第64話 遠慮は不要だ


 その後、屋敷の使用人たちにも私の懐妊が知らされて、今夜は祝賀パーティーを開くとお父様が言い出した。

 慌ててまだ体調がすぐれないから、身内だけのお祝いにしてほしいと頼んで納得してもらった。お父様が笑顔のお母様に絞られていたのは見なかったことにした。


 アレスがラクテウスに戻って、一時間後に竜王様やサライア様、カイル様とジュリア様もスレイド伯爵家へやってきた。


「ロザリアちゃん、懐妊したってアレスから聞いたけど本当!?」

「ソル、体調が悪いと聞いているわ。落ち着いて。ロザリアちゃん、押しかけてごめんなさいね。大丈夫かしら?」

「はい。まだ初期ではありますが、懐妊は本当です。私が竜王様たち伝えてほしいとアレスに頼んだので、来ていただいて嬉しいです」


 竜王様が勢いよく私の部屋へ飛び込んできて、サライア様に宥められている。そんなサライア様もいつもより目尻が下がって、嬉しそうだ。


「義姉上! おめでとうございます! 早速ですが、これお祝いの品です!」

「ロザリア様、おめでとうございます! わたしとカイルで選んだのです。気に入ってもらえるといいのですけど……」

「カイル、ジュリア、ありがとう。とても素敵な子供用の帽子だわ」


 カイルとジュリアは私がアレスと結婚し家族になったのだからと、呼び捨てしてほしいと頼まれた。今では慣れたけれど、最初の頃は大きな違和感があった。

 用意してくれたのは淡いブルーの帽子で、ひと目で中身がわかるようにかわいらしく梱包されている。まだ性別がわからないけれど、大丈夫かと考えていたら、サライア様が続けて説明してくれた。


「ふふ、竜人と番の間に生まれるのは男児だけなのよ。だからこの帽子は必ず役に立つわ」

「そうだったのですね……ああ、なるほど。納得です」


 だから最初の頃、魔道具を愛用する番を喜ばせたいとオーダーしてきたのは、男性の竜人ばかりだったのかと思い出した。魔道具が普及していなかったのは竜人が必要としなかったからだ。

 利便性を理解してもらえてからは女性の竜人もオーダーに来ていたけれど、それでも圧倒的に男性の竜人が多かった。


「お腹にいる子は男の子なのね……ふふ、名前も考えなくちゃ」

「そうだよ、悩んだらいつでも僕が相談に乗るからね」

「いえ、竜王様。僭越ながらその役目は娘の父である私に任せていただきたい」

「いやいや、だってこの子はラクテウスの竜王になる子かもしれないし。僕が適任だよ」


 なんとお父様と竜王様で、相談役の奪い合いが始まってしまった。すかさずお母様とサライア様がとめに入る。


「貴方、名付けは親の初仕事ですわ。誰に相談するか決めるのもロザリアですよ」

「ソル。貴方の考えた名前をすべて却下したのを忘れたの? 孫に幸せになってもらいたいなら、黙っていて」


 お父様は「ぐぬぬ……」と黙り込み、竜王様はクリーンヒットを受けたのか真っ白になっている。竜王様が考えた名前がちょっとだけ気になるので、後でサライア様にこっそり聞いてみよう。相談内容によっては、相手を選ぶ必要がある。


 そんな風に話をしていたら、気が紛れたのか胃のムカムカも気にならなかった。

 和やかな時間を過ごしていると、アレスとセシリオが姿を現した。


「姉上! ご懐妊したと聞きました! おめでとうございます!」

「ありがとう。セシリオも相変わらず順調そうね。婚約者のティファニー様も元気にしている?」

「おかげさまで忙しくしています。ティファニーも連れてきたかったのですが、彼女が務める執政部門がアステル帝国となったためどうしても抜けられず残念がっていました」


 来年結婚予定のセシリオとティファニー様はともに王城に従事している。セシリオは結婚しても働きたいというティファニー様の願いを叶えるつもりのようで、そのままタウンハウスで暮らすことになっていた。


「まあ、ブルリア一族が失脚して喜んでいる貴族も多いですが。噂では元皇帝は帝都を出る前に圧政に苦しめられた人たちに囲まれ命を落とし、元皇后は人攫いに捕まって遠い異国へ売られ、元皇太子は物乞いをしているそうです。ああ、皇女は商会の息子に嫁いだそうですが、金遣いが荒くてすぐに追い出され行方不明だと聞いています。今でもブルリア一族の苦情が相次ぎ、その後始末でもティファニーは忙しくしています」


 しかし、今回ティファニー様がスレイド家に来れなかった原因が私であると気付きいたたまれなくなった。


「ごめんなさい、私のせいだわ」

「いえ、そんなことはありません。ブルリア帝国の皇帝が失脚するなど誰も予想していなかっことですから」

「……違うの、皇帝を排除したのは私なの」

「「「……は?」」」


 お父様とお母様、セシリオがありえないというような顔で私を凝視している。助け舟を出してくれたのはアレスだった。


「本当だ。あまりにもブルリア帝国の皇族が無礼だったから、俺とロザリアで排除したんだ。ああ、シトリン商会長も変えたから、なにか影響があるかもしれない」

「なにっ! シトリン商会まで!?」

「そうそう。皇帝のは僕も見ていたけれど、惚れ惚れするほど凛としていたし、あの冷徹な眼差しがたまらなかったよねえ」

「なんということだ……うちの娘が世界の歴史を変えてしまったとは……!!」


 お父様は両手で顔を覆っている。私がしでかしたことに心を痛めなければいいと思ったが、手遅れのようだ。


「ふふふ……! ロザリアったらさすが私の娘だわ! ふふっ、くふふふふ!」


 お母様はお腹を抱えて笑っている。こんなにはの笑うのは初めて見たかもしれない。


「……すごい、アステル王国を帝国にしたのが姉上だなんて、すごいです!! ああ、姉上はいつでもボクの道標だ!」


 セシリオはきらきらと輝く瞳で私を見つめている。変な方向に走らなければいいけれど。


「ロザリアの望みを叶えるのが、俺の役目だから遠慮は不要だ」


 そして、そんな風に私をとことん甘やかす夫は、私が望めば世界も手に入れると言いそう……いや、前に言っていた。


 こうして穏やかで幸せな時間は過ぎていく。

 みんなに強固に勧められ、つわりが治るまではこのまま実家で過ごすことになった。アレスはラクテウスとスレイド領を行ったりきたりしている。


 竜王様やサライア様もちょくちょく顔を見せてくれるし、カイル様もジュリア様も週に一度は魔道具開発の相談も兼ねてスレイド家にやってくる。


 私は素材も集まったので、調子のいい時は番を探す魔道具の開発を進めて、ついに番を探す魔道具を完成させることができた。


 優秀すぎるアレスがレッドベリルさえも採掘できるようになっていたので、魔道具開発者の夢と言われる時を戻る魔道具を開発できるかもしれない。


 とにかく竜王様もとても喜んでくれて、今は量産化に向けてさらに研究を進めているところだ。

 つわりも落ち着いてきたので、そろそろラクテウスに戻ろうかとアレスとも相談している。


 それから一週間ほどして、やっとティファニーにも会うことができた。

 ティファニーは淡い紫の髪をポニーテールにしていて、いつも凛としている。王立学院でセシリオと出会ったと聞いたけれど、もっと幼い時からセシリオが片思いしていたのを知っている。


 桃色の瞳を嬉しそうに細めて私の懐妊を祝ってくれた。ふたりが結婚するのを楽しみにしていると返したら、真っ赤な顔で頷くものだから思わず抱きしめてしまった。


 このままずっと、みんなが笑顔のまま過ごしたい。

 私も海の女神にお願いした通り、願いが叶っていきそうだ。それがわかるのは私が天に召される時だろう。

 ずるい願いだと思う。でも私はもうこの幸せを手離したくない。


 愛し愛され、互いを思いやり、笑い合える日常が当たり前でないことを知っている。

 この幸せを、私の大切な人たちを守れるのなら。

 私の最愛の夫アレスを、今はまだ小さな命を笑顔にするために。

 誰にも屈せず、誇り高く、誠実で清らかに。

 これが私の生きてきた道だと、我が子に胸を張って言えるように。

 これからも私の心ままに歩んでいく。 


 ——そう心に決めた。




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第二部はこれで完結です。

最後まで読んでいただきありがとうございます!


6月5日には捨てられた妃2巻が発売となり、WEB版よりもイチャラブシーンを一万字以上加筆しています。

ラストシーンも追加があるので、お手に取ってくださると嬉しいです(*´꒳`*)


今回は秋葉原書泉ブックタワーと書泉オンラインショップで2巻表紙のアクリルコースターの有償特典付きも発売されるます♪︎♪︎(*´▽︎`*)


第三部……書けたらいいなぁ……!

今後も頑張りますので、どうぞよろしくお願いいたします<(_"_)>ペコッ

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【書籍化&コミカライズ】捨てられた妃 めでたく離縁が成立したので出ていったら、竜国の王太子からの溺愛が待っていました 里海慧 @SatomiAkira38

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