第32話 暴かれる策略


「アレス! やっとスッキリしたわ! もう、本当に気持ち悪くて仕方なかったの!」


 振り返るとすぐにアレスが抱き寄せてくれる。少し埃っぽいけど、きっと私のために色々と準備していたのだと簡単に想像できた。だからそんなところも愛しく感じてしまう。


「すぐに助けに来れなくてごめん。スレイド伯爵夫妻の救出もあったから無理できなかった」

「いいの、アレスが助けに来てくれて、本当に嬉しかった。ありがとう」


 自然と唇が重なり、角度を変えて何度もついばむようなキスをした。やがて頬にまぶたに首筋にと柔らかい温もりが移動していく。

 幸せすぎて頭がボーッとしそうになるけど、まだ仕事が残っているのだ。


「ア、アレスってば、もうダメッ! ウィルバート殿下に魔法誓約書のサインをもらわないと!」

「…………そうだな。明日じゃダメか?」

「ダメ」


 ここは心を鬼にして断固拒否しないと危険だ。私もうっかりしたらアレスに与えられる感覚に流されてしまう。そしてきっとそこから抜け出せない気がする。


「わかりました。ではここからは専属執事に戻りましょう」

「えっ! 戻ってしまうの!?」


 実はアレスに『ロザリア』と呼んでもらえて嬉しかったのだ。専属執事のお嬢様という呼び方もよかったけど残念に思ってしまう。


「そうじゃないと、このまま朝まで抱きまくって離せなくなるけどいいのか? ロザリア」


 耳元で囁かれる艶のある声に腰が砕けそうになった。少しだけ耳にかかる吐息にゾクリと身体が震える。

 抱かれるのは嫌ではないけど、今はダメだ。強い意志で煩悩を頭から追い払う。


「っ! それはダメッ! せ、専属執事でお願いします……」

「承知しました。お嬢様、さあ、最後の詰めに参りましょう」


 この変り身……! ズルいわっ! こんなの翻弄されるしかないじゃないのよっ!!

 本当にうちの専属執事が優秀すぎてツラい……!!




     * * *




 アレスによると竜王様たちはすでにお父様たちの救出を終えて、国王の謁見室にいるということだった。竜の血が目覚めて感覚が鋭くなり、ざっくりとした居場所ならわかるらしい。

 アレスがウィルバート殿下を小脇に抱えて、転移魔法で移動する。白い光が消え去り目を開けると、絢爛豪華な部屋の中にいた。

 すぐに馴染みのある声が耳に届く。


「あー、やっと来たね。遅かったから心配しちゃったよ」

「竜王様、この度は本当にありがとうございます!」


 どういう経緯かわからないが、王座には竜王様がご機嫌なようすで長い脚を組んで座っていた。サライア様が右側に、カイル様とジュリア様は左側に立っている。最初からこの国の王様だったのではないかというくらいの馴染みっぷりだ。

 視線をずらせば少しやつれていたけど自由になったお父様とお母様の姿も見えた。


「お父様! お母様!」

「ロザリア! ああ、すまない。お前に心配をかけてしまった」

「まあ、ひどい格好ね。ふふ、ロザリアったら仕方のない子なんだから……」


 優しく抱きしめてくれる両親の温もりに安堵してホロリと涙がこぼれ落ちる。両親との抱擁で落ち着きを取り戻し、話を進めてもらうように竜王様に視線を向けた。アレスはそっと私の隣に寄り添ってくれている。


 国王と王妃様は王座の前にひざまずいてうなだれていた。その後ろには第二王子のクライブ殿下とその妃のマリアナ様が同じように膝をついている。ウィルバート殿下はさらにその後ろに雑に転がされていた。

 中央に敷かれたレッドカーペットのサイドには近衞騎士と大臣たちが膝を折って、竜王様に敬意を示している。


「さて、それでは全員揃ったことだし決着をつけようか」


 謁見室に放たれた言葉は口調は穏やかなのに、罪人を裁くときの非情で冷酷なものだった。いつもの竜王様とはまったく違う空気をまとっている。笑みを浮かべつつもその瞳はすべてを見透かすかし、凍てつくような冷気を孕んでいた。


「我はラクテウス王国の竜王である。此度は王太子となったアレスの番、ロザリア・スレイド嬢を卑怯な方法で攫ったことにより我が国に敵意ありとみなした。よってここに宣戦布告する」


 この言葉でサライア様をはじめカイル様もジュリア様もアレスまでも国王たちに強烈な殺気を放った。アレスだけはレベルが違うので、少し抑えてあげてほしい。何気に王太子にグレードアップしていたのは、この際目をつぶる。

 それに本当にここにいる五人だけで、この国など一時間もあれば落してしまうだろう。案の定青を通り越して白くなった顔色の国王陛下が慌てて弁解をはじめた。


「お、お待ちくださいませっ! そのロザリアがアレス殿下の番であるなどとはつゆ知らず、スレイド伯爵も無実であったと調べがついております! 決して、決して我がアステル王国はラクテウス王国に敵意など向けておりません!!」

「ほう。ではロザリア嬢を攫ったのはわざとではないから無実だと申すのか?」

「はいっ! 決してラクテウス王国に害をなそうなど考えてもおりません!!」


 いくら馬鹿な王族でも竜人の国と戦争する者はいない。人智を超えた力がある国と戦っても負けるのが明白だ。こちらから仕掛けなければ何事も起きないのだ、間違っても手を出すわけがない。

 竜王様はチラリと私に視線を向けた。


「ロザリア嬢、なんと言われてここにやって来た?」

「父と母を釈放してほしければ妻になれと、ウィルバート殿下に言われました。賢いお前ならわかるだろうとも」

「そんな事を……!」

「立派な脅迫じゃないか!」


 私の言葉にお母様もお父様も肩を震わせて怒っている。国王陛下を射殺さんばかりに睨みつけた。


「ロザリアッ! 何を言うのだ! 事実ではないことだ、訂正せんかっ!!」

「先ほどから黙って聞いていれば……俺の番を馴れ馴れしく呼び捨てにするな。そして口の利き方に気をつけろ。死にたいのか?」

「ヒィィッ! 申し訳ございませんっ!」


 国王陛下の私への態度にキレたアレスが、地を這うような声で釘を刺す。竜王様の目が一瞬だけいつもの感じに戻ったけど、すぐに王としての光を取り戻した。


「どうやらお前は信頼するに値しないようだな。サラ、準備したものを頼む」

「はい、こちらにございます」


 分厚い書類の束と映像を保存するための水晶が竜王様に手渡される。


「ここにすべての調査結果が記されてある。このような戯言に惑わされると思ったのか?」


 もう国王陛下は何も言えなくなっていた。王妃殿下もブルブルと震えているだけだ。後ろにいる第二王子夫妻は今は亡き側室様が産んだ王子だからと離宮に追いやられ接点すらなかった。それなのに、こんなことに巻き込まれて可哀想だとすら思う。でもすぐにクライブ殿下がここに呼ばれた理由が明らかになった。


「我が国と戦争をしてこの国の最後の王となるか、それともそこの第二王子に王位を譲って引退するか、今この場で選べ」

「そんな……!」

「もうお前の話は聞くに値しない。さあ、今すぐ選べ」

「…………第二王子に……王位を、譲ります」

「よし、では我が証人となろう。今この時をもって新しい国王クライブ・リオ・アステルの誕生だ」


 竜王様の言葉に国王陛下は呆然と床を見つめていた。

 国王となったクライブ殿下がマリアナ様と一緒に竜王様の足元までやってきて膝をつく。


「新王クライブ・リオ・アステルは今このときから竜人の国ラクテウスに無条件で従うことをここに誓います」

「へえ、つまり我が国の属国になるということか?」

「はい、王太子アレス様の番であり、この国に多大な貢献してくださったロザリア様に対する非道な行いをこのような寛大な処置で許していただいたのです。これ以上のことができず心苦しいくらいでございます。尚、父と母、兄に関しては責任持って私が処分いたします」

「ああ、君なら問題なさそうだね。よろしく頼むよ」



 その後、元国王陛下と元王妃は罪を犯した王族が収容される地下牢へ幽閉となり、クライブ国王から毒杯を賜った。ウィルバートは意識が戻った後、ロザリアや彼女の大切な人たちと今後一切の接触をしないと魔法契約を結び、廃嫡のうえ国外追放となった。


 ウィルバートの行方はその後不明となっている。

 何も持たない温室育ちの王子が、市井で生き残れるのはどれほどの確率か考えるまでもない。今度は奪われる立場となり、最後は一欠片のパンを奪い合って凶刃に倒れた事実は誰にも知られることなく闇に埋れていった。




 こうして私たちはひとまずスレイド伯爵家に戻ることにした。

 愛しいアレスと共に、大切な人たちがいる場所へと、やっと戻ることができたのだった。


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