜人最強の父上よりも強くて豪胆な母上が泣いたとか……想像できない。いや、ある意味それは衝撃的すぎて正気に戻るかもしれない。ましてやそれが番なら尚更だ。
「スピア帝国を荒野にしたあと『もう大丈夫だから』って泣きながら言われてね……本当にそれはもう一瞬で正気に戻って土下座したよね」
「そんなことがあったのか」
「サラが泣いたのは内緒だよ。そのあと『故郷が消えてしまったわね』って寂しそうな顔で荒野を見つめていたんだ。故郷を滅ぼされるというのは、きっとそれくらい悲しいことなんだ」
「わかった……ありがとう、父上」
影を落とす瞳はいつもの能天気な父上のものではなかった。二百年前のこととはいえずっと苦しんできたのがわかる。父上の言葉にはそれだけの重みがあった。
「いいんだ。これも親の務めさ。失ったものは二度と戻らないからね。お前たちには間違ってほしくない。それに土下座したくはないだろう?」
「ははっ、確かに。まあ、お嬢様がそれで笑顔になるなら、いくらでも土下座するけどな」
「まったく……どうしようもないね。僕も同じだけど」
最後の締めが父上らしいと笑いながらも、俺が同じ失敗をしないように止めてくれたことに心が温かくなる。後悔と悲しみが浮かぶ父上の瞳は遥か遠くを見ていた。
母上たちから連絡があり、いよいよ明日ロザリアたちを助け出す段取りがついた。決行時刻は夜明けと共にだ。俺が迎えに行ったら、ロザリアはどんな顔をするだろう? のん気にもそんなことを考えていた。
「あ、なんか王太子の雰囲気がヤバい」
「……まさかとは思うが」
急に馬鹿王子の空気が変わって、ロザリアを乱暴に扱いはじめた。無理やり立たせて引きずるように隣の部屋に連れて行く。隣の部屋、つまり寝室だ。
俺の番をどこへ連れて行く?
そこで何をするつもりだ?
俺の番にその汚い手で触れるな。
俺だけのロザリアだ。
アイツから今すぐにロザリアを取り戻す……!!!!
パキンッと頭の中で何かが割れた音がした。
途端に俺の身体を駆け巡るのは、古から受け継いだ竜の血だ。燃えるような血潮と共にこの世界すら壊せるほどの魔力が湧きあがってくる。ドクンドクンと心臓が脈打つたびに魔力が、力が増していく。
ただ暴走と違うのは感情は凪いだままだということだ。氷のように冷え切った頭は、暴竜のような魔力を完全にコントロールしていた。
「アレス! 落ち着け! ここで暴走したらご両親まで巻き込んで……え? 瞳が金に……!」
「大丈夫だ。というか今までにないくらい頭は冷めきってる」
「嘘っ! これは、覚醒!?」
覚醒とは古に取り込んだ竜の血が目覚めて、完全に掌握できた状態のことをいう。それ故に覚醒した竜人は星すらも破壊するほどの力を持つ。その力をコントロールできるほどの強靭な精神力がなければ覚醒できずに暴走してしまうのだ。
父上の驚きも無理はない。竜人の中でも覚醒する者はわずかだし、自分自身ですらどこか現実味がない。
「ああ……覚醒しちゃったんじゃ、もう僕でも止められない……」
「そうだ、言い忘れてた。立太子の件は引き受ける。お嬢様がお望みだからな」
「それを今言うの!? わかったけどさ! 本当にアレスが一番自由だよね!?」
窓ガラスに映った瞳が金色だったので、何度か瞬きをして元に戻した。こっちの方がお嬢様は好きなんだ。父上のお小言はスルーして、風魔法で王太子妃の部屋の屋根を吹き飛ばした。感覚が鋭くなったおかげでロザリアの居場所がミリ単位で把握できる。破片でロザリアが怪我をしないように瞬時に結界を張った。
だけど障害物がなくなってハッキリと見えるようになったと思ったら、あのクソ王子がロザリアに跨っていた。一瞬切り刻もうかと思ったが、殺さない程度に吹き飛ばしておいた。
「父上、後は頼んだ」
「ああ、もう、わかった! 僕はサラに合流するから行っておいで。————己の番を取り戻せ」
竜王としての父上に見送られて、愛しいロザリアのもとへと転移した。
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