第34話 番は愛を誓う
突き抜けるような青空の下、私はアレスとふたりレッドカーペットの上を歩いてゆく。
両サイドには竜王様や両親をはじめ、私の大切な人たちが並んで見守ってくれていた。
時折吹く風にフワリとベールが揺れる。真っ白でシンプルなドレスは飾り気がないけど、極上の布を使ったので日の光を受けてパールのような光の粒を振りまいている。
私が望んだ結婚式は、私の人生を変えた場所で行いたいというものだった。
初めて竜人の国ラクテウスの地を踏んだ場所。傷ついてボロボロだった私が、ようやく希望を抱いて一歩を踏み出した場所。
やがてたどり着いた先はアレスの転移魔法で飛んできた広場の片隅だ。あの時と同じように眼下には雲海が広がり、まるで空に浮かんでいるような錯覚を覚える。
ラクテウスの外壁の大門からまっすぐに歩んだ道は、アレスの一途な想いにも似ていた。一歩進むごとにアレスとの思い出が浮かび上がり、一歩進むごとにアレスの愛を噛み締めた。
ただただアレスを愛してる。他には何もいらない。これからもずっと彼の側にいられれば、それだけでいい。
狂気にも似た激しい感情が自分の中で渦巻いてるのがわかる。これが番を想う竜人の愛。
番の契りを交わして初めて理解した。こんな感情を抱えながらずっと支えてくれた、その事実に本当のアレスの愛の深さを知る。
だからこそ私が愛を誓うのは、王様でも神父様でも神様でもない。
愛しいアレス、あなたにその愛を誓うわ。
添えていた手をそっと離して、ふたりで向き合う。
「私、アレス・レヴィ・ラクテウスはロザリア・スレイドを伴侶とし貴女だけに愛を捧げると誓います」
そう言ってアレスは私の指先にキスをする。
「私、ロザリア・スレイドはアレス・レヴィ・ラクテウスを伴侶とし貴方に身も心も捧げると誓います」
私もアレスの指先に愛を込めてキスをする。
互いに交わす誓いの言葉は青空に溶けていった。
少しだけ膝を折れば、私の顔を覆っていたベールはアレスによって取り払われる。
太陽の光を受けて黒から深い青へと輝く艶髪と夜空のような瞳が、優しく私を見下ろしていた。そっと瞳を閉じればアレスの柔らかな唇が落ちてくる。
すぐに離れていく温もりを寂しく感じながら、太陽よりも眩しい愛しい人を見上げた。
「これで正真正銘ロザリアは俺のものだ」
「ふふ、とっくにアレスのものになっていたわ」
「では、遠慮なくすべていただくとしよう」
「えっ! ア、アレス!?」
軽々と私を横抱きにして、初めてこの街に来た時と同じ様に新居のある王城まで帰るつもりらしい。そのままフラワーシャワーが降り注ぐレッドカーペットを進んでいく。
「お幸せにー!」
「やっとだな! アレス様!」
「ロザリア様! 綺麗!」
「アレス様! ロザリア様! バンザーイ!」
アレスの肩越しに振り返れば、お父様は泣いていてお母様はそれを慰めていて、セシリオは最近できた婚約者の肩を抱いていた。竜王様とサライア様も寄り添って笑っている。カイル様はジュリア様を抱き上げて満面の笑みだ。
街の人たちは口々にお祝いの言葉を告げてくれる。
本当はふたりきりで式を行うつもりが、お互いの家族が増え、お店のお得意様が増え、街の人が増えた。
アレスといるだけで私の嫌な思い出はどんどん素敵な思い出に塗り替えられていく。きっとこれからもそうなんだろう。この愛しい人と共にいれば、幸せが上書きされていくのだ。
…………基本的には。
「アレス! ねえ、アレス! 戻りましょう! 私たちがいなくなったら結婚パーティーが……」
アレスは外壁をくぐったところで転移魔法を使い、王太子の私室まで戻ってきてしまった。そのまま扉で繋がっているふたりの寝室に入り、キングサイズのベッドの上に宝物を扱うように降ろされる。
いや、いいのだ。もう結婚式もしたし、番の契りも交わしてるし、こういうことが嫌ではないのだ。ただ、結婚式から堂々と抜け出すのはどうかと思うだけなのだ。
タキシードのタイを緩めながら、私に跨るアレスの色気がヤバかった。
「ごめん、ロザリア。もう無理」
「えっ!? 待って、結婚式は!?」
「それは大丈夫。父上に前もって限界来たら消えるって言っておいたから」
そう言いながら次々とタキシードを脱いでいって、上はもうシャツ一枚でボタンも途中まで外している。
ちょっとこの色気! この色気はヤバすぎる!! 番の契りを交わしてから、もともと無いに等しい防御力がゼロになってしまったのよ! チラッと見える割れた腹筋から目が離せない……!!
「そっ、そんな……!」
「ロザリア、今日は俺を一番に考えて」
切なそうに揺れる夜空の瞳を見たら、もう抗うなんてできなかった。
返事の代わりに触れるだけの口づけをする。まだ慣れなくてこんなキスしかできないけど、これが私の精一杯だ。
私の愛しい番は極上のとろけるような微笑みを浮かべて、噛み付くようなキスで私を貪った。
* * *
「あーあ、本当にあのまま消えちゃったね。仕方ない、みんな僕たちはこのまま飲んで食べてふたりの門出を祝おう!」
アレスの行動に苦笑いしつつ、父親として前から頼まれていた通りフォローする。僕の声がけで参加者たちは思い思いに飲んだり食べたり談笑したりしはじめた。
広場には立食形式でオードブルからメインディッシュ、デザートまで数々の料理が並べられている。飲み物も好きなものを好きなだけ飲めるように用意されていた。
しかも料理の保温や飲み物の保冷にはしっかりとロザリアちゃんの魔道具を使っていて、宣伝も抜かりない。魔道具なんて必要ないと思っている竜人もこれで興味を持つだろう。魔道具屋ロザリーの更なる発展が見込める。
え、なんでウチの息子こんなに有能なの?
しかも料理はめちゃくちゃ美味しいし、お酒のチョイスも最高だしなんなの!?
もしかして僕って早々にお払い箱になるんじゃないかな!?
「ふふ、ソルったらなんでそんな顔してるの?」
「……アレスが有能すぎて僕の立場がない」
「何を言ってるの、私には貴方が必要なのよ。それだけで充分でしょう?」
「サラ……愛してる」
「ええ、私もよ。それに貴方は王としての絶対的な才能があるわ、私が保証する」
ちょっとしたことでブレてしまう頼りない僕を、いつでもさりげなく立ち直らせてくれる。そんな妻を誰よりも深く深く愛している。この愛の深さは息子たち夫婦に負けていないと言い切れる。
「それにしてもアレスはもう少しだけ我慢ができなかったのかしら?」
「いやー、あれでも我慢した方なんじゃない? なにしろ他の男のものである番を九年間も側で支え続けたんだから、今日はもう仕方ないと思うよ」
「……そうね、今日と蜜月くらいは大目に見てあげましょうか」
それは竜人としてあり得ないほどの苦痛だ。
身の内から暴れ出しそうになる狂気じみた烈情を抑え込むのが、どれほど辛いのか番のいる竜人なら誰もがわかる。それを暴走もせずに九年間も耐え忍んだのだ。
「そりゃ覚醒もするわけだ」
恐らく覚醒したアレスに敵う者などいないだろう。今なら帝国といえどもアレスひとりで制圧してしまいそうだ。そしてそれを制止できるのは、もう
「ねえ、ある意味さ、ロザリアちゃんが世界最強じゃない?」
「……そうね、これは今まで以上に国をあげて大切にしないとダメね」
「はあああ、ロザリアちゃんがいい子で本当によかったー」
そう言ってサラと声を上げて笑う。あちこちで弾ける笑顔に、僕はこの国の明るい未来を見た気がした。
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